第25話

 ―荒れ地の水場―


 野生動物たちが、朝日とともに水場に集まり、僅かに生えた草を食みながら、辺りの様子をキョロキョロと見ていた。


 そんな、野生動物の中に微かに蠢く、二つの物体があった。


 蠢く物体はモノニクスのフンを身体中に塗りたくり、自らの匂いを消し、皮を被って偽装したノエルとイェスタである。


 二人は、それぞれの得物を持ち、狩猟開始の時期を待ち続けていた。


(絶対にこの匂い取れないよね。うぅう、フンまみれとか信じられないわ)


 ノエルは無理矢理塗りたくられた、モノニクスのフンによって異臭を発し、野生動物たちも自分たちの傍には寄ってこなかった。


 イェスタが提示した偽装による接近策は、今のところ、憎らしいほどの効果を発揮して、ねぐらで身体を休めているインドスクスに気配を察知されずにいた。


 ねぐらにしている崖の上には、自分たちと同じように偽装したレクたち三人が、降下するための縄を地面に固定する作業をしているのが微かに見えている。


(ああ、早く討伐して髪と身体を綺麗にしたいぃい)


 現在のノエルの思考は、討伐の成果よりも、髪から身体まで塗りたくられたフンの方に気を取られていた。


『気が散っているぞ。集中しろ』


 イェスタが、狙撃以外のことに気が行っているノエルの様子を見て、小声で注意を促すが、ノエルの耳には入ってこなかった。


 そうこうしている内に、崖上の三人が降下する準備を終えたようで、手鏡を使い、朝日を反射させてノエルたちの方へ準備完了の合図を送っていた。


 だが、未だにモノニクスのフンのことで頭がいっぱいだったノエルは、レクたちの送った合図を見逃してしまっていた。


 すぐさま、隣に潜んでいたイェスタからの注意が飛ぶ。


『ノエル。集中しろと言っている。もう、準備完了の合図が来てるぞ』


「あっ! はいっ! すみません!」


『馬鹿。大声は、あいつらに気付かれるって何度も言っただろう』


 他ごとに気を取られていたノエルが、イェスタから何度も口を酸っぱくして言われていた、レクからの合図を見逃したことに気付いて、動揺し、大声を上げたことで、眠っていたインドスクスが目を覚ましてしまい、周りを見渡し始めていた。


 ウボォオオ。


「気付かれたぞ! ノエル! 早く狙え!」


「え!? あっ!? はい」


 ノエルの大声に反応したインドスクスは鳴き声を発して、モノニクスに対し、辺りの警戒をさせ始めていた。


 状況の急変に慌てたノエルは、伏せていた地面から這い上がると、組み立て済みの弓を構え、動き始めたインドスクスの頭部に向けて、弓に番えた睡眠矢を引き絞り放った。


(あっ!? やばい! 外れる)


 ノエルは矢を放った瞬間、矢が目標を逸れる感覚に襲われ、必中させるべき矢が外れる予感が脳裏によぎっていた。


「ノエル! 次の矢を番えろ!」


 イェスタもノエルが放った瞬間に外れると見越し、すぐに次の矢を番えるように指示を出した。


 必中を期待されていたノエルは第一射が外れそうだと分かると、休眠期に見せていた落ち着きを失い、二の矢を番えることができずにカタカタと震えて固まっていた。


 その間も放たれた第一の矢は飛び続け、予想された通りにインドスクスの身体を逸れ、崖に突き立っていた。


 ウヴォオオオオオオオオオオ!!!!


 警戒していたインドスクスは、矢が崖に突き立ったことで、ねぐらから立ち上がり、モノニクスと共に矢を放ったノエルたちの方へ駆け出し始めていた。


「ノエル! 落ち着け! お前ならできる! 深呼吸しろ」


 第一射を外し、恐慌状態に陥ったノエルに対し、イェスタが肩をゆすって正気を取り戻すように促す。


 すでに、崖の上に待機していたレクたちも、ノエルたちの異変に気付いたようで、崖からの降下をする準備を始めていた。


「イ、イェスタ猟団長、外しちゃいました。外した。こ、これって失敗ですよね」


 蒼白な顔色でカタカタと震えたノエルが、矢を番えずにイェスタに救いを求めるように固まっていた。


「外したことを悔やむ前に次の矢を番えろ!」


「けど、動き出してるし、また外しちゃうわ」


 完全にこちらを捕捉して動き始めたインドスクスたちが、鳴き声を上げてノエルたちに向かい始め、イェスタが描いた狩猟計画は無残に崩れかけていた。


「けど、じゃねえ! 割り振られた仕事をキッチリとこなせ。俺はお前の能力を信頼して、この役を割り振った。このまま、失敗してあいつらの餌になったら、俺を恨めばいい。ノエル! お前の腕なら必ず当てられる! 自分が信じられないなら、俺のことを信じろ!!」


「イェスタ猟団長……私で本当にやれますか?」


「ああ、お前の狙撃の腕は俺より上だ。信用しろ。深呼吸して落ち着いて狙え。まだ、距離はある」


 ノエルはイェスタからの叱咤を受け、自身の頬を自分の手でピシャリと叩くと、睡眠矢を弓に番え、走り寄ってくるインドスクスに狙いをつける。


(イェスタ猟団長が当たると言ってくれたなら、きっと、当てられる。失敗のイメージは捨てて、集中して、感覚を研ぎ澄ましいく!)


 イェスタの言葉で緊張が解けたノエルの視野は拡がり、集中しきったことで、インドスクスたちの動きがスローモーションのように遅くなる感覚が到来していた。


(何、この感覚は……周りが遅くなってる。これなら、当てられるわ)


 極限の集中状態に入ったノエルは、遅くなったインドスクスの動きに合わせるように矢の照準を付けると、弓の弦から手を離した。


 弓から放たれた睡眠矢は一直線に飛び、突進してきていたインドスクスの眉間に突き立つ。


 突き立った矢に塗り込められた睡眠薬が、インドスクスの中に浸透していく。


 途端にインドスクスの足並みが乱れ、見開いていた眼がトロンとすると、そのまま前のめりに地面に巨体を投げ出して倒れ込んだ。


「よしっ! 当たりました!」


「俺の言った通りだろ! お前ならやれると思ってた。じゃあ、移動してモノニクスの処理の手伝いするぞ。急げ」


 イェスタが、ノエルの頭を荒々しく撫でると、自分の重弩を担ぎ、崖から降下してモノニクスたちの排除のため動き始めていた、レクたちを援護するために水場からの移動を始めた。


「は、はい! イェスタ猟団長の言葉で落ち着けました。ありがとうございます」


「感謝の言葉は狩猟をキッチリ終わらせるまで取っておけ。まだ、半分しか終わってねえぞ」


「は、はい! わかりました」


 ノエルもその場から立ち上がると、イェスタの後を追うように水場からインドスクスのねぐらに向けて駆け出していった。

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