第37話

 ―洞穴地下―


 イェスタとヴォルフが助かったことを確認した、レクとヨランデの二人は罠に掛かって瀕死に陥っている尖角凶竜ゼインロングたちの様子を詳しく観察する。


 舞い上がった土埃はすでに晴れており、三人で設置した毒薬付きの鉄杭罠は、落下したゼインロングの身体を貫いているものが幾つか見えていた。


 群れの五頭のうち、すでに二頭は落下のダメージと鉄杭罠で心臓と脳を刺し貫かれて絶命しており、残る三頭も各所から血を流し、体内に侵入した毒によってもだえ苦しんでいる。


 その様子を見た二人は、得物を手にして、立ち上がろうとしている三頭に対し、攻撃を開始していった。


「やつらは相当足にきてるね。ボクはヴォルフが教えてくれた通りに足元に飛び込んで斬るよ」


「了解。じゃあ、オラはノエルたちが援護に入るまでの時間を稼ぐ。ヘイト集めはオラに任せろ」


「すまないな。成果はもらうよ」


「レクはうちのエースだ。オラがサポートに回るんだから、キッチリと成果出してくれよ。そうしないと、イェスタ猟団長にどやされそうだ」


 ヨランデは少し肩を竦めて苦笑いをする。


 今回も既に落下で二頭が死んでいるので、おそらく落下で死んだ凶竜の成果は囮役のヴォルフになると思われた。


 なので、前回ノエルに成果を持っていかれ、成果に飢えているレクが僻まないようにヨランデはサポートに回る決断をしていた。


 ヨランデ自身も成果はまだ出していないので、焦る気持ちもあったが、猟団のことを考えれば、復調しつつあるレクがここで成果を出せば以前の調子を取り戻すかもしれないとの計算も多分に含まれている。


「恩に着る」


 レクは手にした太刀を構えると、鉄杭罠で足を怪我し、毒が回ってプルプルと震えるように立ち上がろうとしていた尖角凶竜ゼインロングの足元に飛び込むと、刀身が霞むほどの速さで次々に斬撃を放ち、弱っている尖角凶竜ゼインロングの身体から大量の血しぶきが上がり、レクに降り注いでいく。


 すでに毒に対する解毒剤を服用していたレクは、血に染まることを厭わずに、弱まって動きの鈍くなった尖角凶竜ゼインロングの命を絶つための致命傷を打ち込んでいった。


 一方、ヨランデもレクの背中を守るべく、盾を構え、レクに角を振り回そうと暴れるゼインロングの横腹を槍で思いっきり貫き、自分の方へ注意を向けていた。


「これはヴォルフの大発見だね。ゼインロングの足元がこんなにも安全な場所だったとは。しかも、罠で弱っているから動きも更に鈍い」


 レクは斬り刻まれて失血死したゼインロングの死体から這い出ると、べっとりと刀身についた血を払い落とすように血振りをする。


 凶竜の血で真っ赤に染まるレクは、次なる獲物に向けて視線を動かしていた。


「次はアレだね。ボクは凶竜を狩ればいいんだ。そう、深く考えることなんてなかったんだよ。目の前の凶竜を屠っていけばいいんだ。ボクは何を思い悩んでいたんだ。アハハ」


 血に酔ってハイになっているのか、レクは少しばかり奇妙な笑いを上げて、次なるゼインロングの足元に飛び込んでいく。


 振り抜いた太刀筋に今までのような迷いは一切見られなくなり、実力相応の鋭い斬撃が目にも止まらぬ速さの連続技として叩きこまれていた。


 その様子を洞穴の上から見ていたノエルが、本気モードになったレクの姿を見て震えていた。


「アレがレクの本気ですか……今までとは全然違う動き……」


「ヴォルフとの練習でも、まだ手を抜いてやがったな。あの動き、ローランドのおっさんがAランクを余裕で取れると言った意味が理解できたぜ」


 かわす暇もなく、叩きこまれる斬撃で獲物にされたゼインロングは血しぶきを上げ、悲鳴に似たよわよわしい鳴き声を上げるが、レクは一向に気にすることはなく、冷徹に致命傷となる部分に斬撃を打ち込む。


「レクさん……すげえ。僕の時はかなり手加減してるんですね」


 レクの全力を始めて目の当たりにしたメンバーたちから、ため息が漏れ出すが、この場で唯一、レクの本気の凄さを知っていたヨランデだけは、迷いを断ち斬ったレクの姿にニヤニヤとした顔をしていたのだ。


「レクのあの顔は乗り切れているな。何年ぶりに本気のレクを見たことか……」


 完全に復調したレクの姿に、その不調ぶりを心配していたヨランデもホッと安堵していた。


 そして、罠にかかり、洞穴の底に落ちたゼインロングたちは、全てレクの手によって命を絶たれ、その立派な角を使うこともなく打ち倒されてしまった。


「ふぅ、ボクとしたことが、久しぶりに熱くなりすぎたようだ」


 全身を凶竜の血で真っ赤に染めたレクが、全てを出し切ったようにドカリと地面に腰を下ろす。


 その凶竜の血にまみれて地面に座り込んだレクの壮絶な姿に、地上から降りて近づいたヴォルフとノエルは息を呑んで驚いた。


 だが、イェスタはそんなレクの姿を見て、ニヤニヤと笑い顔で近づいていく。


「やっと、お前の本気見せてもらったぜ。その気迫と姿は確かにレク、お前がこの辺境の狩猟者フロンティア・ハンターの絶対的なエースだと認めてやるよ。よくやったな。手負いとはいえ、中型凶竜三頭を手玉にとって屠るとは……。ローランドのおっさんがお前にほれ込むのも分かる」


「おや、イェスタの節穴でもボクを評価できるようになったかい。ボクは猟団のエースの仕事が何か思い出せたよ。ただ、ひたすらに凶竜に致命傷を与えるのがエースの役目だ。あいつらが息を止めるまで攻撃の手を緩めない。ただ、それだけだ」


「あの事件以降は、酷かったから、立ち直れなかったら、ヴォルフと役目を交代しようと考えてたがな。今日の成果と動きを見てやめた。今後もしっかりと頼むぞ。あと、その返り血はしっかり流しておけよ。あの毒は解毒剤が切れるとすぐに身体が動かなくなるからな」


「なっ!? そんな話いってないじゃないか!」


「言ったような気がしたが、忘れてたらスマン」


 地面に座り込んでいたレクが立ち上がると、血に染まった身体を洗いに洞穴から這い出し、湖の方へ駆けていった。


「まぁ、そういっても効果は一昼夜あるから――って、いないか。しょうがない、残った奴等で角と皮鱗、あとたてがみも剥ぎ取るぞ。これを売りさばければ、大型凶竜の狩猟予算くらい組めるからな」


「「「はーい」」」


 レクが血を浴びた身体を洗いに行った以外のメンバーは、退治した尖角凶竜ゼインロングの素材の剥ぎ取りを開始していた。


 この結果、開幕一ヶ月で、難度の高い中型凶竜である尖角凶竜ゼインロング五頭の成果を上積みしたことにより、三部に所属する猟団の中ではトップの位置に付け、全猟団を総合しても十三位まで成績を伸ばすことが決定していた。

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