第24話

 ―スナミ大砂漠入り口の荒野―


 五〇バルkmの道程を、二日で走破した馬車の窓からは、荒涼とした荒れ地の奥に巨大な砂丘や蜃気楼が浮かぶ、大陸最大の砂漠地帯であるスナミ大砂漠の威容を映しだしていた。


 イェスタたちの狩猟の目的である、睡冠凶竜インドスクスの北部地方での生息域は、このスナミ大砂漠の入り口付近である荒れ地に限られていた。


 荒れ地の中に、山岳地帯からの地下水が突如、湧き出た水場の近くにモノニクスとともに住み、付近の野生動物や、街道を通る行商人たちを襲い、自らの糧としているのだ。


 そんな睡冠凶竜インドスクスを討伐するべく、イェスタたちは荒れ地にある野営地跡で馬車を停め、ベースキャンプの設営を始めていた。


「狩猟終えるまでは帰らないから、しっかりと組み立てておけよ。ヴォルフは井戸が枯れてないかチェックしとけ。レク、お前はサボるなよ。キチンと馬車を繋いどけ」


 イェスタは自らも手慣れた様子で設営に精を出しつつ、野営地跡のベースキャンプ設営指示をメンバーへ出していく。


 大陸の各地には、先人の狩猟者ハンターたちが築いた野営地跡が点在しており、猟団やフリーハンターたちは、大概の場合、そこを拠点して凶竜を討伐したり、採集をしたりしているのであった。


「イェスタ猟団長! 井戸水は濁っているから、一回全部棄てますね」


 キャンプの近くに作られていた井戸を確認していたヴォルフから、水が濁っていると報告を受け、イェスタが渋い顔をする。


 乾燥地帯の近い場所で水が確保できないのは、超越者である狩猟者ハンターにとっても非常につらいことで、馬車に多めに飲料水を積んでいるとはいえ、現地で水を確保できないとなると、狩猟期間が予定より短くなる可能性があった。


「おぅ、分かった。ヴォルフは水を井戸から全部掻き出しておいてくれ。その間にベースキャンプの設営を仕上げるぞ」


 イェスタは、ヴォルフに水の掻き出しを命じ、他のメンバーでベースキャンプの設置を急いでいた。


 ベースキャンプは、数人が雑魚寝で寝られるほどの大きさで、木材と布で補強されたテントである。


 女性が混じっているとはいえ、装備の兼ね合いから、個別のキャンプを立てれるほどの資材は積み込んでいないので、狩猟を終えるまでは、猟団のメンバーは同じキャンプで雑魚寝することになっているのだ。


 狩猟者ハンターは昔から、肉体的に優れた男性がなることが多いが、近年では女性の狩猟者ハンターの数も増えてきており、三〇年ほど前にハンターギルドの公式猟団でも女性限定を掲げた猟団が結成され、現在は二部の中堅猟団にまで発展している実績も残していた。


 そういった事例を踏まえ、各公式猟団も女性の狩猟者ハンターの採用枠を増やしつつあるのが、最近の流れであるが、色々とトラブルも発生するとの噂もイェスタの耳には入っていた。


 とりあえず、辺境の狩猟者フロンティア・ハンターでは、そういった類の話は聞いていないので、イェスタも特段気にせずに対応している。


「よし、大枠はできたから、後はヨランデとレクで完成させといてくれ。俺とノエルは睡冠凶竜インドスクスのねぐらがどこか探しにでてくる」


「え? 私ですか?」


「そうだ。狙撃役が着いてこないでどうする」


 そう言ってイェスタは、キャンプを作る手伝いをしていたノエルの手を引くと、装備を担いで、荒れ地のど真ん中に向かって歩き出した。



 ―野営地周辺の荒れ地―


 スナミ大砂漠から吹き込む、大量の砂を伴った風が、荒れ地の表面に砂の層を形成し、砂漠の範囲が広がっているのを二人に認識させていた。


「イェスタ猟団長、ここは荒れ地とはいえ、足元が砂地になりかけていて、走りにくそうですね。それに砂を伴った風で髪が汚れるのが……」


 イェスタの後ろを歩いていたノエルは足首まで砂に埋まったブーツを見ながら、髪の毛に降りかかる砂を手で払っていた。


「しっ! 目的のやつらがいたぞ。あいつは気配に敏感だからこれ以上、前に出るな」


 イェスタが少し丘になった場所で地面に伏せると、ノエルにも同じように伏せるよう手で合図する。


 砂が薄っすらと積もった丘の下には、山岳地帯からの雪解け水が湧く水場があり、荒れ地に住むさまざまな野生動物が水を求めて集まっていった。


 その水場の奥にある崖の下にできた日陰に、モノニクスを伴った群青色の鱗が鮮やかな睡冠凶竜インドスクスが、巨体を地面にうずくまらせて身を休めていた。


 崖の周囲には、食い散らしたと思われる大量の動物の骨が散乱し、睡冠凶竜インドスクスのねぐらになっていると思われた。


「この水場の近くの崖をねぐらにしてるみたいだな。ここなら、餌も勝手に集まってくるし、隊商も水の補給に寄るから、餌を求めて動き回る必要もなさそうだ」


「丸々と肥って大きいですね。モノニクスが子供みたいに見えますよ」


「まぁ、研究者の話ではモノニクスの近縁種という話しだからな。身体の作りは似てるぞ。ただ、鶏冠頭骨と鱗を纏った身体に変化してるがな」


 崖の下でうずくまり、眠っていると思われる睡冠凶竜インドスクスの姿をノエルは目を凝らしてみていた。


 二人が偵察している丘は、周囲に隠れる木々も茂みも無く、ねぐらから二〇〇バルメほど離れており、今の状態でこれ以上近づくと気配察知されるため、近づけなかった。


「狩猟の時は、この丘から狙います? 今みたいな状態なら、多分、当てられると思いますけど……」


「モノニクスの処理に味方がもっと前進するから、狙撃位置はあの水場くらいだな。一〇〇バルメくらいか?」


 イェスタが狩猟の際に陣取る、ノエルの狙撃位置を指差していた。


「睡眠矢を決めても、周りのモノニクスを迅速に処理しないと、せっかく眠ったインドスクスを起こされちまうからな。モノニクスの匂いを身体中に纏ったレクや、ヨランデ、ヴォルフたちは崖上に配置して、ノエルが眠らせたら、一気に降下させてモノニクスを狩る。あとは爆薬セットして鶏冠頭骨吹っ飛ばしたら、タコ殴りで沈めるだけの簡単な仕事だ」


「狙撃位置一〇〇バルメなら、当てる確率は更に上がりますけど、それよりモノニクスに偽装って、あの大量に集めて持ってきた。アレを塗りたくるってことですよね?」


「ああ、モノニクスのフンを身体中に塗りたくるぞ。ちょっと匂うが、殺されるよりはマシだろ」


「いやぁああ! 嫌すぎる。あんなのを髪にぬりたくるだなんて」


「馬鹿、声がデカい」


 急に叫び出したノエルの声に、崖の下でうずくまっていたインドスクスが目覚め、辺りをキョロキョロと観察し始めている。


 インドスクスは気配だけでなく、音にも敏感な感覚を有しているため、大声もご法度であった。


「ちぃ、偵察は終わりだ。あいつらに見つかる前に逃げるぞ」


「ひぎぃいい! アレだけは許してぇええ!」


「うるせい。見つかるから叫ぶな!」


 イェスタは偵察を切り上げると、叫んでいるノエルを担いで丘から一目散に逃げだし、ベースキャンプへと戻っていった。


 その夜、完成させたベースキャンプでは、最終的な狩猟計画がイェスタから伝えられ、ノエルが猛烈に拒否をしたが、賛成多数の結果、翌日に実施されることとなった。

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