第33話

 ―針葉樹林の森―


 翌日からは、野営地を引き払い、イェスタが見つけた鍾乳洞にキャンプを移し、罠作成チームと尖角凶竜ゼインロング探索チームに分かれて作業することになった。


 罠作成チームはレクを筆頭に、器用なヨランデと、おまけのノエルの三人が担当し、二〇バルメある開口部を地面に偽装する作業と、落下先の地面に毒薬の付いた鉄杭罠を多数設置していく作業を開始している。


「強度的には、尖角凶竜ゼインロングが二~三頭乗ったくらいで抜けるのがベストだからな。木材は周りに大量に生えているし、自由に使っていいぞ」


「木の切り出しと偽装は、オラに任せてくれ。二~三頭分となると大体五ドン以上の荷重に耐えられるように組むのか……ふむふむ」


「ヨランデに任せるぞ。レクとノエルは持ち込んだ鉄杭罠に毒塗っておいてくれよ」


「ああ、わかってる。そっちこそ、準備が整う前に見つかって追いかけられないように」


「いらん心配だ。そっちこそ、組み立て間違うなよ。お互いしっかりと仕事しようか」


 レクの皮肉っぽい言葉に、イェスタも皮肉を含んだ言葉を返す。


 最近では、これが二人の普通の会話であり、皮肉の中にもお互いに信頼を要する感情が含まれ始めていた。


「じゃあ、俺たちは獲物を探してくるから、あとよろしく。ヴォルフ、行くぞ」


「は、はい。準備できてます」


 イェスタが軽く手を振ると、お供のヴォルフが後ろに付き従って歩いていく。


 その様子をメンバーたちは、それぞれの仕事を進めながら見送った。



 尖角凶竜ゼインロングを探しに、草原に足を運んでみた二人の前へ、前日にはいなかったはずの尖角凶竜ゼインロングの群れが、のんびりと草や根菜を食んでいた。


 馬を巨大化させたような全長六バルメの体躯に、赤い色をした鱗を纏い、二バルメ近い長さの白く太い立派な角を生やした尖角凶竜ゼインロングは、巨体では考えられないが、馬と同等のスピードで走り、群れに攻撃を仕掛けてきた対象に突進して、その立派な角によって串刺しにして命を奪ってくる凶竜として知られている。


 攻撃さえしなければ、大人しい部類に入る凶竜なのだが、その立派な角は装飾品としての需要が高く、フリーハンターや中小の猟団は資金源として、かの凶竜を狙い狩猟している。


 けれど、その狩猟のさなか、多くの者が尖角凶竜ゼインロングの角と馬蹄に蹂躙され命を失っている、中型凶竜としては極めて危険度の高い相手であった。


「今日は餌を食べに来てますね? 昨日はどこ行ってたんでしょうか?」


「角研ぎをしにいっていたのかもな。春先は角が伸びるらしいし、木に擦り付けて磨いていたかもしれん。恐ろしいほどピカピカに光ってやがる」


 ヴォルフは、イェスタが指し示した一体の尖角凶竜ゼインロングの角を見た。


 確かに言われたように白い角が艶を帯びて、ピカピカと日の光を反射して輝いている。


 その姿を見たヴォルフが身震いをしていた。


 囮役として走るヴォルフにしてみれば、自分自身に向けられる、鋭利な武器であるため、その角の鋭さを見て恐怖が身体を巡っている様子であった。


「あれで突進されて突かれると、怪我じゃ済みそうにないですね」


「ベテランでもあいつに身体貫かれて死んだ奴はたくさんいるからな。動き自体は単調だが、問題は集団に取り囲まれることだ。誘引する時は真っすぐに逃げるなよ」


 三〇〇バルメほど先で草を食んでいる尖角凶竜ゼインロングを見ながら、イェスタはヴォルフに注意を与えていた。


 囮の際、真っすぐに逃げるのが最速で逃げられる方法だが、それは逆にスピードで勝る尖角凶竜ゼインロングの突進をまともに背中から受ける確率が増えることであり、そうならないように、ジグザクに進路を取って逃げ出せとイェスタは忠告していた。


「は、はい。後ろにも気を使って、全速力で逃げます」


「あいつらは突進しか怖くないからな。あの角に引っ掛けられなければ、そうそう死んだりしねえ。今日はまだ様子見だが、キチンとあいつらの動き見ておけよ」


「は、はい!」


 そういったイェスタは腰のポーチから、黒く丸い玉を取り出すと、強く握って形を変形させ、草を食んでいる尖角凶竜ゼインロングの群れに向けて、遠投するように放り投げていった。


 放物線を描いて飛んでいった黒い玉は【轟音玉】と呼ばれる狩猟道具で、上空で轟音を発すると爆発四散し、その大きな音に驚いた尖角凶竜ゼインロングたちは、飛び跳ねるようにして、罠を設営している森とは別の方へ向けて駆け出していく。


 尖角凶竜ゼインロングは攻撃されない限り、とても大人しい凶竜であり、音に対して極度に敏感であり、先程のような轟音に対しては一目散に逃げだすという習性を持っているのだ。


 馬蹄を響かせて群れ単位で逃げ出していく尖角凶竜ゼインロングを見たヴォルフがゴクリと生唾を呑む。


 遠い距離からの観察ではあるが、サイズがサイズなだけに、その走り去る威容はヴォルフに対し、かなりの緊張を強いる様子であった。


「少なくとも、五頭はいるな。家族単位かもしれんぞ」


「イェスタ猟団長……アレから、本当に僕は逃げきれますかね?」


「逃げきってもらわんと困るぞ。スピードで言えば、必ず追いつかれる。だから、俺はお前の回避能力を買って囮役を割り振っている。群れの中に潜り込んで気配をコントロールして、気を引きながら目的地まで誘引していけばいい」


「あの群れの中ですか……」


 土煙を上げて走り去る尖角凶竜ゼインロングの群れを見送る、ヴォルフの顔が青白く染まり小刻みに震えていた。


「大丈夫だ。自分を信じろ。そして、師匠である俺を信じろ。お前なら必ずできる!」


 イェスタは怯えているヴォルフの頭をワシャワシャと撫でていく。


「イェスタ師匠……」


「猟団長だ。俺が猟団長の間は、お前ら誰一人死なせねえよ」


 二人は走り去る尖角凶竜ゼインロングを眺め、きたるべく狩猟の時に向けて決意を固めていった。

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