第13話

 ―訓練場内の射撃場―


 レクたちの訓練が終わると、スタミナが尽きていたノエルとヨランデが立ち上がれるほどまでに回復していた。


 そんな二人を無視してイェスタは、ひょこひょこと足を引きずり五〇バルメほど離れた射撃用の的を立ち上げて用意していく。


 凶竜狩猟の際に多くの矢弾を背嚢バックの中に背負っていく後衛職は、動きが鈍くなりがちで、防具も荷物を持つために前衛職とは違い、簡素で軽いものが選ばれる。


 なので、イェスタが的を立てている五〇バルメという距離は、動きの鈍い後衛職が最低限保つべき凶竜との距離であったのだ。


「ノエル! 今、俺が立てた的を狙って撃ってみろ! 外したら、一本につき訓練場内を一〇周させるがな」


「ひぃ! プレッシャーかけないでくださいよ。これ以上、一周も走りたくないです」


「オラはヴォルフを起こしてくるよ。じゃあ、頑張れノエル」


「ヨランデの薄情者! ひぎぃい! イェスタ猟団長の鬼! 悪魔!」


「御託はどうでもいいから、さっさと撃て」


 イェスタに催促されたノエルは背中に背負っていた弓を取り出して素早く組み立てていく。


 狩猟者ハンターの弓は野生動物を狩るための武器ではなく、大きな体躯を持つ凶竜を撃ち抜くために作られるため、大型の弓が製造されるのだが、獲物である凶竜を追って移動しやすいように折り畳み式の物が重宝されているのであった。


 そのような弓をノエルが慣れた手つきで組み立て終えると、背嚢バックに装着された矢筒から矢を引き抜き、弓を引き絞って狙いを定め、そして、素早く放つ。


 凶竜の硬い鱗も貫通するように作られた矢尻は、的の中央の小さな赤丸を貫いていた。

 

「次っ!」


 イェスタはさも当たり前だという気配を漂わせ、ノエルに次なる的を狙わせていく。


 矢筒から取り出した矢を番え、的を狙った矢が撃ちだされ、的の中央を射抜く度に次の的を狙って撃ち込んでいく。


 ノエルによって五連続で放たれた矢は、全て的の中央を射抜いて貫通していた。


 威力、命中力ともに申し分ない射撃で、撃った当人のノエルも鼻が膨らんで得意気な顔をしている。


「得意気な顔をするな。凶竜のいない場所で外すような奴なら即クビにしてるぞ。さぁ、次はヨランデを置いてやるからな。間違えて撃ち抜かいように矢尻は取っておけ」


「へ? ヨランデを置くってどういうことです? え? え?」


「ヨランデ! ちょっとこい!」


 レクに気絶させられたヴォルフを介抱していたヨランデを、イェスタが手招きして呼びつける。


 気絶から回復したヴォルフをベンチで休ませると、ヨランデが狩猟に使う鎧を着込んだままドスドスと歩いて的の所まで来た。


「ここに槍と盾を持って立って構え突きをいいというまでやってろ」


「は? ここでか? オラが?」


「そうだ。もう少し後ろがいいな。あー、そこでいいぞ。その位置動くなよ。さぁ、構え突き始め!」


「意味がわかんねえ」


 イェスタの意図が理解できないまま、的と対面して槍の構え突きを始めたヨランデであった。


 槍を構えて突き始めたヨランデに満足したイェスタは、ノエルの方へ歩いていき、彼女の隣に立つと先程と同じように弓を撃つように仕草で指示する。


「ええ!? ヨランデに当たっちゃいますから!」


「いいからやれ。そのために矢尻を外してやれ。それとも、もっと走りたいか? 俺はどっちでもいいぞ」


「ひぃいい! ごめんね。ごめんね。ヨランデ」


「え!? 何がごめんねなの? ちょ、ちょっとノエル?」


「ヨランデ! ちゃんと前を向いて構え突きしてろー! こっち向いたら、お前も走らせるからな」


 ノエルに背を向けて槍を突いているヨランデが、そわそわとしてノエルたちの方を見たそうにしているが、イェスタの言葉で踏みとどまり、槍を突くことに集中し始めた。


「さぁ、ノエル構えろ! まだ、これは優しいだろ? ヨランデなら当たっても死なないからな。思いっきり引き絞れよ」


「ひぎぃい! イェスタ猟団長の鬼ぃいい!」


 槍を突くヨランデの頭が揺れ、的の中心を見え隠れさせると、狙いを定めるノエルは撃つタイミングが計れずに引き絞って弓から矢を放てないでいた。


 そして、例の如く、迷った末に目を閉じて、番えていた矢を撃ち放った。


 ノエルが放った矢が、カァンという甲高い音とともに槍を突いていたヨランデの兜に矢が当たる。


 矢尻を外してあったが、凶竜用の太い矢のためヨランデの兜が少しへこんでいる。


「ひゃぁああ! ごめん! ごめんね! ヨランデ! ワザとじゃないの! ほんとに! 本当だからね!」


「いつものことだから……。イェスタ猟団長、ここ危ないから別な場所でやらせてくれ」


「あー、断る。狩猟の時はどうせこの位置になるんだ。ノエルに後衛としての基本を教え込むための人身御供として、そこで槍突いていろ。それとノエル! お前はなんで動こうとしない? 俺は的を撃てと言ったが、そこからとは言ってないぞ? なんで、わざわざ撃ちにくい場所で狙うのか俺にはさっぱり理解が出来ん」


「え? 動いていいんですか?」


 ノエルはその場から矢を射るものと思い込んでいる様であり、射撃の場所を移動していいという考えは頭の中になかったようだ。


 左右に動いてヨランデの頭が的にかからない場所に位置取り狙えば、より安全に的へ当たりやすくなるのだ。


 そんな、後衛職の基本中の基本もできていないことを、イェスタはノエルに分からせようとしていた。


「お前は、この前の狩猟の時も、自分の位置を動かそうとせずに、誤射確率の高い位置のまま味方の援護を始めていただろ?」


「あぅ……」


 イェスタにこの前の狩猟での一番の汚点を指摘されたノエルが顔を下に向ける。


 急なモノニクスの襲撃にパニックに陥っていたとしても、基本をキチンと守っていれば起きなかった誤射であると暗にイェスタが言いたそうにしていた。


「動かねえ後衛なんて、なんの役にも立たねえよ。後衛職は凶竜との位置取りの良し悪しで狩猟成績が極端に変わる」


「あぅうう……」


「あと、なんでヨランデの頭が被る的を狙う? 他にも的はあるじゃねえか? 俺は的の前でヨランデに槍を突けと言っただけで、おまえに『その的』を狙え、なんて一言も言ってないぞ? 矢尻を外してやれとは言ったがな」


「ひぐぅうう! そんなこと言われたら、あの的狙うべきだと思いますよ。普通な人なら――」


「安全に狙える的があるのにか? 味方と誤射する可能性の方をノエルは選ぶと言うのか? それじゃあ、前衛の三人が誰一人お前を信用してねえのは当然だな。乱戦中、身近なところに矢を撃ち込まれるのは、前衛が一番嫌うことだぞ。俺が猟団にいた時はそれをやった奴は狩猟後に半殺しにしてやった。全神経を尖らせて凶竜の動きを見切っている最中に、集中を乱されるのは一番頭にくる。ヨランデもレクもヴォルフもいいやつらだから、お前に言わなかったんだろうが、俺は言うぞ。最低の援護射撃だわ」


 ノエルの考え方は前衛の動きをまったく考えていない動きであり、援護どころか集中を乱す邪魔なものにとなっていた。


 今まで誰にも指摘されて来なかったことを、イェスタに指摘されたノエルが悔しさからか眼に涙をためて俯く。


「ヴォルフ! お前も来い!」


 落ち込むノエルを無視するように、イェスタはベンチで休んでいたヴォルフを呼び付けると、今度はヨランデとともに打ち合いをさせ始めた。


「よし、ノエル! 矢筒に残った矢を全部的に当てるまで終わらないし、一本外すごとに一周させるからな。それと、ヨランデは俺とヴォルフのコンビから一本取るまで終わらせないぞ。分かったらすぐにやれ!」


 イェスタから二人に対し、怒声に近い指示が飛ぶ。


 戸惑っている二人を尻目に、イェスタはヴォルフに耳打ちをする。


「ヴォルフ、現状のお前の持ち味は攻撃カット力だ。そのカット力でヨランデの攻撃から俺を守れ! 攻撃は俺が担ってやる」


「え!? 攻撃しないでいいんですか?」


「どうせ、できないだろ。だったら、得意なことで猟団に貢献しろ」


 ヴォルフが攻撃をためらうのを見抜いているイェスタは、ヴォルフに攻撃を担当させず、自らが代わりを務めるために左手に木刀を持った。


 片手足を失ったとはいえ、王国一の称号を貰った狩猟者ハンターであるイェスタが木刀を構えると、周りの空気は張りつめていく。


 イェスタの放つ、空気感が変わったことを察したヨランデがスッと盾を構え直して、練習用の槍を突き出す。


「ヴォルフ! 守れ!」


「は、はい」


 名を呼ばれたヴォルフが、イェスタの前に出るとヨランデの突き出した槍を弾き返す。


 バランスを崩されたヨランデは後ろに大きく仰け反ると、転倒しそうな体勢を立て直そうと踏みとどまる。


「前に出る! 道を開けろ」


「はい」


 よろめいたヨランデを追撃しようと、イェスタは木刀を構え、ヴォルフの横を跳ねるように飛び出すと、一気にヨランデとの間合いを詰める。


 イェスタは左手に持った木刀で、ガードが甘くなったヨランデの脇腹に向けて連続刺突を撃ち込む――


 その姿は全盛期には遠く及ばないものの、一般の狩猟者ハンターのそれよりは格段に鋭い突き込みであった。


「イェスタ猟団長、腐っても狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーの獲得者だ。オラも本気でやらねえと」


 ヨランデもイェスタの鋭い突きを盾で払い切ると、鉄の面貌を下ろし、体勢を整え直して槍を持つ手に力を入れる。


「ノエル! お前もぼうっと見てるんじゃねえぞ! 全部当てないと終わらないからな! ヨランデも本気出さねえと、俺とヴォルフからは逃げきれねえぞ」


 イェスタは凶暴そうな笑みを浮かべてヨランデを見据える。


 その気迫に寒気を感じたヨランデはジリジリと後ろに下がっていた。


「ヴォルフ、お前は俺の盾だ。右側に立て。そして、俺が攻撃してから、一呼吸おいて防御に入れよ。タイミング間違えたら俺がぶちのめすから気を付けろ」


「ええ!? そ、そんな」


「お前の眼なら見えるだろ。いいからやれ。いくぞ」


 左手の木刀を構えると、挑発するように木刀をヨランデの目の前でクルクルと回し始める。

 

 完全におちょくっているイェスタの様子に、ヨランデは憤慨しそうになるのを抑え、攻撃のタイミングを狙っていく。


 やがて、守りに入ると負けると感じたヨランデは、逆に前に踏み込み槍を突き込んでいった。


「ヴォルフ!」


「はいっ!」


 ヨランデの攻撃を読んでいたヴォルフが、イェスタとの間に入り、槍の穂先を滑らせて逸らすと、すぐにイェスタに対して攻撃するスペースを譲る。


 簡単に体勢を崩されたヨランデは、立て直そうと盾でシールドバッシュを決めようとするが、すでにイェスタはヨランデの懐に侵入しており、手にした木刀は下段から、もの凄い勢いで斬り上げられてきていた。


「もらった」


 その瞬間、イェスタの木刀の持つ手に太い矢が当たり、木刀が手から飛び出して地面に転がった。


「ノエル! なんで俺を狙った!」


「ヨランデが危ないから、イェスタ猟団長を最優先で撃破するべき敵だと思いました!」


 遠く離れた位置にいたノエルが、イェスタの問いに戸惑いを見せずにハッキリと答えていた。


「俺に当てたら一周回れと言っておいたはずだが?」


「はい! 聞いてます! だけど、今は絶対に止めるべき攻撃だと判断してました。それにちゃんと味方であるヨランデに当たらない位置に移動してますよ!」


 的からは、大きく外れた位置に移動していたノエルが、カクカクと膝を震わせながらイェスタに抗弁していた。


「ククク、おもしれぇ! よし、ノエル! 訓練変更だ! お前はヨランデの援護をしろ! 敵は俺とヴォルフだ! ヨランデを守り切るのが、お前の目標にするぞ。ヨランデが戦闘不能になったり、一回でも誤射したりしたら二人で仲良くここを二〇周させてやるからな」


 イェスタは飛ばされた木刀を拾い上げると、先程より更に凶悪な笑みを浮かべた顔で、ノエルとヨランデを見据える。


 その顔は片手足を失う前に王都で『黒衣双剣』という異名で呼ばれ、新人狩猟者ハンターたちに恐れられた男の顔であった。


 片手足を失って以来、どこか本気で戦うことを恐れていたイェスタが、昔の気持ちを取り戻し始め、絶頂期の狩猟時に見せていた狂気の笑みが戻り始めていた。


「ククク、こんな気持ちが戻ってくるとは思ってなかったぜ! お前等には感謝してやる! 腕こそ落ちたが、俺を簡単にしのげると思うなよ。ヴォルフ! お前はノエルとヨランデの攻撃を完全にカットしろよ。その能力は十分にあるのは俺が保証してやる」


 笑みを浮かべたイェスタが、自分の前で構えるヴォルフの肩に義手を置くと、ヴォルフは小さくうなずいた。


「は、はい。イェスタ猟団長がそう言ってくれるなら、僕は全力で攻撃を防ぎます。任せてください」


「じゃあ、狩りの開始だ!」


 すぅっと息を込めたイェスタが、ヴォルフの背をトンと押すと、前方のヴォルフが駆け出してヨランデの前に突進していく。


 それからは、ヨランデ、ノエルチームとイェスタ、ヴォルフチームによる対抗戦の様相を呈した。


 ノエルが後衛職としての基本である位置取りを考えるように動き、イェスタが攻撃を仕掛けようとすると、ヨランデの身体が射線に入らない位置を素早く見つけて移動し、正確な矢を撃ち込んできていた。


 その矢をヴォルフが落とす間にイェスタがヨランデを攻撃するが、体勢を崩せずに攻撃を弾き返されてしまうといったことが延々と繰り広げられた。


 そして、訓練場に夕暮れの光が差し込む頃、ひと汗流したレクが、プリムローズに他のメンバー達に帰ってこいと、呼んでくるようにと頼まれ訓練場に来ると、四人が体力の限界まで訓練していたようで、グッタリと力尽きたように地面に倒れ伏していた。


 その四人の姿を見たレクが呆れたように呟いた。


「なにしてんのさ。君等は……」


 地面に仰向けに倒れていたイェスタが、レクの呟きに反応する。


「くそ、俺も歳を喰ったもんだ。これくらいで身体が悲鳴上げるだなんて」


「その割に、ボクには他のメンバーより、元気そうに見えますがね?」


「多分、今日はもう歩けれないし、右手は上がらんぞ」


「仕方ない。連れて行かないとプリムローズさんにボクが怒られるから手を貸してあげますよ」


 そういったレクが倒れているイェスタに手を差し出す。


 すると、周りにいた他の三人もレクに救いを求め、手を差し出していた。


「まったく。君等は……」


 こうして、イェスタたちはレクの手を借りて訓練を終えることになった。


 その日の夕食はプリムローズ特製のシチューであったが、レク以外の訓練に参加した全員が蒼い顔色をして少量しか食べずにそっと戻して、小一時間プリムローズから説教を受けることになった。

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