第18話
―プリムローズの酒場―
大成功に終った鉱山跡での実地訓練は、ヨランデ、ノエル、ヴォルフの三人に
あの日以降、三人はイェスタの科す、厳しい訓練に対して不満を漏らすことは少なくなり、より訓練に対して真面目に取り組む姿勢を見せていた。
そして、今、訓練を終えたメンバーたちは、労働を終えた客でごった返すプリムローズの店で、皆で夕食を食べていた。
そんなメンバーたちの下に、嬉しそうな顔のローランドが近づいて来ていた。
「おお、お前ら、ワシの時は訓練というと嫌な顔して逃げ出してたのに、イェスタ殿の科す訓練は喜んでやるのだな」
「そんなことはないですよ。キチンと成果が出たから、自分のためにやるんです」
ノエルが細身の身体から、想像できないようなほどの量の食事を食べながら、ローランドの嫌味に反論していた。
以前のノエルなら、ローランドの嫌味に落ち込み、酒を喰らって泥酔していると思われたが、この前のモノニクス戦で結果が出たことが、かなり嬉しい様子であった。
「ボクは前から鍛錬を欠かしたことはないはずだけどな。ローランドが猟団長の時もキチンと自己鍛錬はしてたさ」
「まぁ、レクが訓練しとったのは知っておったが、ノエルやヨランデが、休眠期に訓練に勤しむのがワシは信じられんのだ」
前任の猟団長であったローランドであるが、彼の時は休眠期の過ごし方は各自に任せていたので、今回のようにメンバーで揃って訓練するのは、猟団始まって以来のことである。
「ボクも長くこの猟団に所属してるけど、こんなことは初めてだよね。うちに所属してた
猟団のメンバーから離れたカウンター席で、一人飯を食べていたイェスタがレクの言葉に反応する。
「おいおい、そんなのでよく今までやれてきたな。休眠期は移籍とかもあるけど、基本は訓練に当てるのが普通じゃねえのか?」
「それは、イェスタさんが居た
「ん? 無給だと?」
イェスタが食事の手を止めて、ヨランデの話に耳を傾けた。
「ですよ。オラたちは今、無給です。だから、この前の採集の現金収入はちょっとだけありがたかったかも」
「休眠期は給料を出してやれるほど、うちには財政的余裕は無いのだ。ワシとして、出したいのは山々だが、先立つものがないのだよ」
ローランドが申し訳なさそうに、肩を落として項垂れる。
イェスタもローランドの猟団の財務状態が悪いとは思っていたが、休眠期の
ここで、メンバーが休眠期にトーレニングすると生活に事欠く可能性があることにイェスタは気付いてしまった。
(フリーハンターより厳しい生活しているんじゃねえか? こいつら?)
イェスタ自身、フリーハンターとして生活していたが、野良パーティーでの採集や中型凶竜の狩猟で、そこそこは稼げていたため、公式に猟団に所属している
「私も普段はここでウェイトレスしてますしね」
「そう言えば、そうだったな。あれは趣味でやってるものと思ってたぞ」
「なんで!?
ノエルがイェスタの発言に手にしていた皿をテーブルに落としそうになる。
彼女もまた休眠期に生活するための資金を稼ぐため、プリムローズの酒場でエリスとともにウェイトレスの仕事をしていた。
「そうか、すまんな。俺は皆が喰えていると思っていた。明日からは採集と小型凶竜を狩ることに重点をおくことにするわ。そっちの方が現金収入もあるしな。この前逃した岩場の方もモノニクスが残っていないとも限らないしな」
「イェスタ殿、すまんがそうしてくれるとありがたい。せっかく皆がやる気になっているんで、訓練がてら小型凶竜を狩ってくれると街の者も助かるはずだ」
ローランドは再び申し訳なさそうに頭を下げるが、そんな姿を見ていた街の人たちから失笑が漏れ出す。
「おいおい、大丈夫かよ。
かなり酒に酔っていると思われる鉱山労働者が、酒臭い息を吐きながら、髪を弄っていたレクに絡んでいた。
今季の
住民たちは、狩猟成果によって、街に配布される開発資金が分配されることを知っているため、猟団の成績は自分たちの生活に直結することを知っていた。
「それをボクに言われても困る。今季の成績はボクとは関係ない所で決まったことさ」
「お前らのせいで、来季も城壁の修復費用も出せずに、凶竜の足音に怯えて暮らさなきゃいけないんだぞ。もっと頑張れよ。お前らそれでも
男は酔っているようで、レクの襟首を掴むと、吊るし上げようとした――
レクは襟首を掴んでいた男の足を払うと、床に転倒させ、馬乗りになる。
元々、鉱山労働者と石切り職人の多い、ガレシュタットの住人たちであるので、レクが男に馬乗りになった時点で、周りで食事していた男たちが色めき立ち、酒場の中が騒然となっていく。
揉み合いはその場にいた全員に波及していき、ある者は拳で
喧嘩が店主であるプリローズの一喝で終わりを告げると、床に散乱した皿や食べ物、壊れた椅子やテーブルを猟団のメンバーたちが片付けていた。
「あんたらもやってくれたね。いくら、頭に来たからって住民に手を出しちゃダメだろ! レク! 冷静なあんたらしくないね」
喧嘩の原因になったレクがプリムローズに叱られて、犬耳がぺたりと伏せていた。
傍若無人と思われるレクが、唯一頭の上がらない人物であるプリムローズは、一般の住民に掴みかかって馬乗りになったレクを厳しく叱っていた。
「あいつらが悪い。ボクを無能者みたいに言いやがった。こっちが、どれだけ命を張って凶竜を狩っているか分かってないんだ!」
「だからって、祝福された
「そ、そんなのわかってるさ」
レクは一般市民に手を出した自身を恥じているのか、プリムローズの顔を見ず、酒場から駆け出していった。
「レク! 待ちなさい」
「プリムローズ、それくらいにしてやってくれ。あいつも悪気があったわけじゃない」
ローランドが逃げ出したレクを追おうとしたプリムローズを引き留める。
「あんた、今回の件は――」
「ワシからキチンとレクに行っておく。イェスタ殿も皆も巻き込んですまなかった。今回はワシの顔に免じて許してくれ」
ローランドは酒場にいたメンバーたちに頭を下げると、レクの後を追って駆け去っていった。
このレクの件により、元々、低下していた住民たちの猟団に対する信頼は地に墜ちることになっていった。
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