第16話

 ―ガレシュタット郊外の鉱山跡地―


 ガレシュタットから徒歩で二〇バルkmほど歩いた先にある、鉄鉱石を露天掘りした後の鉱山跡地が、白く雪化粧をしていた。


 今日は訓練場を出て、猟団の運営資金稼ぎと、狩猟に必要な素材の採集のため、鉱山跡地を訪れているのだ。


 イェスタが猟団長に就任して、はやくも一ヶ月が経ち、猟団のメンバーたちは、毎日訓練に明け暮れていた。


 毎日、朝のランニングから始まり、午前中は基礎体力をつけるための様々なトレーニングが課せられ、午後は実戦を想定して、様々なシチュエーションの下での連携訓練を行い、日が暮れるまで厳しい訓練を実施していた。


 おかげでヴォルフ以外のメンバーからは、厳しい訓練に対し、不満の声が大いに上がっており、ローランドを始めとしたラッザリ家の人々が、間を取り持たねば、猟団は内紛状態だと見られてもおかしくないほど、ギスギスしているように周りからは見られている。


「今日はどうなさるつもりですかね? わたしは昨日の訓練の疲れが抜けてなくて、早く身体を休めたいのですが」


「ほぅ、一番の冷や飯ぐらいなノエルの癖に、割と贅沢なことを言うな」


「むぐぅう」


 この一ヶ月で一番厳しい訓練を科せられて、イェスタのことを一番毛嫌いしているノエルが、嫌味を込めた言葉を投げつけたが、倍返し以上の厳しい言葉がイェスタから返され、意気消沈して黙り込む。

 

 不満の声が多いものの、所属メンバーは基本的に真面目な人間たちであり、イェスタが科す厳しい訓練を怠けることはなく、その点はイェスタも大いに評価し、不平不満に関しては気にしないことにしていた。


「さて、お前らもそろそろ訓練に飽きてくる頃だろうから、今日は採集に勤しむとしよう。うちは貧乏猟団だからな。自給自足できる物は自分たちで手に入れないと借金が減らん。光玉の材料になる【光蟲】、【大蜘蛛の糸】、【磁石】の三つと、回復薬の元になる【薬草】、【生命草】、【活力茸】もしっかりと探せよー。他の採集品もあったら、換金するからきちんと採集しとけ」


「ボクは、そんな泥臭いことはお断りだよ。実戦訓練だと聞いたから着いてきたのに」


 採集だと聞いて、レクが途端にやる気を無くして帰ろうとし始めた。


「お前は用心棒だ。他の奴らが採集に夢中で、小型凶竜に襲われないように見張ってくれてればいい。ここには、この前お前らが逃がしたモノニクスたちが、逃げ込んだという話も聞いてるからな。見つけたら、警告を発して、自由に戦えばいい」


「おや、いいのかい? 普段からボクに連携しろと、うるさく言うイェスタらしくないね?」


「この場合は、見張りが先に戦闘に入って、味方の時間を稼ぐのが定石だからな。自由にやらせてやるよ。お前の仕事は俺たちの用意が整うまで敵を近づけないことだ。頼んだぞ」


「オッケー。それなら、よろこんで引き受けよう。ボクは見晴らしのいいココでみんなの安全を守るよ」


 レクは個人行動が許されたと思い、失ったやる気を急速に回復させたようで、鉱山跡地が見渡せる高台で陣取り、眼下の大地に目を凝らし始めた。


 その姿を見たメンバーたちが肩を竦めるが、レク本人は一向に気にした様子は見せないでいた。


「さて、残りの奴らは下に降りて採集するぞ。ここで狩猟用の道具素材を集めておかないと、来季もまた最下位に沈むからな」


「採集しながら、モノニクスと戦うのですか。だから、フル装備で来いと……」


「だな。オラもちょっと怪しい気がしてたけど、悪い予感は当たった」


「だ、大丈夫ですよ。普段の訓練どおりにやれば、モノニクスくらい僕らでも」


 下に降りるノエル、ヨランデ、ヴォルフの三人の顔はモノニクスがいると聞いて引きつっていた。


 前回の狩猟では散々な目に合い、恥をかかされた相手であるため、メンバーの中に苦手意識が蔓延している様子をイェスタが苦々しい顔で見ている。


 なにせ、苦手意識をもった相手は、ただの小型凶竜であるのだ。


 大型凶竜を狩ろうとしている狩猟者ハンターが、戦闘力の格段に劣る小型凶竜如きに、苦手意識を持つこと自体がおかしいのであって、フリーハンターならともかく、公式猟団に所属する狩猟者ハンターが口にする言葉ではないとイェスタは思っていた。


「そのために訓練しただろう。こういったシチュエーションも訓練でやったはずだがな。もう、忘れたか?」


「味方を常に視線に入れて採集するのが、鉄則でしたよね。僕は覚えてます。現地で道具が尽きた際に必要になるからと言って、イェスタ猟団長が教えてくれました。味方の見える範囲で採集して、凶竜と個別に戦わないようにするのが最善の手だと言われてますね」


 イェスタの科す訓練を一番熱心に実施していたヴォルフが、対応策を思い出して張り切って喋っていた。


 相変わらず、攻撃に関しては全く成長を見せていないが、それ以外に関してはイェスタも驚くような成長ぶりを見せているヴォルフである。


 得意な見切りに関しては、すでにレクを相手にしても、しばらくの間はしのげるほどまでに成長しており、課題の攻撃面の成長さえ見られれば、大化けを感じさせるようにも思わせていた。

 

「オラもちゃんと覚えてる。この場合はノエルを中心で両サイドにオラとヴォルフ、イェスタ猟団長が後ろ、後はレクが敵を発見してくれることに期待するだな」


「おお、ヨランデもヴォルフも、分かってきたな。今言ったのが、現在の俺たちで突発時に一番対応しやすい布陣だ」


「あーはいはい。私はお荷物ですよ。キチンと理解しております」


 一番防御が柔らかいノエルが、お荷物ポジションという中央に置かれたことに皮肉をたれた。


 けれど、以前のように自分の実力も役割も理解せずにいるわけではないので、それだけでも格段の進歩だと思われる。


 イェスタの科した厳しい訓練は、メンバーそれぞれの成長の助けとなっていたと思われた。


「よーし。じゃあ、その布陣で採集はじめるぞ。ガンガン、採集しねえと、自分たちが苦しむ羽目になるからな。気合入れて集めろよー」


「ひぃーん。寒い中、素材集めするだなんて……こんなの私が知ってる狩猟者ハンターじゃないよ」


「文句は今まで怠けてた自分たちに言えよ。俺は受け付けんからな」


「ひぃーん。鬼、悪魔」


 涙目で嘆く、ノエルの背をイェスタが急かすように軽く押すと、他のメンバーも早速、採集するために跡地の方へ歩み出していった。

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