第12話

 ―ガレシュタットの訓練場―


 ついに狩猟期は終了し、大型の凶竜は休眠期に入る時期がやってきた。


 大陸の北の方にあるガレシュタットでは、周りの荒野に雪が降り積もり、辺りは白一色の世界に変わってきている。


 そんな、白く染まった大地の中を白い息を吐きながら走る集団が見えた。


 走っている集団は義手義足を付けた男が先導する男女五名である。


 狩猟期の終了と同時に、イェスタの猟団改革は始まり、普段なら狩猟者ハンターの休養時期に当たる時期であるが、訓練を行うことにして、基礎体力の向上を求め、走り込みを行っていたのだ。


「おいおい。俺は鉄の重り着けて走ってるのと同じだぞ? レクとヴォルフ以外は、なんでついてこれねえんだ」


「はぁ、はぁ。オラは走るのは苦手だ。だから、狩猟でも動かなくていい盾役をやってる」


「私は一生懸命に走ってますよ。イェスタさんが、無駄に体力が余ってるだけでしょ。はぁ、はぁ。なんでこんなに走らないといけないの」


 ヨランデとノエルが肩で息をしながら膝に手を突いて立ち止まる。


 二人の身体からは白い湯気が沸き立ち、完全にスタミナ切れを起こしている様子であった。


「大型の凶竜は絶えず動きながら戦わねえと頭を食い千切られるぞ? それとも、お前等は小型凶竜専門狩猟者ミニマムハンターか?」


 イェスタの口にした『小型凶竜専門狩猟者ミニマムハンター』というのは、公式猟団に所属している狩猟者ハンターに対しての最大の侮辱の言葉であった。


 人類へのより脅威度の高い大型凶竜を狩ることこそ狩猟者ハンターの存在意義であるため、先の言葉は狩猟者ハンター失格と同意義であったのだ。


 イェスタの辛辣な言葉にヨランデとノエルがムッとした顔を見せた。


 訓練校を卒業し、狩猟と繁栄の神ヴリトラムへ祈りを捧げ祝福された者であれば誰でも抱く感情である。


「違いますよ。私は小型凶竜専門狩猟者ミニマムハンターなんかじゃないです!」


「オラも違う!」


「なら、走れるようになってから言え。動けねえ狩猟者ハンターなんて見たことも聞いたこともない」


 ぐうの音の出ないようなイェスタの正論に、ノエルとヨランデは言葉に詰まり、二の句を告げなくなってしまっていた。


 そして、無言で息を整えると、再び訓練場内を走るために列の後ろに戻ってきた。


 それから、しばらくの間、全員が無言で訓練場内を走り、イェスタがランニングを止めた所で、ノエルとヨランデは倒れ込んでいた。


「まぁ、根性だけは認めてやるか。さて次はヴォルフとレクはペアで打ち合い練習しとけ。レクは木刀なら本気出していいぞ。ヴォルフも殴られたくなかったら死ぬ気で捌いていけ」


「へぇ。ボクがヴォルフ相手に全力出していいのかい? すぐにボコボコにしちゃうよ? そうだ! ヴォルフが立てなくなったら休憩していいかい? 割と汗をかいているから、そろそろ練習を切り上げたいのだけど」


 ランニングでかいた汗で、毎日時間を掛けて手入れしている髪が、顔に張り付くのが気になるレクは、対戦相手のヴォルフを秒殺して訓練を終えたいと申し出てきていた。


 実力的にかなりの差がある二人であるが、イェスタの眼には、ヴォルフの動体視力であれば、レクの太刀筋を見切れるはずだと見越していた。


「いいぞ。ヴォルフが失神したら、そこで訓練を終わりにして後はレクの自由にすればいい。ただし、ヴォルフ! お前は手を抜いたら、来季の出番はないと思えよ。全力を出し切れ。分かったか!」


 急に名指しされたヴォルフが、ビクンと跳ねると、レクとイェスタの顔色を窺ってオロオロとしていた。


 完全にレクに対して手を抜いて、事なきを得ようとしていた顔である。


「ええぇ!! そ、そんなの酷いですよ! 僕がレクさんと本気でやったら秒殺ですから!! イェスタ猟団長! ご再考を!!」


「ダメだ! 本気でやれ! お前が狩猟者ハンターを続けたいならな。辞めたかったら、レクにぶん殴られて気絶すればいい。そっちは任せるからな。ノエルとヨランデはこっちにこい」


 イェスタはヴォルフの懇願を冷たく一蹴すると、スタミナ切れで地面に寝転がっているノエルとヨランデを引きずって、射撃場へ向かい歩き出していった。


「ふぅ、ボクは部屋に帰って汗を洗い落としたいから、とっとといくよ」


「ひぇええええ!! レクさん!? 冗談ですよね?」


 イェスタが去った後、レクは道具入れにしまい込んであった木刀をスッと抜き出すと、ヴォルフに向けて突き出す。


「さぁ、早く剣と盾を構えなよ。なに、そこまで痛くしないであげるさ。実は前々からヴォルフを相手に打ち合いしてみたかったんだよ。君は避けるのが上手いからね」


「え? え? 本気ですか?」


「ボクは本気さ。さあ、行くよ」


 ヴォルフが身構えるのを待たずに、レクが上段に構えた木刀を揺らめかせ、斬りかかると見せかけて、一気にヴォルフとの距離を詰めるために、地面を蹴って飛び込んだ。


 ガンッ!


 レクの踏み込んだ一刀をヴォルフの盾が弾いていた。


 防がれたことに顔色も変えず、レクは次の斬撃を放つため、後ろに軽く飛んで距離を取ると、胸元で構え直し、素早く刺突を連続で打ち込んでくる。


 ガン! ガン! ガン!


 ヴォルフは撃ち込まれたレクの刺突を一撃ずつ正確に払いのけていった。


 だが、レクはそれも読んでいたと言いたげに、下段に構え直した木刀を、今度はヴォルフの足首に向け薙ぎ払っていく。


 木刀の振り抜く速さで、ビュウと空気が切り裂かれる音が訓練場に響く。


 足元への攻撃を察知したヴォルフは、咄嗟に自分の剣を地面に突き刺し、それを足場にジャンプして、レクの薙ぎ払いに来た木刀を避けていた。


 必殺と思われた薙ぎ払いを避けられたレクが、笑いを一生懸命に噛み殺していた。


「ククク、ヴォルフ。やっぱ、君とやってよかったよ。意外と本気を出しているんだけど、君を捉えられないとは思えなかった。君になら全力で斬りかかってもよさそうだ」


「はぁ、はぁ。レクさん。ちょっと、ちょっと待って!」


「いいや、待たないよ。狩場に休憩時間なんてないからね」


 再び距離を取って、構え直したレクが息を整え直す。


 ふぅっと小さく息を吐いたかと思うと、踏み込みのあまりの早さに、残像が残るほどのスピードで斬り込んできた。


 上段斬りから中段横薙ぎ、刺突、刺突、下段斬り上げというコンビネーションを瞬く間に打ち込んでいく。


 レクが得意とする必勝のコンビネーションパターンであった。


 レクの最強の最大のコンビネーションによって打ち込まれたヴォルフは、次々に繰り出される斬撃や刺突を一つずつ、動きを見切って、剣と盾で捌いていく。


 そして、最後の下段斬り上げを盾で受け止めた。


「クハッ! レクさん! これ以上は無理ですからぁ!」


「ボクの斬撃を受け止めきるなんて、ヴォルフの癖に生意気だね」


 必殺の斬撃を受け止められたレクは不機嫌そうな顔で、更に追い打ちをかけていく。


 息が上がりかけているヴォルフに比べて、レクはまだかなり余裕が残されているようであった。


 三度、レクの猛攻がヴォルフを襲っていく。


 下段横薙ぎ、斜め斬り上げからの不意を突く砂掛けがヴォルフの視界を奪っていった。


「ちょっとカッコ悪いけど。それ以上にヴォルフに完封されるのは、もっとカッコ悪いからね。ボクは勝ちにいくよ」


「ちょ! マジで見えませんって!?」


 砂で視界を潰されたヴォルフへ、レクの無情な連続刺突が打ち込まれていった。


 ドス、ドスと鈍い音とともに、ヴォルフが口の端から胃液を逆流させて地面に膝と手を突いて崩れ落ちる。


 そして、レクがトドメの一撃を打ち込もうとした瞬間――


「そこまでだ! レクは上がっていいぞ。ヴォルフは後で訓練場内二〇週しておけ!」


 射撃場にいたイェスタが、トドメを刺そうとしていたレクへ声を掛けて止めると、そのままヴォルフは地面に倒れ込んでいった。


「ふぅ、残念だ。せっかく、勝てると思ったのに。それにしてもヴォルフは強いな。今度からボクの訓練に付き合ってもらうことにしよう。今日はいい収穫があった。じゃあ、ボクは先に上らせてもらうからね」


 地面に倒れたヴォルフを助け起こそうともせずに木刀を投げ捨てて、レクは訓練場を後にしていった。

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