俺が返り討ちにしてくれる!4

「それで、いつものようにルノアールでお茶をするのが、姫様遊戯シンデレラなんですか?」


 悪態をついてくれるな原野よ。確かに貴様は美しいが、そうつんけんとして愛想がないと誰も嫁に貰ってくれぬぞ?


「申し訳ない、原野さん。実は、それは方便で、本当は……」


 畏るな畏るな。左様に弱腰では向こうが図に乗るぞ佐川。


「なるほど。佐川様。彼方は、けいを騙したのですね?」


「え、いや、そんなつもりは……」


「でしたら、どのようなつもりで京を謀ったか、教えていただけませんか?」


 そら見たことか。まるで鬼の首を獲ったかのように居丈高になりおった。これだから女は嫌なのだ。こちらの事情を鑑みず、己が感情だけを正義として生きているものだから論理が通じないのだ。故に説き伏せるのは不可能。故に相互理解など夢物語。そも、話して通じる相手であればわざわざ俺が土下座げざる必要もなかっただろう。それが分からんのか佐川。分からんのだろうな。ならば、特別に教えてやろう。女の落とし方というやつを!」


「原野よ」


「……なんでございましょうか田中様」


「正直すまんかった!」


 まずは謝罪! 相手の罪悪感を突き心をこじ開ける作戦!

 どうだ! テーブルに叩きつける渾身の謝意は! 驚いたであろう! 返って可哀想にも思えるだろう!? 他人に下げるなどまったくもって気に入らないが、どうせ一度地に落とした頭だ! 原野! 貴様に限り、出血大サービスで、鹿威しのようにヘコヘコとしてやろうではないか!


「そうなんども頭を下げられると、気持ちが軽いように思えてしまうのですが」


 ほぉ、正論とは恐れ入る。学校での件もあるし、さすがにもう通じぬか。返す言葉も見つからんな。ならば……


「……原野よ。俺だって、好きでこうして頭を下げているわけではない。それもこれも貴様の事を、いや、貴様を想う、佐川君の気持ちを立ててやっておるのだ。それを分かってくれ」


 仕方がない。ここは素直に心情を吐露してやろう。というより、もはや他に手がない。どうせ小細工も通じないのであれば、こちらの全てをさらけ出す他ないのだからな。


「……佐川様の気持ちとは、なんでございますか?」


 まぁ、それは聞いてくるか。だが、煩わしい。思わず舌打ちをしてしまいそうになる。だが、堪えなければ、ここまでの面倒がすべて無に帰してしまう……当たり障りなく話しておくか。


「……最近、貴様の様子がどうもおかしいと心配しておるのだ。それで力になりたいと、そう申しておる。一人の人間として、友としてな」



 さすがに「貴様に恋心を抱いている」とは言えんな。無粋が過ぎる。



「心配。と、言われましても、私は……」


「気掛かりなのは川島だろう?」


 間髪入れずに本題だ。どうだ、いきなり核心を突かれては、そのすまし顔も少しは崩れ……


「何のことでしょうか」


 ないか……まったく、憎たらしいほど気丈な奴よ。だが、俺もここで引くわけにはいかん。散々な恥をかいたのだ。こうなれば、是が非でも大きな世話を焼かせてもらう。


「とぼけまいぞ。巷で噂になっておるのだ。いもり顔をした貴様のMC《マイコメディアン》が、学校辺りを彷徨いているとな。先日、俺が話を聞いた時に口を噤んだ内容は、まさにそれだろう」


「……MC……斜陽ですか。私、太宰なら富嶽百景が好みなんですけれど」


「なんだと? あんな駄作のどこが……と、そんな事を話しているのではない!」


「そう怒鳴らないでください。左様に大声を出さなくたって、聞こえます」


 刺さる視線……おのれ、また恥をかいたわ。


「……確かに、川島様の事は聞き及んでおります。先日、田中様とお話しした際に濁したのも、その件である事は認めます。ですが……」


「ですが?」


「この件は、あなた方様とは関係ない事。あれこれと言われましても、ありがた迷惑でございます」


 やはりな。此奴の性格上、余計な手出しをするなと言い切りおった。

 それにしても、「ほれ見た事か」な展開ではないか。そらぁ恋人でもない相手が「力になりたい」などと言ったところでこうなってしまうわな。今更引き下がる気はないが、どうしたものか……おや? 佐川よ、震えておるのか? ははぁ。さては、距離を開けられ胸を痛めたな? だが安心していいぞ。俺はこの程度の事では諦めぬ故、大船に乗ったつもりで……うん? 佐川? 貴様その顔、よもや……



「そも、未だ実害どころか姿すら見せていないのですから、左様に大袈裟にされると私としても……」



「ふざけないでください!」


「……佐川様?」


 二度にたび。刺さる視線。されど、その先は俺ではなく佐川であった。

 怒ったな……佐川!


「先ほどから聞いていれば関係ないだの実害がないだのと! えぇ確かに僕と貴女はそんな関係ではありませんよ! 恋人でもないし、友達ともいえないかもしれません! ですがね! ぼくは貴女が心配なんです! 何かあってからでは遅いんです! 分かりますか! 分かりませんよね貴女には! ですが分からなくて結構! もはやこの上は、こちらで勝手に助力させていただく! 昼夜問わず貴女の周りを衛星が如く付きまとい! 押し掛け護衛として有事の際には貴女の盾となって! 死するときは野に咲く花を墓標とさせていただきますのでどうぞお気になさらず平時通りの安穏な生活を送っていただきますようよろしくお願い申し上げます!」



 ……


 随分な啖呵ではないか。おもわず「天晴!」と手を伸ばしたくなったぞ。たが、この場で絶叫するのは少し、な……



 ……うん?



 これは面白い。

 佐川の一世一代の大見栄。視線は刺さったままだが、皆のその眼は冷ややかものではなく、むしろ……




「見事」


「うむ。その一言に尽きる」


「男じゃないか」


「ほんに、近年稀に見る気概じゃて。斯様な啖呵は久しぶりに聞き申した」



 各所で起こる賞賛。五十六十の初老ナイスミドルがこぞって佐川を見つめ感嘆しているぞ。なるほど、老いぼれ連中には佐川が豪胆に見えるか。普段のもやしを知ったらば、さぞかし落胆するであろうな。だが、この場においては、平素の軟弱っぷりを忘れてやろう。此度は俺も、掛け値無しで貴様を認めてやる。佐川よ。その意地、見事通してみせよ!






「そ、そんな事、困ります……」


「君が困ったところで知った事じゃない! 悪いけれど、此度に限り、僕はエゴで動かせてもらう! 原野さん! 君の迷惑なんてこれっぽっちも考慮しないからそのつもりで!」


「……うぅ」


 これはお笑いだ! 余裕綽々だった原野の顔がみるみると弱っていくではないか! 愉快愉快! 先に受けた屈辱がみるみると晴れていくぞ! これはいい! やってやれ佐川! 魔女の鼻を明かしてやるのだ!


「さぁ! 僕の気持ちを全てを吐き出したぞ原野さん! どうなんだい! これだけ言ってもまだ分からないのかい!? いやいい! 分かっていようがいよまいが、どっちにしたって僕は君を護衛するのだから! そう! 理解を得る必要はまったくないんだ! 故に歌うよ君への歌を! 理由はないが君に捧げる曲を今ここで! それでは聴いてください! タイトルは石楠花しゃくなげ……」


 いかん。面白がっている場合ではない。佐川め、妙なスイッチが入りよった。止めねば……




「ちょ、ちょっと、佐川様! お止めください! 分かりました……分かりましたから!」


 お? これはもしや?


「止めはしない! なぜなら君の理解が得られないのだから、僕が理解不能な行動をとっても同じ事! さぁ、頭の中で前奏を流してください! 後五秒で始まりますよ石楠花が!」



「わ、分かりました……分かりましたから! 佐川様の護衛に預かりますから、歌うのはどうかお止めください!」


 落ちた! 原野め、押し負けおったぞ!


「……本当? 本当の本当!? 本当の本当の本当なのかい原野さん!?」


「ほ、本当ですから、どうぞ落ち着いて……」


「や……や、や、や……やったぁ! やったやった! やったよぉ! ありがとう! ありがとう原野さん! とうとう、とうとう分かってくれたんだね! 本当に本当にありがとう! 大きな声を出した甲斐があった! いやまったく、本当にありがとう!」


 佐川。いくらなんでも喜びすぎでは……いや、言うまい。奴は、初めて好きな女を前にして我を通し切ったのだ。ここは黙って祝福してやろう。

 拍手喝采と歓声。周りにいる爺婆が、こぞって「おめでとう」と佐川を賛美、祝福。そして……



「お客様」



 無事退店処理と相成なった。それにしても店員め。「次はないですよ」などと、出禁へのイエローカードめいた言葉を投げてきよった。


 それも気に入らんが、有村の嫁さんについて聞いたら「辞めました」と言っていたな。何となしに腹立たしい。

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