第28話
―インドスクスのねぐら―
イェスタたちは狩猟に成功したインドスクスの死骸の前で、歓声を上げていた。
今季初めての狩猟成果であり、開幕して直ぐに中型凶竜でも難度の高いインドスクスを狩れたことで、喜びを爆発させていたのだ。
どの猟団でも開幕直後の最初の狩猟は、休眠期を挟んで感覚が鈍くなっている身体慣らしを兼ねて、低難度を選ぶ傾向がある中、初っ端から★★★ランクの睡冠凶竜インドスクスを討伐したことは、彼らに自信を付けさせる効果を十分に発揮した。
一部や二部ランクは別として、猟団の格で劣る三部の猟団が、開幕一発目で睡冠凶竜インドスクスの狩猟に成功したと、ハンターギルドに伝われば、それなりの驚きをもって扱われるはずである。
「初めて、睡冠凶竜インドスクスを狩ったけど、これほどまでに簡単な狩猟は、ボクの経験の中でも初めてだよ。さすがに元トップ猟団のエースだった男だね。少しだけ、イェスタの言うことは信じてもいいか。ちょっとだけだが」
レクもあまりにあっけなく、睡冠凶竜インドスクスが討伐できたことで、イェスタのことを少しだけ見直していた。
腰掛けの猟団長とはいえ、とてつもない凶竜知識と狩猟法を持っている人物だと再認識し、態度を改める気が少し起きたようである。
「実力が抜きんでていれば、こんな小細工せずにタイマンで狩れるがな。だが、それは一部ランクに所属しているような
「イェスタさんがポンコツとかいうと、私の立場がないですぅ」
プレッシャーから第一射を外したノエルがワタワタと慌てていた。
「落ち着けば、俺より当ててだろうが。ノエルはメンタルだけ鍛えれば、腕はかなりのものだぞ。自分の腕を信頼しろ」
睡冠凶竜インドスクスにトドメを刺した最後の一撃は、ノエルの放った矢が、頭骨を貫通したことによる脳髄破壊であると思われた。
公式狩猟の成果認定の元になる魔石は、討伐した凶竜に参加者全員が触れ、その中で燐光を発した
この燐光を発した者以外が魔石を取り出せば、外気に触れた時点でただの石ころとなり、ハンターギルドに持ち込んでも成果物として認定されず、討伐報奨金の支払いも、猟団及び個人狩猟成果認定も得られないことになっていた。
なので、今は全員が睡冠凶竜インドスクス触れていた。
そして、燐光は今、ノエルの身体から発せられている。
「ひゃあ!? 私が取り出し役ですか!?」
「脳味噌に矢を突き立てたのが、致命的一撃だったんだとオラは思うぞ。アレで完全に動かなくなった」
「ボクとしてもノエルの成果で異存はないよ。まぁ、あってもヴリトラム様のお考えに異論を差し挟む気もないし」
成果者の認定は、狩猟と繁栄の神ヴリトラムの思し召しとして、
「じゃあ、とっとと取り出してくれるか」
イェスタが腰に差していた剥ぎ取り用のナイフを、ノエルに差し出す。
ノエルも剥ぎ取り用のナイフは持っていたが、イェスタから差し出されたナイフは、
「これ、使っていいんですか? 大事なものでは?」
「切れ味はいいぞ。この前、お前の剥ぎ取りナイフを見たら、研いでなかったからな。取り出せないとかだと困るから、使っていいぞ」
「は!? バレてました。研ぐの苦手なんですよね。じゃあ、ありがたくお借りします」
イェスタの剥ぎ取りナイフを手にしたノエルが、地面に身体を横たえている睡冠凶竜インドスクスの身体に取り込まれている魔石を取り出すためにナイフを差し込む――
ウヴォオオオオ!!
ナイフが睡冠凶竜インドスクスの身体に触れようとした瞬間、イェスタたちの背後から聞き慣れた鳴き声がこだましていた。
「戦闘態勢とれ。武器を持て」
突発的に発生した鳴き声に反応したイェスタは、すぐさま重弩を構え、周囲に視線を巡らせていく。
「崖の上だ。まずい、こいつら、つがいだったようだ。この距離じゃ逃げられねえから、戦闘するぞ」
突如、崖の上に先程退治した睡冠凶竜インドスクスのつがいだったと思われる、若干小型の個体が現れていた。
「餌集めに出てたやつですかね。イェスタ猟団長、戦うって言っても、睡眠音波出されたら、僕らじゃ太刀打ちできないですよ」
「落ち着け! ノエルが睡眠矢を当てる時間だけ稼げれば、俺たちの勝ちだ。まだ、予備の爆薬も拘束罠も残ってる」
強襲に慌てヴォルフが狼狽えているが、攻略法を一度実施していたことで、ヨランデやレク、ノエルも焦りの色は見せていなかった。
「ノエル、睡眠矢を当てるのは任せたからな。オラが眠る前に当てて欲しいけど」
「任せておいて。今の私なら、一発で――」
「期待はしないでおくけどね。ヨランデ、前に出るよ。あいつはボクの成果にしたい」
レクはすぐに太刀をひっさげると、崖から飛び降りてきた睡冠凶竜インドスクスに向かい駆け出していく。
その後をヨランデも槍と盾を構えて追っていった。
「ヴォルフ、お前も時間稼ぎに前に出ろ」
狼狽えていたヴォルフを、イェスタが叱咤する様にバシン背中に叩く。
「は、はい! 前に出ます」
背中を叩かれたヴォルフも装備を抱え、ヨランデの後に続いて駆け出していった。
そんな彼らの前に降りた睡冠凶竜インドスクスは、自らのつがいの相手を殺したイェスタたちに対し、怒りを含んだ眼で射抜いてきていた。
ウヴォオオオオ!!
ドスドスと足音を立て、鳴き声を上げる睡冠凶竜インドスクスは、咆えるのを止めると、大きく息を吸い始めていた。
その様子を見たイェスタが、前衛に出た三人に注意を促す。
「睡眠音波来るぞ!! しっかりと気を持て!」
大きく息を吸い込んだ睡冠凶竜インドスクスの睡眠頭骨を覆う皮膜が一気に広がる。
前衛に出た三人がイェスタの注意を聞いて、耳を塞いで身構えるが、インドスクスの睡眠音波は脳に直接影響するため、耳を塞いでも効果を遮ることはできなかった。
フォォオオオ!
拡がった皮膜を揺らし、インドスクスの頭頂部から不思議な音色が周囲に響き渡った。
「くぁ! これが睡眠音波ですか……眠たい」
「脳に直接響いているみたいだ」
「ボクはこれくらいじゃ……」
前衛に飛び出していた三人が、発せられた音波の影響で足をふらつかせる。
明らかに睡眠に落ちる前兆を呈していた。
「ノエル、行けるか?」
「すみません、あと少し時間下さい!」
急かされたノエルもベースキャンプから持ち込んだ睡眠矢は、これが最後の一本であるため、慎重に狙いをつけていた。
「分かった。俺も前に出る!」
前衛の三人が眠りに落ちると悟ったイェスタは、ノエルに狙撃を任せ、自身の重弩を担ぐと、前方に駆け出していく。
そして、ある程度近づいたところで、鶏冠頭骨を狙って重弩の弾を吐き出し、睡冠凶竜インドスクスの眠りにいざなう演奏を中断させていた。
だが、そのことが睡冠凶竜インドスクスの機嫌を更に損ねたらしく、怒りの咆哮をあげたインドスクスは、動きの鈍った前衛の三人を無視して飛び越え、狙撃してきたイェスタの方へ飛びかかってきていた。
6
「ぐへぇ!」
イェスタは咄嗟に重弩で突進をガードしたが、相手の衝撃力の方が上回り、あえなく重弩は弾き飛ばされ、イェスタ自身も地面に身体をしたたかに打ち付けていた。
「イェスタ猟団長!!」
睡魔と戦っていたヴォルフが声を振り絞って、襲われたイェスタに声を掛ける。
だが、地面に転がったイェスタからの応答はかえってこなかった。
ウヴォオオオオ!!
その間も怒りに狂ったインドスクスは、地面に転がったイェスタを噛み砕こうと、頭に向けて凶悪な牙が並んだ口を近づけていった。
気を失っていたイェスタは、目覚めた瞬間、眼前に迫るインドスクスの口に気が付き、咄嗟に左腕を思いっきりインドスクスの口へ突っ込む。
「やらせるかよ!!」
腕を口に突っ込まれたインドスクスは、反射的に噛みつき、ミシリという金属が軋む音がしていた。
だが、イェスタの鎧は左腕全体を防御用にかなり補強した作りになっており、インドスクスの噛み付きにも何とか壊れずに耐えきっていた。
「ノエル! まだか! このままだと、今度は俺の左腕が持って行かれる!」
「あと少しですっ! ちょっとだけ我慢してください!」
「じゃあ、仕方ねぇ! 奥の手出すから、インドスクスが仰け反って俺から離れたら、一発で決めろよ!」
「は、はい。分かりました!」
インドスクスに噛み付かれた左腕が、ミシミシと嫌なキシミ音を上げるさなか、イェスタは義手になっている右手の親指を、自らの歯で強く噛んだ。
すると、手首の部分が折れ、中からは重弩と同じような砲身が姿を見せていた。
「使った後の整備が面倒臭いから、割とこれ使いたくないんだけどな。命には変えられねぇ」
シュルルという何かが燃える音が微かに聞こえたかと思うと、義手の手首が折れた部分からドゴンという音が響き、砲煙と共に弾丸が撃ち出され、噛み付いていたインドスクスの顔面に直撃していた。
ウヴォオオオオ!!
急に砲撃を喰らったインドスクスは噛み付いていたイェスタの左腕を放すと仰け反り、痛みを堪えるかのように首を左右に振っていた。
そこへノエルが放った睡眠矢が胸に突き立ち、フラフラとした足取りに変化したインドスクスは、しばらくすると横倒しに倒れ、いびきをかいて眠りに落ちていった。
「イェスタ猟団長! 大丈夫ですか!」
一番最初に駆け寄ってきたのは、睡魔に襲われ、抗っていたヴォルフであった。
すぐにインドスクスに噛み付かれた左手を気にして、地面に横たわっていたイェスタに近寄る。
イェスタの左腕は、鎧こそボロボロにされていたが、キチンと繋がったままであり、外から見たダメージ的にはたいしたことなさそうに見えていた。
「右手持って行かれた教訓が活きたぞ。自由に動く左手は、俺の最後の希望だからな。多少動きを阻害しても鎧は厚め鎧にしてある。それに義手にも奥の手を仕込んでおいて、助かったぜ。ルイーズが依頼して作ってくれた義手だったが、まさか使う時が来るとは……。にしても、助かったぜ。ふぅ」
地面に横たわり、食い千切られなかった自分の左腕を見て、笑い顔を浮かべているイェスタをヴォルフは半泣き顔で見ていた。
「イェスタ猟団長は凄すぎますよ……」
「わりいな。ちょっとだけ心配かけたな。この通り、動くから心配ねぇ」
隣に座って泣き顔を見せたヴォルフの頭を、イェスタがワシャワシャと撫で回すと、ゆっくりと立ち上がっていった。
その後、イェスタたち一行は、前に倒したインドスクスと同じように、爆薬と拘束ワイヤーの罠をセットして、一気に討伐を完了させると、日暮れ近くまで、素材の剥ぎ取りを行い、一緒に退治したモノニクスの素材も手に入れることにした。
これにより、三季連続で最下位をひた走っていた、お荷物猟団である
その結果を知った、三部の他の猟団が焦りを感じ、例年より早く中・大型凶竜の狩猟へシフトする動きが活発化し、イェスタが猟団長として率いる
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