第7話

 ―王都ウリバルド マルセロの屋敷―


 別件で訪れたハンターギルドの受付で、数年振りにイェスタと出会ったマルセロは、最愛の弟子が立ち去ったことを確認すると、足早に自宅へ戻ってきていた。


 見守り役がイェスタの存在を見失って、一年が経っており、その行方が不安視されていた中で、辺境のガレシュタットに流れ着き、来季、公式の猟団に復活することが判明した時のマルセロの胸中は、安堵で溢れていた。


 マルセロは足取り軽く、自宅兼猟団の事務所も兼ねる屋敷のドアを開けると、近々行われる大規模凶竜討伐に向かって、忙しそうな様子で討伐に必要な装備品の書類や経費の計算を愛用の机の上で行っていたルイーズを見つけた。


「ルイーズっ! あの馬鹿が、ついに王都に顔を出したぞ! この一年、行方が掴めないと思ったら、北部の辺境都市ガレシュタットでフリーハンターをしておったわ」


 マルセロの話した言葉で、イェスタのことだと直感したルイーズが、仕事の手を止めて椅子から勢いよく立ち上がった。


 あの日、イェスタが猟団から追放されて以来、ルイーズは見守り要員と密に連絡を取り合い、陰ながらイェスタのフリーハンター生活を把握していた。


 けれど、一年ほど前に見守りの要員が病気で倒れた際、引継ぎが上手くできず、イェスタの存在を見失い、それ以来狂ったように四方八方に人をやって探していたのだ。


 その間、ルイーズは不安を掻き消すように、仕事にのめり込み、かなりやつれた顔になっていた。


「ほ、本当ですか!! イェスタが王都に!? そ、それで連れ戻したんですよね? ね?」


「いや、あいつは来季三部の辺境の狩猟者フロンティア・ハンターの猟団長に就任することになった。なんでも、現猟団長が定年で引退するらしくて、後任ができるまでの臨時猟団長だそうだ」


「三部の猟団長……辺境の狩猟者フロンティア・ハンターだなんて、今季狩猟成績最低のお荷物猟団じゃないですか。そんな所の猟団長なんかしたら、本当にイェスタが潰れてしまいます。すぐにうちに戻してください。お願いします。彼はもうこれ以上もたない……。お願い、マルセロ。お願いだから……」


「わしもイェスタを見つけた時は散々迷ったが、あやつが猟団長をやる姿を想像してしまったら止められなかった。創造力豊かな戦闘センスと広い視野、そして味方の能力と凶竜の動きを把握する記憶力。あれが見られるかと思うとうちに戻ってこいとは言えなかったのだ」


 マルセロは、イェスタが三部とはいえ人を率いる立場に当たる猟団長をやると知り、その姿を想像したら自分の下に戻ってこいとは言い出せなかったのである。


「だけど……三部の狩猟者ハンターたちが、イェスタの要求する領域にたどり着けるわけないわ」


「いや、イェスタならやれると思う。ひねくれているし、口も悪いが、あいつが人たらしなのは、今でもうちの猟団のメンバーで、あいつを嫌っている奴はいないのが証拠だ。きっと、新たな猟団でもメンバーを纏め上げて結果を残してくると思う。そうすれば、わしはあいつをこの猟団の後任猟団長に指名して引退しようと思う。わしも定年が目前に迫っておるからの」


 マルセロが自分の執務用の椅子に深く腰をかけて眼を閉じた。


 自身で追放し、行方不明になって探していた最愛の弟子が、ひょっこりと王都に顔を出し、自らが望んでいた人を鍛え上げる方面の才能を必要とする猟団長の職に就くことになったことを、喜んでいる節が見え隠れしていた。


「そんなの分からないじゃないですか……イェスタはもう十分に傷ついたのに……これ以上傷つけるなんて……」


 数年間、探し続けたイェスタの消息を知ったルイーズは、すぐにでも駆け出してイェスタの下へ行きたそうにしていたが、マルセロがその行動を制止する。


「少なくとも今までとは違って、消息は分かっているんだ。焦る必要はないだろう。それに、イェスタを甘やかすとダメになるというのは実証済みであろう。来季を我慢すれば、きっと結果を出してあいつは這い上がってくる。わしが全てを注ぎ込んで鍛え上げた最高の弟子だからな。信じてやるのがわしらの仕事だ」


「マルセロ猟団長……」


 二人して窓の外に映る王都の夜景を眺め、遠く北部辺境都市にいるイェスタに思いを馳せていた。


 そんな、二人の気持ちを当の本人であるイェスタは知る由もなかったであった。

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