Hunter’s Honor ~元凄腕エースのおっさんが追放され、弱小ポンコツ猟団と起こす奇跡~

シンギョウ ガク

プロローグ

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「奴はどこだ……この雨で気配も匂いも感じられねぇ……」


 降り注ぐ雨粒は男の視界を遮り、獲物を追うための気配と匂いすらも綺麗に洗い落としている。


 遠くで雷鳴が響き、暗闇に閉ざされていた周囲が一瞬だけ光ると、鍛え抜かれた男の姿が薄っすらと浮かび上がってきた。


 金属や皮を加工し、艶を消した黒い鎧を着込み、両手に淡い燐光を放つ短剣を手にした姿である。


 その出で立ちから、男はこの世界を闊歩する禍々しい存在として、住民たちに恐れられている凶竜きょうりゅうを専門で狩る狩猟者ハンターと呼ばれる存在であった。


「突っ込み過ぎたか……味方も見えねえし……あいつは俺が単独で狩るしかねえか……」


 男の名はイェスタ。


 あまたいる狩猟者ハンターの中で、一年の間に最高の狩猟成績を残した者へ贈られる狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを五年連続で受けているトップクラスの狩猟者ハンターだ。


 更にフォルセ王国一番の猟団である華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの次期猟団長と噂される、当年二二歳の青年狩猟者ハンターであった。


 そのイェスタが追っているのは、名のある狩猟者ハンターを数多く撃退し、人々に恐怖と不安をまき散らす最凶竜ガル・ラーシャンと呼ばれる個体である。


 フォルセ王国の民から、恐怖と不安の代名詞とまで言われる最凶竜ガル・ラーシャンが、数十年振りに生息地を出て、西部辺境都市のヒュペリシュタットに向かっているとの連絡を受け、イェスタの所属する華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの猟団が都市防衛派遣されていた。


 当初、そのまま都市に急行すると思われた最凶竜ガル・ラーシャンであったが、突如進路を変え、近隣の農村を襲い始めた


おかげで、イェスタたちは慌てて農村での迎撃に切り替えざるをえなくなり、結果として先行したイェスタ一人が戦闘をする羽目に陥っていた。


「それにしても暗くて、よく分からねえな。松明も濡れて使えねし、雨は止みそうにない」


 イェスタは、恨めしそうに雨粒を大量に降らす暗い夜空を見上げて歎息している。周囲には雨粒が地面を叩く音しかせず、目的の凶竜が潜んでいるのかも定かではなかったからだ。


 再び雷鳴が轟き、今度は近くの高い木に落雷が落ちた。半分枯れかけていた木は、落雷と同時に炎上し始め、イェスタが待ち望んでいた松明の代わりを務めることとなった――


 すると、明るくなった周囲にイェスタが驚く。


「小僧っ!! すぐに逃げろっ!!」


 燃えた木が照らし出した先にある半壊した民家に、一〇歳にも満たない子供が座り込んで天を仰いでいたからだ。


 しかも、子供が見ている視線の先に目をやると、黒く禍々しい長大な角と、鋭い棘を胴体に纏った四つ足の凶竜が、今にも子供に向かって突進しようとしていたのだ。


 その様子を見たイェスタは、腰のポーチから丸い玉を慌てて取り出すと、子供に突進しようとしている凶竜の眼前へ向けて放り投げた。


 そして、自らは眼を閉じて、子供の方へ向かって全速力で走り込んでいく。


 イェスタによって投げられた玉が破裂すると強力な発光をして、凶竜の視界を一気に奪っていった。

 

 閃光によって視界を奪われた凶竜は咆哮を上げ、身体と同じく棘の付いた尻尾を振り回し、付近にある物全てを弾き飛ばす勢いで暴れ回っていた。


 そんな状況の中で、子供のもとにたどり着いたイェスタが声を掛ける。


「小僧、家族はどうした? なんでこんなところに一人でいるんだ。避難命令が村長から出ただろう」


「お……お父さんが、ここでやり過ごそうって……。えっく、でもみんな食べられちゃった……食べられちゃったよぉおおお!! うわぁああん、むぐぐううう」


 子供は、この村ただ一人の生き残りのようであった。


 イェスタは自分にしがみついて泣く子供を見て、過去の自分を重ね合わせてしまっている。


 イェスタ自身も凶竜によって、一家親族全てを食い殺されており、華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの猟団長であるマルセロによって助けられた過去があったからだ。


 過去の思い出に浸りそうになったが、大声で泣きだした子供のおかげで気を取り直し、口を塞ぐと、イェスタは視界を失って暴れている凶竜を観察することにした。


 目の前で暴れている凶竜は、目標としていた最凶竜ガル・ラーシャンではないが、それなりの強さを持った双角凶竜ディケラトゥスであった。


「ソロで狩れない相手じゃないが……。ガキがあぶねえなぁ……一旦追跡を中止して合流するか……」


 イェスタは自分にしがみついて震えている子供のことを考えて、凶竜に見つかる前に一旦味方と合流して態勢を整える方を選択しようとしていた。


 オヴォオオオオオオオオ!!!!


 退避しようと決めた瞬間に、イェスタたちの腹に響き渡る咆哮が突き抜けていき、大地がドスンと揺れる感覚がしていた。


 イェスタは、何が起こったのか確かめようと周囲に目を配る。


 すると、先程まで閃光で目を潰されて、暴れ回っていた双角凶竜ディケラトゥスが地に伏し、何物かによって足蹴にされていたのだ。


 イェスタはまさかと思い、視線を恐る恐る上へ上げていく。


 そこには、金色に光る鱗と鋭く尖った爪、薄く血管が見えそうな皮膜が張られた大きな羽、そして、固いとされる双角凶竜ディケラトゥスの頭部を容易に噛み砕く、強靭な顎を持った最凶竜ガル・ラーシャンが立っていた。


「うあぅ……怖いよ……僕たち死んじゃうの?」


 助けた子供がカタカタと震えながら、イェスタに尋ねてきた。


 イェスタ自身、この最凶竜ガル・ラーシャンによって家族を皆殺しにされていたため、ようやく巡り合えた仇敵との再会に、心に秘めていた凶竜への憎しみが溢れ出してくるのを抑えられなかった。


「小僧。あいつは俺が狩ってやる。幸い、周りにはあいつ以外に凶竜はいなくなった。しばらくすれば、俺が使った光玉の発光を見た仲間が駆け付けるはずだ。それまで。ココでジッとできるな」


「ほんとに助かるの?」


「ああ、約束してやる。絶対にお前は死なせねえ。約束だ。それと、お守り代わりだ。持っとけ」


 イェスタはそう言うと、自分のお守りとして使っていた最凶竜ガル・ラーシャンの鱗の首飾りを子供にかけてやる。


 お守りを受け取った子供は涙をぬぐうと、イェスタの手を強く握った。


「僕はもう泣かないから、おじさんも絶対に死んじゃダメだよ」


「俺はまだお兄さんだ。間違えるんじゃねえ。それに、俺は狩猟者ハンターだぜ。アレを狩り尽すのが俺の仕事だからな。簡単に死んでやるもんか」


 子供の頭をワシャワシャと荒々しく撫でると、民家の奥に隠れるように眼で促し、自身は目の前にいる最凶竜ガル・ラーシャンを引き付けるため、雨でぬかるんだ地面の泥を跳ねながら森林の方へ向けて駆け出していった。


 そのイェスタの動きに気が付いたガル・ラーシャンは、双角凶竜ディケラトゥスの頭部を噛み砕き、中に溜まった栄養を摂取するのを止め、自らに向けられた殺意を発する者を探し始める。


(よし、こっちに気が付いたようだ。あの小僧から離れておかないと巻き込みかねないからな。向こう側の森林で罠を張ってあいつを迎撃していくか)


 近くの森林地帯に入り込んだイェスタは、背負っていた背嚢バッグから簡易的なトラップの素材を取り出して設置していく。


 手慣れている様子で、手際よく組み立てられた簡易トラップは、踏み抜いた生物の動きを封じるという罠であった。


 罠が完成すると、のそのそと森林を掻き分けて侵入してきたガル・ラーシャンに向かい、イェスタが口笛を吹く。


 口笛に反応したガル・ラーシャンは、大きな咆哮を上げると、木々をなぎ倒してイェスタの方へ向かい突っ込んでくる。


(そのまま、来やがれっ!)


 突進してきたガル・ラーシャンが、イェスタの作った罠に足を踏み入れると、金属製の歯を持った巨大な虎バサミがガル・ラーシャンの片足に喰い付き、罠発動と同時に周囲の地面へアンカーボルトを多数打ち込んで動きを封じていく。


 すぐさま、双剣を引き抜いたイェスタが、罠に掛かって動きの鈍ったガル・ラーシャンの黄金色の鱗に固く覆われた胴体へ、双剣の刃先を煌かせ、踊るように次々に突き刺す。


 イェスタが固い鱗の隙間を狙い、双剣を突き立てる度、ガル・ラーシャンは悲痛な声を上げて身体を躍らせるが、足を絡めとられていて上手く動けずにいた。


「一気に叩き込む」


 イェスタの突き刺した双剣には、強力な毒を持つ凶竜から得た毒液が滲み出す仕掛けが施してあり、その毒は確実にガル・ラーシャンの体力を奪っていた。


 だが、毒に負けずに暴れるガル・ラーシャンの動きを止めていた虎バサミは、凶竜の強い力によってねじ曲がり始めている。


 軋む虎バサミの音を聞きながらも、イェスタの双剣による連続攻撃は勢いを衰えさせずに、次々と鱗の隙間の皮膚を切り裂いて毒液を染み込ませていた。


 オヴォオオオオオオオオ!!!!


 再び腹を揺さぶるような咆哮とともに、ガル・ラーシャンの動きを止めていた虎バサミが引き千切られた――


 動きを拘束していた罠を破壊したガル・ラーシャンは、すぐに巨大な尻尾を振り回し、木々をなぎ倒しながらイェスタを弾き飛ばそうとする。


「大人しくしやがれっ! このクソ凶竜がっ!」


 迫りくる尻尾に対し、イェスタは倒れてきた木を利用して駆け上がると、ガル・ラーシャンの背に飛び移り駆け上がる。


 攻撃する対象を見失ったガル・ラーシャンはキョロキョロと辺りを見渡すが、イェスタを見つけられずに苛立っている様子であった。


 一方、背中に昇ったイェスタが、再び背嚢バッグから小さな樽を取り出すと、その樽に腰のポーチの発火薬を押し込み、ガル・ラーシャンの背中にある、翼の付け根の光る部分にセットすると、転がるように飛び降りていく。


 数秒後、暗く視界の悪い木々の中で、閃光と轟音が響き渡り、辺り一帯が明るく照らし出されていた。


 爆発によりガル・ラーシャンの黄金色の鱗が飛び散ると、ガル・ラーシャンの目が憎しみを込めたように赤く光り、残った黄金色の鱗の隙間から赤い煙が漏れ出してきていた。


(まずい! これが、数多くの狩猟者ハンターを葬ってきた爆発香かよっ!)


 事前に最凶竜ガル・ラーシャンの情報を集めていたイェスタは、周囲に漏れ出した赤い煙が可燃性を帯びており、鱗が発する火花で爆発する可能性がある煙であることを知っていた。


 その煙を見たイェスタが地面を転がるように逃げると、ギリギリのところで爆発の範囲を脱することに成功する。


 けれど、その際に色々な道具を収納していた背嚢が破れ、大事な狩猟道具がいくつも零れ落ちていた。


 だが、その間にもガル・ラーシャンは、イェスタを追撃するために身を屈め、飛びかかる準備を終えていたのだ。


 おかげで地面に転がったままのイェスタは、逃げ出すタイミングを完全に失っていた。


 自分を喰い殺そうとするガル・ラーシャンの赤い目に睨まれたイェスタの脳裏には、子供の頃に受けたトラウマが蘇る。


「くっそぉおおお! ふざっけんじゃねええ! 俺はあの時の子供じゃねえんだっ!!」


 圧倒的な力を見せつける凶竜の恐怖に、押しつぶされそうなイェスタであったが、腰のポーチに挿していた投擲剣を抜くと、ガル・ラーシャンの目に向けて放つ。


 放たれた投擲剣は、一直線にガル・ラーシャンの目に向かって飛び、外れることなく眼球に突き刺ささった。


 オヴォオオオオオオオオ!!!!


 片目を潰されたガル・ラーシャンが怒りをぶちまけるように、前脚を地面に叩きつけ、尻尾を振り回して、辺り一面を破壊し続ける。


 怒りのままに暴れていたガル・ラーシャンの尻尾が、回避しようとしていたイェスタに触れて、彼の身体を猛烈な勢いで吹き飛ばしていた。


 固く締まった尻尾により、息が詰まるほどの衝撃を受けたイェスタが、吹き飛ばされて森林地帯を飛び越え、最初の農村近くまで転がってきていた。


 狩猟者ハンターが、狩猟と繁栄の神ヴリトラムの祝福を受けた者で、通常の人より強靭な肉体と回復力を備えている人類からの超越者でなければ、確実に死んでいる攻撃であった。


「ぐふぅうううう……。ちくしょううう! 死ぬほどいてぇえ」


 地面に叩きつけられたイェスタの鎧は酷く変形をしており、ガル・ラーシャンの尻尾の打撃の強さを物語っていた。


 打撃を受けたイェスタの胸は鋭い痛みを発しており、息をするのも一苦労な状態に陥っている。


「こいつは本格的にまずいかもしれねぇ……骨までいったかも」


 森林地帯からふっ飛んできて、雨でぬかるんだ畑に叩きつけれたイェスタの姿を見つけた子供が、隠れていた民家の廃墟から飛び出して近寄ってきていた。


「馬鹿っ! 出てくるなと言っただろうがっ!」


「だって、おじさんが」


 子供が飛び出してきた瞬間――


 目を赤く染めたガル・ラーシャンの巨体が、イェスタと子供の前に降り立っていた。


(クソ、タイミング最悪だぜ。誰か、あいつを……)


 怒りの感情が浮かんだ目で二人を見下ろすガル・ラーシャンが、その憂さを晴らすため、子供を喰らおうと顔を近づけてきていた。


「うぁあああん! おじさん! おじさん! 怖いよ! 助けて!」


 子供はガル・ラーシャンの姿を見て泣き叫び、逃げることも忘れ、地面にうずくまってしまった。


 もはやこれまでと諦めかけたイェスタであったが、子供を喰おうとしたガル・ラーシャンの顔面に爆発が連続して発生していく。


 ガル・ラーシャンの顔面を狙った爆発は、イェスタが待ち望んでいた華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの猟団長であるマルセロが放った重弩から放たれた銃弾であった。


「マルセロ師匠! ありがてえ。助かった!」


「一人で突っ込むなと、狩猟前の打ち合わせで何度も言っていたはずだぞ。お前のそういった独断専行だけは、師匠として直さないといけないと思っているが、今日だけはよくやったと言ってやる」


 近くの丘に陣取り、イェスタたちを襲おうとしているガル・ラーシャンを狙撃できる絶好の位置に立つマルセロは、弟子であるイェスタが発した光玉の光を見逃していなかった。


 彼は味方を引き連れ、すぐさま光源に近い場所に見当をつけて、駆け付けていたのだ。


「師匠のお叱りは後でキッチリと受けますよ。今はこの子を保護しねえと」


 援軍からの攻撃を受け、怯んだ様子のガル・ラーシャンを見たイェスタが、うずくまって怯えていた子供を抱かかえると、全速力で走り出そうとした。


 その瞬間――イェスタの右半身の感覚が唐突に消失し、バランスを保てず、地面に倒れ伏していた。


「イェスタぁああ!! 援護だ! 援護しろ! イェスタがガル・ラージャンに喰いつかれた」


「おじさんっ! おじさん、死んじゃダメだよっ! お守りちゃんと返すからぁあ……」

 

 普段見せたことがないほど焦ったマルセロの声と、子供の泣く声がイェスタの耳に届いていたが、どこか遠くで聞こえるように反響するだけであった。

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