第1話
――数年後――
フォルセ王国の王都ウルバルト。
人を喰らう凶竜たちが我がもの顔で闊歩しているこの世界において、闇夜に怯えた人類が、最古に築いた集落を発端として、永らく人類の中心地として繁栄を享受してきた都市である。
王国内のあらゆる富と物産が集まり、凶竜を寄せ付けないための城壁は、繁栄を重ねるごとに新たに作り直され、すでに五重もの城壁を連ねることになっていた。
その城壁も辺境の都市とは比べ物にならないほど、高く堅牢に作られ、壮麗な城壁群には
そんな壮麗な都ウルバルトで、富貴を得た人々が集う高級歓楽街の一角に建つ、高価な酒を出す酒場の片隅で、右手と右足が鉄の義手義足になった髭面の男が、酒瓶を片手に酔いつぶれていた。
男を心配した酒場のマスターが水を出すが、男は半分眠っているようで、出された水を手に取ろうとしなかった。
「――なんで、俺が狩猟に出れねえんだ……。クソ、俺はちゃんと歩けるし、武器だって使える。凶竜だって、まだ狩れる実力はあるんだ。ちぃいいくしょうううううっ!!」
まどろみから目覚めた男が、握っていた酒瓶を床に叩きつけると、周囲で楽しそうに飲んでいた者たちが、眉をひそめて男を見ていた。
そして、囁くような小さな声で男を責め立てる非難の声を上げ始めていた。
「アレって、
「仕方ないだろ。王国最強と言われる
「だからって、毎日酒を喰らって酒場で酔い潰れてれば世話ねぇなぁ。まぁ、猟団員なら狩猟に出なくても、普通の人より給料貰えるから、羨ましい限りだ」
右手、右足を義手、義足にした髭面の男は、イェスタであった。
あの豪雨の中で最凶竜ガル・ラーシャンから子供を守って、右手と右足を噛み千切られてしまっていたのだ。
本来、狩猟と繁栄の神ヴリトラムの加護を受けた
イェスタの場合も、マルセロ始め、仲間が必死に噛み千切られた手足を探したが、最凶竜ガル・ラーシャンに呑み込まれたのか、結局最後まで見つからずじまいであったのだ。
その結果、義足になったイェスタは、自慢であった凶竜を翻弄する素早い動きを失い、義手になった右手は、正確な剣筋を打ち込むことができなくなっていたのだ。
「クソっ! 言いたいこと言いやがって……。俺だって好きでこんな身体になったわけじゃ……。酒をもう一本くれ!」
酒場の客から聞こえる声に、イェスタは鉄の手足に変わった自分を嘆き、再び美味くも感じない酒を手に取ると、瓶ごと口をつけて飲み干していった。
そんな風に酒場で酔い潰れる荒れた生活を続けているイェスタの背後に、高級なしつらえをしたドレスを着こなした妙齢の女性が立っていた。
「イェスタ。そろそろ、酒を止めた方がいいわ。このままだと、明日の訓練に差し支えるもの。また、それでマルセロに小言を言われるわ」
「ルイーズ……。俺に必要なのは『訓練』なんかじゃない。『凶竜と戦う』ことだ! どうせ、訓練なんてしたってマルセロは俺を帯同してくれねえよ。あの日以来、俺は出来の悪い弟子になったんだからな」
「マルセロは……いや、猟団長はそんなこと思ってないわ。今のイェスタの姿を見たら、誰だって狩猟に連れて行こうだなんて思わないわよ」
「ああ、そうだな。どうせ、俺は『終った』
「違うの。違うのよ。誰もそんなことは言ってないわ。私もマルセロもそんなこと言っていないの。ちゃんと聞いて」
ルイーズと呼ばれた銀色の綺麗な長い髪を結い上げた、鳶色のパッチリとした目を持つ見目麗しい女性は、イェスタの所属する
しかも、彼女は王都ウルバルトで五指に入る大商会テルジアン家の末娘という良家の令嬢なのであった。
けれど、彼女は父親の影響で、凶竜を討伐した際に取り出される魔石の魅力に取りつかれ、魔石のコレクターとなり、その趣味が熱狂的すぎて、自らも
「いいんだ。どうせ、もう俺なんか……俺なんか……」
「マスター、イェスタの酒代は私にツケといて。さぁ、部屋に帰りましょう。これ以上は本当に毒よ」
まるで母親のように、かいがいしくしく酒に酔っていたイェスタを世話していたルイーズが、肩を貸して二人は酒場から消えていった。
イェスタのこういった姿が、すでに数年間続いており、かつての栄光を知る王都の者たちが、彼のことを『無能』、『給料泥棒』、『過去の英雄』といった言葉で傷つけ続け、師匠であり、所属する猟団の猟団長であるマルセロの下にも、悪意ある忠告が日々もたらされることとなっていた。
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