第2話
―王都ウルバルトにある
採光が考えられ、明るい室内には豪奢な調度品もなく、武骨な武具が各所に掲げられており、それ以外は猟団によって狩られた凶竜たちの角や爪などが、ところ狭しと飾られていた。
そんな部屋の主は、凶竜を狩るためだけに鍛え上げられた筋肉を纏う、黒髪の眼つきの鋭い、顎髭豊かな壮年の男である。
男は執務用の椅子に深く腰を掛け、何やら物思いにふけっているようであった。
男の名はマルセロ・バルマー。
イェスタの師匠であり、彼の所属する
王都の名士であるが、生粋の
(イェスタのやつめ……。あいつは手足を失った程度で挫けるほど、軟弱な奴ではないが……自らの手で凶竜を狩ろうとする気持ちが強すぎる……。あの状況観察能力と仲間の能力を見極める力。そして、いやらしいくらいに弱点を突くことを重視した戦闘指揮を執るようになれば、あいつはもっと大きな仕事ができるやつなのだ……)
マルセロは手足を失ったイェスタが、この数年狩猟に帯同できず、酒場で酒に逃避し続けていることを知っていた。
けれど、幼少時から息子のように育ててきたイェスタが、手足とともに失った自尊心を思うと、これまできつく当たることができずに、自らも目を背け、耳に蓋をして過ごしてきたのであった。
(お前は、あの日わしに誓ったではないか……。絶対に凶竜を倒すためにどんなことがあっても挫けないと……。イェスタ……わしの最愛の息子にして最高の弟子よ。早く、立ち直ってくれぬか)
自らの子を病気で亡くしていたマルセロは、討伐の際に命を救ったイェスタを息子同然に育てつつも、厳しい修行の日々を科して、手作りで狩猟の技術を教え込み、王国最強の称号とされる
その心血を注いで鍛え上げたイェスタが日々壊れていく姿を見聞きして、鉄人
そんなマルセロが椅子に深く座り、窓から見える王都の夜景を見て、物思いに耽っていると、室内に誰かが入ってきた。
入室してきたのはルイーズであった。
その顔は暗く沈んでおり、スポンサー回りをする際に見せる快活で魅力的な笑顔とは対照的な様子であった。
「マルセロ猟団長……イェスタを家に連れて帰りました」
「そうか、手間をかけるな……」
イェスタが怪我で手足を失って以来、ルイーズが色々と世話を焼いて義手義足を準備したり、およそ生活に必要なことは、すべて彼女が手助けしていたことをマルセロも知っていた。
幼くして両親と別れ、男手であるマルセロに育てられたイェスタが、唯一甘えられる女性がこのルイーズであったのだ。
その甘えられる側のルイーズも、イェスタの輝かしい
「ルイーズ……。わしはイェスタを猟団から追放しようと思うのだ。このまま、わしの下に居ても、あやつは立ち直れない気がするのだ」
「そ、そんな。今の状態でイェスタを追放したら……私は絶対に反対です。彼は絶対に立ち直らせてみせます。もう少しだけ、もう少しだけお時間をください」
「お前の気持ちも分からんでもない。だがな、ここに居ればあいつはぬるま湯に浸かったまま、徐々に腐ってしまうのだ。いっそ、王都から締め出して外の世界に触れれば、もう一度あの頃のあいつに戻れるはずなのだ。ルイーズ、ここは我慢してくれ。頼むっ!」
取り乱すルイーズの肩を抱いたマルセロが、真剣な表情で懇願をしていた。
鉄人
この決断をするにあたって、イェスタが受けるであろうショックの大きさもマルセロを苦しめたが、それを差し引いても、イェスタの中に眠る、新たな才能を引き出してやりたいという欲の方が上回っていた。
「ですが、追放となると、イェスタはフリーの
「そうだろうな。三部の猟団でも、今のイェスタであれば声を掛けないであろうな。なにせ数年間狩猟実績ゼロの男だからな……。だからこそ、フリーパーティーからでも出直してもらうんだ。もちろん、キチンと見守り要員は付けておく。王都では今までの肩書きが邪魔をするだろうから、辺境の方が奴のためだ」
「猟団で今までずっと狩猟してきたイェスタですよ! 今更フリーパーティーだなんて……そんな」
「今までわしが甘やかし過ぎたこともある。突き放すなら、徹底的にやってやる方があいつのためになるはずだ。あいつなら、必ず這い上がってくるはずだ。わしが手塩にかけて育てた最高の弟子だからな。不甲斐ない師匠で済まないが、わしにはもう奴を立ち直らせる術がない」
しばらくの間、二人の間に沈黙が流れる。
その沈黙を打ち破ったのは、決意を固めた顔をしたルイーズの方だった。
「――そうですね。私の知っているイェスタなら、フリーパーティーからでも絶対に
「すまんな。あいつのために我慢してくれ」
二人とも目にうっすらと涙を浮かべながら、イェスタの復活を信じて黙って涙を堪えていた。
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