第4話

  ―イェスタ追放から数年後―


 寒風が吹きすさぶ荒野が続く中、石造りの壮麗な城壁で囲まれた王都とは、比べ物にならないほどのみすぼらしい木と石で作られた城壁に囲まれた小規模な都市があった。


 この都市は、フォルセ王国のある大陸北部に二〇年ほど前に作られた辺境都市ガレシュタットという名の都市である。


 人口1万5千、付近には鉄などの鉱石を産出する鉱山や、採石するための石切り場が整備され、この都市の主要輸出物として王都へ日々送られている。


 街を行きかう人は、鉱山で働く鉱夫や石切り職人が多く、気の荒い連中が街のあちこちで怒声を上げて、言い合いをしている声が響き、街全体が猥雑な雰囲気を作り出していた。


 北部の辺境都市は、周囲を闊歩する大型の凶竜も多く、鉱山や石切り場に侵入した凶竜は鉱夫や石切り職人を襲ったり、農村も度々被害を受けていたりしたが、ガレシュタットは作られて二〇年程度の新興都市であるため、十分な防衛力がなく、都市を拠点して狩猟する猟団も実力不足であった。


 そんなガレシュタットに拠点を置くのが、ローランド・ラッザリがオーナー兼猟団長を務める、ハンターギルド三部ランクに在籍する猟団、辺境の狩猟者フロンティア・ハンターであった。


 彼らの活動拠点は、オーナー兼猟団長であるローランドの妻が切り盛りする酒場である。


 その活動拠点となる酒場では、沈痛な面持ちで喋っている老人の声が、仕事を終えた職人や農夫たちの騒ぐ声に掻き消され、周囲にはあまり聞こえないほどであった。


「スマンが皆に伝えなければならないことがある……」


「ローランド猟団長、そんなあらたまった顔をして……深刻な話ですか?」


「ヴォルフが、またヘマをしたのはボクのせいじゃないぞ」


「レクさ~ん。そんなこと言わないでください。わざとじゃないですって」


「そうだな。ヴォルフのヘマは天然であって、わざとじゃないとオラは知っている」


 深刻そうな顔をした老人が、若い男女に猟団長と呼ばれているが、彼らの身なりからして、このフォルセ王国に存在する狩猟者ハンターと呼ばれる存在であることが察せられた。


 その年若い狩猟者ハンターたちは、ローランドと呼ばれた老人の周りに座って、酒や食事に興じており、事態の深刻さを理解しているようには思えない様子である。


「レク……ワシは散々言っておったはず。今年でワシが狩猟者ハンターとしての定年を迎えることは知っておろう」


 ローランドに、レクと呼ばれた青年は、ワーウルフと言われるオオカミを思わせる精悍な顔をした人狼の種族で、身長も高く、身体もしなやかな筋肉に覆われたスタイリッシュな身体つきをしており、銀色の毛並みは、見る者を魅了するほど綺麗な色をしている人狼の青年である。


 だが、その神々しい姿からは想像できないほどの、軽薄そうな雰囲気を醸し出している様子であった。


 そんな軽薄さを感じさせるレクは、ローランドの言葉に気まずさを感じたのか視線を逸らし、口笛を吹き始めた。


「~~♪ ~~~♪」


「馬鹿者っ!!!」


 レクの態度に、剃り上げたローランドのスキンヘッドの頭が一瞬で真っ赤に染まる。


 突如、起こった大きな怒声に対し、酒場で酒を楽しんでいた者たちの視線が、二人に集中していた。


「ローランド猟団長、抑えてください。レクが、あの調子なのは前からでしょう」


「放せっ! ノエル! この馬鹿者は、一発ぶん殴らないとワシの気が済まんのだっ!」


 怒りの余り、椅子を蹴倒して立ち上がったローランドの拳を押さえたのは、ノエルという人族の女性であった。


 若く整った顔立ちで、活力に満ちた女性狩猟者ハンターであるが、ローランドの拳を止めるための絶妙な位置取りとタイミングは、日々の訓練の賜物であると察せられた。


「気持ちは分かりますがっ! レクはいつもあの調子ですしぃ!」


「レクが、今年中にAランクの狩猟免許を取らねば、この猟団は解散せねばならんのだぞっ! そのことは、今季の狩猟が始まる前に、お前等、全員に口が酸っぱくなるほど言っていたはずだっ! なのに、なんで狩猟実績が足りない事態に陥っているのだ。ワシに分かるように説明してくれるかのぅ!!」


 ローランドは、ノエルに制止されているものの、怒りはおさまっていないようで、必死にレクに対して、自らの拳を振り下ろそうとしている。


「ローランド猟団長、レクにムラッ気があるのは、猟団長も知ってるはずだぁ。だから、オラは最初から無理だって言ってたはずだ」


 席に着いたまま、狩猟と繁栄の神ヴリトラムに対し、食事を得られる感謝の祈りを捧げながら、ローランドとノエルのやり取りを見ていた巨人族のヨランデは、軽くため息をついて三人を眺めていた。


「取れないのは、仕方ないじゃないですか……ハンターギルドに報告して温情措置を取ってもらうとかどうです?」


 茶髪であどけない顔をした黒い瞳の少年が、おどおどとした表情で、ローランドに話しかけているが、怒り狂っているローランドが、一目くれるとシュンとして俯いてしまっていた。


「しょうがないじゃないの。ボクはカッコイイ狩猟がしたいんだから。颯爽と凶竜を狩る姿をみんなに見せたいのさ。泥臭く狩猟するなんてボクの狩猟スタイルじゃないよ」


 ローランドの怒りを発生させている原因であるレクは、自分の銀色の長い髪を弄りながら、面倒臭そうに皆の話を聞いているが、とりたててAランク狩猟免許が取得できなかったことを悔やんでいる様子はなかった。


「ばかもーーんっ! お前が狩猟免許取らんと、猟団が維持できんのだ。来季、ワシはおらんぞ! それに、この時期にAランク狩猟免許所持者を探すなど無謀であるし、そんな金も無いわ!」


「けどさ。カッコ悪いのはボクの性に合わないと言ってるじゃないか」


 不貞腐れた顔をしているレクに、ローランドの怒りは頂点を越えて、制止するノエルの腕を振り払うと、カウンターの上に置かれていたフライパンで、レクの兜を思いっきりぶん殴った。


「いでてぇえええ」


 フライパンで殴られ、吹き飛ばされたレクと一緒にいたヴォルフが巻き込まれて、勢いよく転倒し、カウンター席で酔い潰れていた一人の狩猟者ハンターに思いっきりぶつかってしまった。


「す、すみませんっ! すみませんっ! わざとじゃないですっ!」


 酔い潰れていた狩猟者ハンターにぶつかったヴォルフが、必死に謝罪をしていると、気が付いた男がヴォルフを見る。


 男は顔じゅう無精ひげを生やし、眼は酒で酷く濁った色をしており、右手と右足には、いかつい鉄製の義手義足をはめていた。


「うるせえ……俺は寝てえんだ。騒ぐな」


 男はそれだけ言うと、手近にあったコップに酒を注ぎ、一気に飲み干すと、またいびきをかき始めた。


 だが、その時、男の懐から手帳サイズの冊子が零れ落ちたのに、ヴォルフが気付き、返そうと拾い上げて手に取った。


「――!? ローランド猟団長!! た、大変ですっ! Sランクの人がいましたよっ! こ、この人なら来季の猟団長頼めるじゃないですか!!」


 ヴォルフが男の落とした手帳の中身を見て驚いていた。


 手帳は薄汚れてヨレヨレになって名前の判別が難しくなっているが、ハンターギルドが発効している正規の狩猟免許であり、竜の牙を模した意匠の飾りが手帳に付いていた。


 竜の牙の意匠は、狩猟者ハンターとして特に技量に優れた者である狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーの受賞した者にしか、授与されないSランクであることを証明する意匠であった。


「何を馬鹿なことを言うておるのだ。こんな辺境にSランクの狩猟者ハンターがいるわけがなかろう。Sランクは全て王都とか大都市の猟団に所属しておるわ」


 レクを再びぶん殴ろうとしていたローランドが、ヴォルフの持つ、男の手帳を見ようと歩み寄ってきた。


 その隙を見たレクが脱兎のごとく酒場から逃げ出して行く。


「ローランド猟団長に、これ以上殴られたら、ボクの綺麗な顔が台無しだからね。失敬するよ」


「あっ!! こら! 待て!! レクーーーーー!!」


 ローランドの隙を突いたレクが、皆の監視をすり抜けて酒場から駆け出していた。


 その逃げ足の早さは、酒場に居た全員が呆気にとられるほど早く、意表を突いたものであった。


「レクさん、逃げちゃいましたね……で、どうします?」


 ヴォルフも困惑顔でローランドに問い質したが、苦虫をかみつぶした顔でイライラしている彼に怯えてしまっていた。


「レクの野郎っ! まともに狩猟すればすぐにでもAランクに上れる実力を持っているのに! なんで、ワシの言うことを聞かぬのだ!」


「だぁあああああ!! うるせえなあっ!!! 気持ち良く寝られないだろうが!!」


 カウンターで寝ていた男が、ローランドの大声で、再び目を覚ました。


 その男の大声に、近くにいたヴォルフがビックリして、狩猟免許の付いた手帳を取り落としてしまっていた。


「ああぁ! すみません! すみません! こ、これお返しします」


「ああぁ!? 俺の手帳!! 返せ!!」


 男がヴォルフに自分の手帳を取られたと思い、すぐさま手帳をひったくるように奪い取った。


「す、すみません。勝手に手帳を見て、すみません」


 男はぺこぺこと謝るヴォルフから、奪い取った手帳をポケットにしまうと、ローランドたちを見据えて、酒臭い息を振り撒いていた。

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