第5話

 ―数分後―


「で、なんで俺が、お前等の猟団の猟団長にならないといけないんだ? 言っている意味がまったく理解できんぞ?」


 レクが逃げ出して数分後、酒場のテーブルでローラントたちに囲まれたイェスタが、困惑した顔をして周りを見ていた。


 ことのあらましは、逃げ出したレクが、今季中に猟団維持に必要なAランク狩猟免許を取得できる予定数を狩れるはずだったのだが、蓋を開けてみれば、あまりに狩猟成果が少なくて、免許交付が認められなかったことに端を発しているのだ。


 そして、現猟団長であるローランドは、来季には猟団所属の狩猟者ハンターの定年である六〇歳になるため、彼の率いる辺境の狩猟者フロンティア・ハンターは、ハンターギルド所属の公式猟団としての資格を失い、解散命令がハンターギルドによって申し渡されてしまう瀬戸際にあった。


「だから、さっきも言ったが、ワシが引退で、後任の猟団長にしようと思っていた奴が、見事に免許交付されなかったのだと言うておるだろうが。そこで、イェスタ殿に来季だけでもいいので、うちの猟団長をしてもらって、レクがその間にAランク狩猟免許を取れるようにして欲しいのだ。いや、免許はワシが取らせるし、ハンターギルドの認可を通すだけのお飾りでいいんだ。もちろん、給料もそれなりに出す」


「だからぁ! それに、なんで俺が手を貸さなきゃいかんのだ?」


 イェスタがぼさぼさに伸び切った黒髪をかきむしりながら、困惑した顔を隠さずにいた。


 王都で猟団を追放されて以来、どこの猟団からも声が掛からず、辺境のフリーハンターたちの間で野良パーティーを組み、狩猟をして生計を立てていたイェスタは、Sランク狩猟免許こそもっているものの、ハンターギルドから公式に認められた狩猟成果ゼロのままであった。


 数年間、公式狩猟実績ゼロの男が、急遽猟団長に就任するなどということは、ローランドが認めたとしても、王都にあるハンターギルド本部が承認する訳がなく、レクがAランク狩猟免許を取れなかった時点で、この猟団の運命は決まっているのだ。


 しかも、ハンターギルドが公式に認める猟団の『格』とも言える所属部が三段階の内、最低評価の『三部』ともなれば、ハンターギルドも容赦なく解散を選択させて、別の申請待機中の猟団候補を格上げすることも考えられた。


 そこまで、追い詰められた猟団であるにも関わらず、ローランドたちの危機感はとても薄く、Sランクのイェスタを暫定猟団長として担ぎ出して来季を乗り切ろうとしているのだ。


「来季、来季だけ乗り切れば、レクがきっと猟団長にふさわしくなる。あいつは、才能だけはあるやつなんだ。頼む、このガレシュタットに常駐する猟団は、うちしかないんだ。うちの猟団が解散されたら、このガレシュタットは凶竜の脅威に対抗するためにフリーハンターを雇わざるを得ない。だが、イェスタ殿も見ればわかるだろうが、このガレシュタットにそんな金はない。だから、わしの猟団は解散できぬのだ。頼む」


 ローランドが真剣な目をして、イェスタの肩に手を置き、熱く語っていた。


 フォルセ王国における都市開発は、猟団とともに行われると言って過言でなく、凶竜という人類の敵があちこちに闊歩している関係上、強い猟団の常駐している都市の開発が優先され、凶竜討伐数に応じて、都市側の開発補助金も増額される仕組みになっているのだ。


 これは、フォルセ王国が建国されて以来、ずっと踏襲されてきたことで、人類はこれによって安心して住める地を大陸各地に増やしていったが、それ以上に消えていった都市も数多くあった。


「ローランドの言いたいことは分かるが、俺はやらんぞ。俺はすでに終わった男だ。今更、ハンターギルド公式の猟団でやろうなどと思わんよ」


 妙にくたびれた顔をしているイェスタが、ふとため息を吐く。


 数年間の野良パーティーの生活は、イェスタを更に荒ませていたようで、王都を追放された際の復帰に燃えてギラギラとしていた眼は、酒で濁りきって狩猟者ハンターの持つべき眼差しではなくなっていた。


「イ、イェスタさんっ!! そんなこと、そんなこと言わないでくださいよ!! 仮にも全狩猟者ハンターの頂点に立ったことを証明する狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを与えられた狩猟者ハンターでしょ!! 僕はそんな姿を見たくないですっ!」


 近くで話を聞いていたヴォルフが、皆が驚くような声でイェスタを責めていた。


 普段は、大人しくて、おどおどとして自分の意見を言わないヴォルフが珍しく発した大声に、店の奥にいた中年の女性と、その娘と思われる若い女性が出てきた。


「あらあら、どうしたんだい? ヴォルフが大声上げるなんて珍しいこともあるもんだ? けど、他のお客さんに迷惑だよ」


 奥にあった厨房からカウンターに出てきたのは、この酒場のオーナーであり、ローランドの妻であるプリムローズであった。


 ローランドとともに狩猟者ハンターをしていたが、結婚後に引退して、この酒場を切り盛りして繁盛させているやり手の女主人であった。


「そうよ。ヴォルフの癖に大声出すなんて。大声を出す前に狩猟成果出してよね」


 勝気な声でプリムローズとともに奥から出てきたのは、ローランドとプリムローズの孫娘で、まだ若いエリスであった。


 若いながらも勝気な性格でハキハキと喋り、酒場にいる大人たちからは、可愛がられながらウェイトレスとして働き、祖父の猟団の裏方としても働いている活発的な女性である。


「はっ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ただ、僕はイェスタさんに猟団長をやってもらいたいんです。自分を『終った男』だなんて言わないでください。お願いですから」


「珍しいこともあるもんだね。引っ込み思案なヴォルフが、こんなに自分の意見を表に出すだなんてね。イェスタさんって言ったけ? この子、普段は全然自分の意思を表に出さない子なんだよ。そんな子があんたに猟団長をやって欲しいって頼んでいるんだ。承認される、されないを抜きにして『やってみたい』のか、『やりたくない』のかだけは、はっきりと答えてやるのが、大人の対応だと思うわよ」


「そうだね。おじさんも何かマイナス思考過ぎ。うちは『三部』所属とはいえハンターギルド公式認定猟団なのよ。そんな所から、ただのフリーハンターのおじさんに『猟団長就任』の打診がきているのよ。受ける一択しかないでしょ。しかも、給料も出すって言われているんだし。住むとこは、二階の空き部屋を格安で貸してあげるから安心しなさいって」


「ちょ、ちょっと待て! 俺は受けるなんて一言も」


「えええっい! じれったいやつだなっ! お前は仮にも狩猟と繁栄の神ヴリトラム様に認められ、凶竜討伐の宿命を授かった狩猟者ハンターであろう! ならば、その能力はあまねく民を護るために使わねばならぬと、訓練校で教えられたはずだろうが!」


 ローランドを始めとしたラッザリ家の三人とヴォルフが、イェスタに詰め寄っているのを、ノエルとヨランデがカウンターで食事しながら、我関せずといった雰囲気で眺めていた。


「なんとか来季も猟団は継続しそうね。レクも来季は心を入れ替えてくれるといいんだけど……ふぅ」


「ノエルも今年の狩猟成果じゃランク上がらないだろ? オラも多分足りないし……来季は今季以上にもっと厳しい猟団の懐事情になりそうだな」


「それは、困るわ。武器を新調して、まだ月賦が残っているもの。ここで、フリーになれだなんて言われたら廃業するしか……」


「オラは本の方がちょっぴり売れたから、なんとか喰えるけど、それも長くは続かないだろうし」


 猟団の先行きを悲観すると、二人してため息を吐いて顔を見合わせていた。


 そんな二人をよそに、ラッザリ一家とヴォルフに詰め寄られていたイェスタが、余りのしつこさと、就任への熱量に対して、遂に陥落していた。


「だぁああああ!! わかったよっ! 公式狩猟実績ゼロの猟団長をハンターギルドが認めるなら、来季だけはやってやるよっ!」


「いやったぁあ!」


「よし、決まりだ。早速、王都のハンターギルド本部に申請にいくからな。どうせ、荷物などないだろ。すぐに出立する」


「あんた、なら早くしないと最終便が出ちまうよ」


「おお、直ぐに出る」


 投げやりに椅子に座り、頭をかきむしって項垂れていたイェスタの手をローランドが引っ張ると、王都行きの最終便が出る駅場へ向け、二人で消え去っていた。

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