第26話

 ―インドスクスのねぐら―


 一方、崖の上から降下したレク、ヨランデ、ヴォルフの三人は、ノエルが睡眠矢をインドスクスに当ててホッとしていた。


 下手をすれば、インドスクスの睡眠音波の餌食になる可能性もあったが、状況を見たヨランデがノエルたちの援護をすると、言い出し降下していったため、レクもヴォルフも後を追って飛び出していったのである。


 降下にもたつくヨランデを抜いて、猛烈なスピードで最初に降下したレクが手早く縄を解くと、抜き放った太刀を片手にモノニクスの集団に踊り込んでいく。


「絶対に眠っているインドスクスにモノニクスを近づけさせないように。イェスタにこれ以上、馬鹿にされたくないからね。キッチリと結果だすよ」


 レクに遅れて降下し終えたヨランデとヴォルフが、それぞれが得物を構え、狼狽えているモノニクスたちを相手に接近戦を挑んでいった。


 ギャアギャア。


 狼狽えているモノニクスの群れに飛び込んだレクが太刀を煌かせて斬りかかる。


 今までのレクなら、一刀で致命傷を与える一撃を叩き込んでいたが、あの酒場での事件以来、そういった切れ味の鋭い一撃は鳴りを潜めていた。


 そのため、致命傷を与え損ねたモノニクスの鉤爪が、レクに向けられて振り下ろされた。

 

 ガンッ!


 すんでのところで、間に入ったヴォルフの盾が、モノニクスの鉤爪を弾き返した。


 明らかに戦闘を焦り、レクの太刀は必殺の一撃を叩きこめておらず、モノニクスに反撃の機会を与えてしまっている。


 そんな、危なっかしいレクをヴォルフの攻撃カット能力でカバーしているのが、昨今の猟団の主なパターンとなっていたのだ。


「ヴォルフ、余計なことを。ボクはアレくらい防げる!」


 ヴォルフが攻撃を弾いた手負いのモノニクスに対し、レクが太刀で斬り払う。


「す、すみません。で、でも、そういった話はモノニクスとインドスクスを無事に狩ってからにしましょう。攻撃はレクさんとヨランデさんに任せますからね」


「レクの言う結果が欲しいなら、ヴォルフの言う通りにするしかないと、オラも思うぞ」


 ドスドスと巨体を揺らし駆け寄ってきたヨランデも加勢に入ったことで、さすがのレクも思い直し、無言で太刀を握り直すと、次なるモノニクスを狙い、攻撃を開始した。


 そして、それをレクからの攻撃の合図と感じ取ったヴォルフとヨランデは、二人で顔を見合わせると微かにうなずき合い、それぞれの役割を果たすべく、得物を構え、混乱するモノニクスの群れに吶喊していった。


 三人が相手にしている群れは、インドスクスに付き従っていたモノニクスは二〇頭ほどで、そのうち一五頭ほどは、レクたちの方に喰いつき、三人を囲むため包囲しようと動き始めていた。


 しかし、別の離れた五頭は、群れのボスであるインドスクスに向けて近づいており、取り逃したことを察したヴォルフが警告を発する。


「誘引失敗してます!! 五頭がインドスクスに向かって――」


 群れから外れ、インドスクスに駆け寄っていたモノニクスに向かい、駆け出そうとしたヴォルフの眼に飛び込んできたのは、重弩の弾丸で頭を弾き飛ばされ、矢で脳髄を貫かれて即死するモノニクスたちの姿であった。


「その必要はねえよ。お前等はそいつらを優先して狩れ。こっちの処理は俺とノエルでやれる」


 インドスクスに駆け寄っていたモノニクスを撃ち抜いたのは、イェスタとノエルの放った遠距離攻撃であった。


 二人は睡眠矢の狙撃を終えると、全速力でモノニクスの群れに駆け寄ってきていたのだ。


「す、すみません。そっちはイェスタ猟団長とノエルさんにお任せしますっ!」


「私に任せておけば、モノニクスなんて、ちょちょいのちょいよ」


 睡眠矢を外して、落ち込みかけていたノエルも、二射目が命中したことで、休眠期のトレーニング時に見せていた冷静さを取り戻して浮かれ始めていた。


「ノエル、浮かれるな。油断したら俺たちが餌にされるぞ」


「分かってます。次はあいつを落とす!!」


 イェスタの忠告を聞いたノエルは、顔を引き締めると、冷静に矢を番え、味方が殺されて狼狽しているモノニクスの頭部に狙いをつけ矢を放つ。


 放たれた矢は見事にモノニクスの眼を貫通し、鏃が脳髄を到達して生命活動を停止させていた。


「プレッシャーから解放されると、途端に命中率が跳ね上がるな。まぁ、ノエルらしいと言えば、らしいが」


 重弩の弾丸の装填を終えたイェスタが、苦笑混じりにノエルの射撃の様子を見ていた。


「さて、早い所、こっち側は片付けるか」


 片膝を突いて射撃体勢をとったイェスタも、新たに味方が殺され、まごついているモノニクスの頭部に狙いを定めていく。


 十字に切られた照準と、彼我の距離を勘案し、必中と思われる場所に来た瞬間――


「そこ!」


 優しく引き金を引いたイェスタの重弩から盛大な発砲音が響く。


 撃ち出した弾丸は、狙いをつけた場所に命中すると、モノニクスの頭が破裂し、赤い花が咲いたように血が飛び散った。


「ひゅぅ。イェスタさんの狙撃はえげつないね。この分だと、こっちも援護が入ってきそうだけど。どうする?」


「狙撃に見とれてないで、敵の攻撃に専念するべきだと、ボクは思うよ。ヨランデ、ボクの背後を頼む。ヴォルフはいつも通り、全力でボクたちへの攻撃を防いでくれ」


「はいよ。心得た。オラが背中は守るから、レクはじゃんじゃんと狩ってくれ、ヴォルフも頼むぞ」


「は、はい!」


 ノエルとイェスタの狙撃が見事に決まり、群れを外れたモノニクスも全滅がほぼ確定事項となったことで、レクの対抗心に火がついていた。


 不調こそ脱していないものの、本来なら、モノニクス程度に苦戦する狩猟者ハンターではないので、攻撃に専念するべく、ヨランデとヴォルフの手を借りる決断をしたようだ。


 ここに来て、レクも自分の不調を自覚したようで、堅実に確実に仕留められるように、味方の援護を活用する気になったようであった。

 

 レクの太刀が朝日に煌くと、その後に首筋から鮮血を噴き上げるモノニクスの鳴き声が、荒れ地に響き渡っていく。


「一つ!」


 レクは、断末魔の絶叫を上げたモノニクスを蹴り飛ばすと、次なる獲物を求め、周囲に視線を巡らせる。


 すると、ヨランデがシールドバッシュして、怯んだモノニクスの姿が目に入り、自身の攻撃が確実に一命を奪うという感覚が湧き上がってきた。


 あの事件以来、狩猟に集中できず、久しく遠ざかっていた感覚が不意に帰ってきたことに、レクは薄ら笑いを浮かべていた。


「フフ、これだ!」


 帰ってきた感覚を、より一層研ぎ澄ますと、周囲の風景がモノクロに変わり、自分が動くべき道筋が眼前に指示されるように赤く色分けされていった。


 レクはこの感覚を『必殺の時空とき』と名付けており、以前から調子の乗っている時は、この感覚に従い、凶竜との戦いを進め、猟団でトップの狩猟成果を上げていたのである。


 自らを狩猟者ハンターたらしめていていた感覚の復帰に喜び、レクは赤く色分けされた場所を駆け抜けていく。


 一気に間合いを詰めたことで、眼前に迫ったモノニクスの口内へ太刀の切っ先を力いっぱいに突きこんだ。


「二つ!」


 太刀を通じて伝わるモノニクスが生命活動を終えていく感覚が、レクのやる気を更に燃え上がらせる。


 飢えた獣にように次なる獲物を求めたレクの眼は、ヴォルフが牽制して、群れから外れ始めたモノニクスに釘付けになる。


「見つけた」


 薄ら笑いを浮かべた顔でペロリと舌なめずりをすると、生命活動を終えたモノニクスを蹴り飛ばし、太刀を引き抜く。


 そして、獲物を狙うための最小限の動きを示した赤い線をなぞるように身体を動かしていった。


 素早く近づいたレクに驚いたモノニクスが仰け反ると、横一線に薙ぎ払われ、身体が上下に斬り分けられ地面に落ちた。


「三つ」


「凄いです。さすがレクさん」


 瞬く間にモノニクス三頭を斬り伏せたレクに、ヴォルフが賞賛の声を上げていた。


「まだ、たくさん残っている。ボクを褒めている暇はないよ」


「今のレクなら、安心して任せられそうだ。ヴォルフはオラの方を援護してくれ」


 レクの動きに怯えたモノニクスが、動きの遅いヨランデの方へ集まり始めていた。


 ヨランデは囲まれる前に、ヴォルフの援護を受けて、モノニクスを近づけさせない布陣を整えていく。


 すでにレクが次の獲物を求めて動き出しており、はぐれモノニクスの排除に成功したイェスタとノエルの援護も始まっていた。


 こうなると、モノニクスたちだけでは対抗できず、次々とレクに斬り殺され、ヨランデに槍で貫かれる者が続出し、慌てて群れを外れたやつはイェスタとノエルによって赤い水たまりを地面に吸い込ませる結果となっていった。


 モノニクスの抵抗も虚しく、インドスクスの傍らに群がっていた彼らは猟団の成長の糧としてその命を終えることとなった。

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