第19話
―ガレシュタット郊外―
プリムローズの酒場を飛び出したレクは、夜の帳が降り、真っ暗になったガレシュタットの街外れにある小高い丘で黄昏れていた。
酒場で起こした一件により、住民たちの猟団に関する信頼が失墜したというのは、いくら自己中心的な性格のレクにでも理解していたが、どうにも納得がいかなかったのだ。
命を懸けて凶竜と戦っている自分たちに対して、城壁に籠って怯え、守られている住民が喰ってかかってくるとは思ってもみない事態だった。
「クソ、ボクはこの街を守ってきた
レクは毒づきながら、足元の小さな石を蹴飛ばすと、近くの岩に腰を掛けた。
「レク! やっぱりここにいたか。探したぞ」
岩に腰かけ黄昏れるレクに、背後から声を掛けたのは、ランタンを持って駆け寄ってきたローランドであった。
「ローランドか……ボクにお説教かい?」
レクは不貞腐れたようにローランドから顔を背ける。
辺りは日暮れから降り出した雪がちらつき、ローランドやレクの吐く息が、ランタンの光に照らされ白く色づくと、夜の闇に溶けていた。
「説教などする気はないさ。ワシは小さい時からお主を知っておるからの。ワシの息子のトルベンと、お前の父のギャリーは良いコンビであったし、ワシを支えてくれた、よき
「ボクの親父の話を出さないでくれよ。あの人は、地味で弱くて、カッコ悪く凶竜に喰い殺された人だから、思い出したくもないよ。その話をボクが一番嫌っていると、ローランドが一番知っているはずだろ」
父親の話を持ち出されたレクが、苦いものを呑み込んだように顔を歪ませる。
一番、触れられて欲しくない話に、ローランドが言及してきたことを、とても嫌がっている様子であった。
レクの父親は、ローランドの猟団で
だが、二人とも凶竜から街を守るための狩猟中に、命を落としていることも、また住民たちに知られていた。
ギャリーの遺児であるレクが、Bランクにもなって、この街を離れないのは、父ギャリーが守った街を自分も守ろうと決めているためであり、派手な活躍をしようとして個人戦闘に走るのは、少しでも人々の眼に止まり、
そんな、レクの心情を知っていたローランドは猟団長に在任中から、次期後継者として目を掛け、彼の突飛な行動を容認してきていた。
「レク、何を焦っているんだ。普段のお前なら、さっきの男の話は聞き流しただろ?」
「すまない。暴れるつもりはなかったんだ。だけど、街の人からあんな暴言を投げ付けられるとは思わなかったんだ。だから、ついカッとしてしまった」
「ワシらの結果が住民たちの期待に添えなかったのだ。ああいった言葉は、甘んじて受けねばならない。ワシ等は狩猟と繁栄の神ヴリトラムに祝福されし、超越者の
「だけど、ボクもまた人間でしかない。あんな悪意をぶつけられて我慢できるほど、人格もできてないさ」
「レク、憎悪を持つな。彼等を守るのがワシ等が与えられた使命だと自覚するのだ。そのために誓いも立てているはずだろう」
「だけど――」
感情が昂ったレクは苛立ちを叩き付けるように、地面に僅かに生えた草を踏み潰していた。
そんなレクの頭を、ローランドは宥めるように撫でていく。
ローランドにとって、子供の時から面倒を見ていたため、レクは孫同然であり、将来的に孫娘のエリスを娶らせて、猟団と店の両方を譲ろうとも思っていたのだ。
それゆえに、色々と目を掛けてきていたが、それが逆にレクに取ってプレッシャーとなっていたのかも知れなかった。
「とりあえず。焦るな。お前はまだ若い。今回、イェスタ殿が猟団長として就任しているのだ。これをチャンスとして、
「ローランドには悪いけど。ボクはあの腰かけ猟団長を認めてないよ。あの人はどうせ、来季が終わればこの猟団を去る人さ。今季はボクのミスでAランク取れなかったけど、来季は必ず取るよ」
「そうか。残念だが……。レクがその意気で頑張ってくれるなら、ワシも応援できる。頑張れ」
「今回の件は本当に悪かったと思ってる。その、プリムローズにはお仕置きされるかな?」
「カンカンだったからな。しばらくは雑用させられるんじゃないか。きっと、それくらいで許してもらえるさ」
「本当にごめん」
自分の短慮を悔いたレクであったが、この事件後、訓練においても、狩猟においても、前ほどの切れ味ある攻撃を見せなくなるようになり、不振の沼に引きずり込まれることとなった。
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