第35話
―針葉樹林の森―
ゴリ、ゴリっと何かに固い物を擦り付ける音が、天高く伸びた針葉樹の森の中に響き渡っている。
音を発しているのは、春になり、角が伸びる時期に入った尖角凶竜ゼインロングたちの群れであった。
全部で五頭ほどの群れで、三頭は一回りほど小さい個体なので、繁殖して増えた子供だと思われる。
そんな五頭が過ぎるのを、息を潜ませて覗くのは、囮役を割り振られたヴォルフであった。
下草の密生した場所に息を潜めて隠れ、狩猟開始をするタイミングをはかっている。
手には狩猟の開始の合図を、罠を張った場所で待つ、イェスタたちに伝えるための【信号弾】を持っていた。
そして、囮として三
(そろそろ、始めよう。ここで、キッチリと結果を出して、イェスタ師匠に来季もうちで猟団長をしてもらうんだ)
ヴォルフは、師匠であるイェスタが一季の契約しかしていないと聞かされており、来季も自分の師匠として同じ猟団に居てもらえるよう、今回の狩猟を絶対に成功させようと心に誓っていたのだ。
(僕は最高の師匠の教えを受けたい。そのためには、これをしくじるわけにはいかないんだ)
憧れの
そんなヴォルフがふぅと息を吐くと、攻撃するための唯一の武器として持ち込んだ投げナイフを手にする。
(よし! 狩猟開始だ)
先頭の大柄な尖角凶竜ゼインロングに狙いをつけたヴォルフは、手にしていた投げナイフを思いっきり投げ付けていった。
投げられたナイフは、ゼインロングの赤い鱗によって、突き刺さることなく地面に落ちていったが、攻撃を受けたゼインロングの眼が真っ赤に染まり、鱗の隙間から薄っすらと赤い靄が沸き立ち始める。
尖角凶竜ゼインロングの身体から発せられた赤い靄は、仲間に攻撃を受けたことを即座に伝える匂いが含まれ、周囲にいた四頭は、先頭のゼインロングと同じように目を真っ赤に染め、鱗の隙間から赤い靄を噴き出し始めた。
(予定通り。次は【信号弾】を上げる)
ヴォルフは、攻撃してきた相手を探していた尖角凶竜ゼインロングの前に飛び出ると、手にしてた【信号弾】のひもを強く引っ張った。
ヒューン。
強烈な音と、眩しい赤い光が真っ青な空に花開く。
突如、発生した大きな音に、攻撃色に変化した尖角凶竜ゼインロングたちの鼻息が荒くなっていった。
「来るならこい。僕が攻撃したやつだぞ」
ヴォルフは、尖角凶竜ゼインロングの前に立つと、挑発するように手招きをしていく。
目を赤く染めた尖角凶竜ゼインロングが、苛立ちから大きな声で咆えた。
周りの四頭も呼応するように咆える。
段々と鼻息が荒くなり、地面をならすように前脚で引っかく。
足場を固め終えると、尖角凶竜ゼインロングは低く身を沈め、角を槍のように突き出し、もの凄いスピードでヴォルフに向かい突っ込んできた。
(この最初の一撃さえきちんと避ければ)
相手の動き出しに対し、神経を研ぎ澄まして待っていたヴォルフは、尖角凶竜ゼインロングが動き出したと同時に反応する。
(見える。最初の一撃を避けるんだ)
地面に擦りそうな低い位置から突き上げられた角を、半歩後ろに身体を逸らし、紙一重でかわすと、空いたスペースの足元へ飛び込む。
攻撃を見事に避けたヴォルフは、先頭を走ってきていた尖角凶竜ゼインロングの足元に潜り込むことに成功すると、罠への誘引をするため、今度は別の個体に自らの姿を晒していく。
「お前らを攻撃したのは、僕だぞ。ほら、こっち」
足元に入られた個体は、足で蹴ろうと動かすが、角での攻撃よりも勢いも迫力もない攻撃であるため、ヴォルフが次々と避けていく。
そんな様子を見ていた仲間もヴォルフを攻撃しようと角を突き出していくが、味方に当たりそうになると、攻撃を自重し始めていた。
攻撃にまごついている個体を見つけると、その足元に次々に移動しながら、ヴォルフは偵察行で残した印を頼りに尖角凶竜ゼインロングたちを罠のある山の麓の方へ誘引することに成功しつつあった。
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