第31話

 ―王都、マルセロの私邸―

 

 華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの猟団長であるマルセロは、事務所兼自宅の執務机に並べられた報告書に目を通して唸り声を漏らしていた。


 目の前の机に置かれた報告書は、イェスタの猟団が送った狩猟成果の報告書だった。


 報告書には、開幕週を終えたばかりなのに睡冠凶竜インドスクス二頭という、三部の猟団が報告する成果とは思えない記載がされているが、マルセロが手にしている書類は、ハンターギルドが公式に成果認定して、刊行している公式文書であるため、成果に偽りはあり得なかった。


(あいつに人を育てる才能があるとは思っていたが、短期間でこれほどの成果を出せる猟団にまとめ上げるとは……。やはり、あいつは人を成長させる力に優れた才能をもっていたようだ)


 マルセロが、イェスタの出した最初の結果を見て、思わず顔を緩ませてしまう。


「マルセロ猟団長、早急にイェスタさんを猟団に戻す手はずを整えた方がよいのでは? 辺境の狩猟者フロンティア・ハンターとは一年契約だと聞いておりますし」


 マルセロ一人だと思われた部屋には、もう一人いたようで、その人物が部屋の隅から現れていた。


「ヨシフか……馬鹿者、この程度の成果で、わしが認める訳にはいかんだろう。追放判断を下したからには、皆が納得する大成果をあげねば、この猟団には戻してやらぬと決めておるのだ」


 部屋の陰から現れたヨシフは、マルセロが猟団からイェスタを追放したのは、立ち直らせるためだと知っているため、すぐにでも戻すように献策をしていた。


 だが、マルセロとしても素行不良で追放処分を科しているため、生半可な成果を出したくらいでは戻せない事情もあったのだ。


「意地を張るのは、身体に悪いですよ。私はすぐにでも、この華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの猟団長を任せてもいいと思っているのですがね。実際、マルセロ猟団長もあと二年で定年ですし、後任人事で猟団内はざわついていますよ」


 長く猟団長を務めてきていたマルセロも、すでに齢五〇を越え、定年が見える歳になっているため、猟団内にて次期猟団長の就任する人物の名前が取り沙汰されているのだ。


「わしの後任は、ヨシフ、お前だと言っているだろう。狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを得たお前に難癖をつけるメンバーもおらぬであろうし」


「一人いますよ。この私自身がイェスタさんを差し置いて猟団長には就任したくない」


「馬鹿なことを……。イェスタがあと二年で戻れるだけの成果を出せるとは限らんだろう」


「いや、帰ってきますよ。マルセロ猟団長もこの結果を見て確信したはずです。イェスタさん入れて、最低人数の五人。Bランク一人、Cランク一人、E、Fランクまで入っての初週で睡冠凶竜インドスクス二頭狩りって、うちでもやれる人少ないですよ」


 ヨシフは、イェスタの出した結果を書いた書類を覗き込み、事実を並べて立てていく。


「う、うむ。それはそうだがな。これをもってイェスタの功績とは言えぬ。なんにせよ。一季はローランド殿の猟団で猟団長を務めるのだ。その結果を待ってからでも遅くはあるまい」


 マルセロもイェスタの出した結果は認めているが、復帰の話となると、途端に腰が重くなり、慎重さが顔をもたげだす。


「マルセロ猟団長、時を逃せば、イェスタさんは帰ってこないですよ」


「そんなことは言われなくても分かっておる。あいつとは、お前よりも長い付き合いだからな」


「マルセロ猟団長……判断の時だけは間違えませんように……」


 ヨシフは決断を先送りしようとするマルセロに対し、念を押すように一言いうと部屋からゆっくりと出ていった。


「分かっておる。時は間違えぬつもりだ……。分かっておる」


 椅子に深く腰掛け、ため息を吐くマルセロの顔は歴戦の狩猟者ハンターのものではなく、ただ一人の子を心配する親の顔でしかなかった。


 王都での、この一件は、イェスタの預かり知らぬ所で、華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの猟団長人事を巡る動きが活発化することになる。

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