第3話

 ―王都ウルバルトにある華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの事務所―


 朝から猟団長のマルセロが発した猟団員の非常呼集によって、普段はまばらな華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの事務所には、猟団に所属する全狩猟者ハンターが集まり、ごった返していた。


 マルセロの私邸にある事務所に集められた狩猟者ハンターたちは、彼の行った非常呼集の意図を理解できずに、仲間とともに口々に憶測を飛ばしている。


 そんな騒がしさの中、イェスタもルイーズによって起こされ、二日酔いの頭の痛みに耐え、酒臭い息をまき散らしながら、椅子に座って、ルイーズがコップに注いだ水を受け取り、がぶ飲みしていた。


(マルセロ師匠が非常呼集かけるなんて珍しいな。どっか、大型凶竜の討伐依頼でも舞い込んだのか? それにしては……)


 イェスタは、今回のマルセロの非常呼集を凶竜狩猟の事前打ち合わせだと思い込んでいた。


 けれど、それにしては対象となる凶竜の資料も配布されておらず、討伐メンバー表すらも設置されていないことに不信感を抱いている。


 そして、呼び出した当の本人であるマルセロが沈痛な面持ちで目を閉じ、自らの髭をせわしなくしごいていたるのを見て、ますます呼集の意図が読めなくなっていた。


「マルセロ猟団長、全員集合完了しました。華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングに在籍する全狩猟者ハンター三五名が揃っています」


 自分と一緒にきたルイーズが、全員集合完了をマルセロに伝えると、閉じていた目を開いた彼が全員を見据えるように厳しい目付きで集まった猟団員を見回す。


 その眼を見たイェスタは、長年の付き合いで、師匠であるマルセロが何か重大な決断を下したことを感じ取っていた。


「皆に集まってもらったのは他でもない。今回、わしは重大な決断を決めたことを皆に伝えておこうと思うのだ」


 マルセロの言葉に集まっていたメンバーたちがざわつく。


 全員を集めて通達するほどの重大事が発生したのかと思い、それぞれが周りの者と声を潜めて話し合っていた。


 そんな、猟団員たちのざわつきをマルセロが手を上げて制すると、人で溢れ返る事務所に静寂が直ぐに戻っていく。


「今回、わしが決意したのは素行不良が頻発し、我が華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングのメンバーふさわしくない言動と、行動を繰り返す面汚しを猟団から追放することに決めた。これは、猟団長権限で決裁し、すでにハンターギルドにも報告して了承を得ている」


 誰かが追放されると聞いたメンバーたちが、一斉に視線をイェスタに向けていた。


 猟団で問題行動を起こす人物は限られており、その中でも突出して問題を起こしていたのが、手足を失って以来、荒れていたイェスタであったからだ。


 だが、これまでは、それまでの功績と猟団長マルセロの秘蔵の弟子という立場であったイェスタを、公然と非難する者は皆無であり、今回のマルセロの決断はメンバーたちから、驚きをもって迎えられていたのだ。


 言われた当の本人も、事態が理解できないような顔で呆気に取られて、持っていたコップを地面に取り落としてしまっていた。


「ちょ、ちょっと待てよ! なんで俺がクビなんだよ! 俺がどれだけこの猟団に貢献してきたと思ってんだ! 師匠! 師匠は狩猟者ハンターとして終わった俺なんかいらねえって言うのかよ! 俺はまだ全然凶竜だって狩れるんだっ! 追放なんて認めねえぞ」


「黙れ! これは猟団長としての決定である! よって、お前の異議は認めない。とっとと荷物をまとめて、この猟団宿舎から出ていけ。功績者としての温情として借金の清算と当座の旅費くらいはくれてやる。すぐにわしの前から失せろ。この面汚しのダメ弟子が!」


 喰ってかかってきたイェスタを一瞥もせずに、マルセロは一喝する。


 二人の師弟関係を知っている古参の猟団メンバーたちも、両者の剣幕に驚き、マルセロの決定を覆すように取りなすタイミングを失していた。


「ちくしょう!! 俺はまだ凶竜を狩れる狩猟者ハンターだ!! ふざけんなっ!」


「数年間、狩猟成果ゼロの男がほざくな。お前が狩猟者ハンターだと! 手足を失ったことを悔やんで鍛錬を怠り、酒を喰らって、くだを巻く奴のどこが狩猟者ハンターだっ! そんな中途半端な奴が狩猟者ハンターなどと名乗るな! まだ、凶竜が狩れるという寝言は寝てから言え!」


 マルセロに掴みかかろうとするイェスタを、近くにいた猟団員が押し止めていた。


 今まで見せたことのないマルセロの激怒した姿に、多くの猟団員たちは彼の本気を感じ取っていたのだ。


「解雇にした奴は部外者だから、ここからすぐに叩き出せ」


「マルセロ師匠!! 俺を捨てるのかよ! 俺を戦いに出してくれ! 絶対に結果は出せる! 出せるんだ! 俺はまだ戦える。終わってねえ! あの凶竜を狩り尽すのは俺の使命だ!!」


「ならば、他の猟団で結果を出してこい。解雇にあたって、移籍料なしのフリー移籍をギルドに掲示してある。お前を欲する猟団があれば、そこで結果を残してこい。そうしたら、お前がまだ戦えると認めてやる。わしが言えるのはそこまでだ。さぁ、とっとと叩き出せ」


 マルセロが、イェスタを取り押さえているメンバーに目で指示を送ると、その意を受けたメンバーが戸惑いながらも、暴れるイェスタを引き摺りながら連れ出していく。


 連れ出されていくイェスタの姿を居並ぶメンバーたちが息を呑んで見送っていた。


 数年前まで猟団のエースとして、全狩猟者ハンターの憧れである狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを五度も受けた男が、電撃的に長年所属した猟団から解雇された瞬間であった。


 『元エース、イェスタ解雇』のニュースは、瞬く間に王都に広がり、すぐに多くの人の耳に入ることになったが、近年の彼の素行を知っていた王都の人たちは、大した関心はみせず、噂はすぐに移り変わり、長く話題を独占することはなかった。


 そして、解雇されたイェスタに声をかける猟団は、三部までを含め、ただの一つも存在はしていなかった。


 こうして、堕ちた英雄イェスタは世間の波間に消えて、人々の記憶から消え去っていった。

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