この俺が働いてやろう!5

 しかしこの倉庫、ダンボールやら使われなくなった機材やらが山積みとなって、まるで不用品の墓場のようだな。貴様もここに住んだらどうだヤンキー。出来損ないにはお似合いの住処ではないか?


「……さて、暇でもないし気も向かないが、お前が納得いかないようだから倉木さんについて……いや、この店の現状について少し話しをしてやる」


 なんだ? 自身の女々しさの言い訳か? だとしたら大仰な口ぶりではないか。おやおや、煙草まで咥えよって。小物が大物振るでないぞ? 安いプライドが透けて見え哀れ故な。


「吸うか?」


 吸うか馬鹿! 職場体験に来た学生に煙草を勧める奴があるか!?


「いえ、俺は未成年なので……」


「冗談だ」


 冗談!? この状況で冗談だと!? 人を馬鹿にするのも大概にしとけよ!?


「あの、店長、話の方は……」


「あぁ。そうだな。まず、倉木さんなんだが、あの人、実はそんなに仕事ができんのだ」


 そんなもの見ればわかるわ。だが、だからといって人一人を嬲りものにしていい理由にはならんだろう。無能には無能なりの仕事を与えるのが管理者ではないのか。無能を排斥し事の解決に当たるとは下策も下策。素業不良が過ぎるのであればまだしも、倉木の婆は一応働く姿勢を見せていよう。使い用はあるはずだ。誰かが、「勤勉な無能は手に負えない」と吐いていたが俺の見識は違う。真に手に負えぬのは、無能の勤勉さを活かせぬ管理者の方なのだ。そういった意味では貴様は落第だぞヤンキー。髪の色を落とし出直してくるのだな!


「だが、見ての通りいい歳だ。解雇するのも忍びないし、第一そこまで邪険にする必要もない。それに、なんといってもやる気がある。俺としては、このまま老後の慰みとして気持ち良く働いてもらいたいと思っていたのだが……」


「よく思わない人間がいるんですか?」


「と、いうより、ほぼ全員、倉木さんにサンドバッグの役割を押し付けている状態だな。仕事とという大義名分を掲げて、自分達が正しいと言うような風に振る舞っているよ」


「……」


「おまけに倉木さんは我慢強い。皮肉な事に、それが返って他の人間を増長させる結果となってしまっている」


「……」


 なんだそれは。くだらぬ話だ。それでも社会人か? ハラスメントを良しとする組織のどこが正しいというのだ。弱者を憂さ晴らしに使うなどもはや獣と同じ。野蛮極まりない。ここに勤める連中の頭は中世以前に取り残されているのか? よぉし。ここは一つ、俺が本当の正しさというのを教えてやろう。無論暴力などではない、正しき論。正論という刃でな!


「……それをどうにかするのが、店長の役目なのではないですか?」


 どうだヤンキー。正しさとはこういうものだ。悪を裁けぬ貴様に堪えるパワーだろう?


「そうだ。だが、店を滞りなく回すのもまた、店長の役割なんだよ。はっきり言うが、この店はゴミだ。店員は気が利かないし商品に魅力もない。活気など望めるはずもなく、日々の売り上げなどたかが知れている。だが、それでも営業はしなければならん。その為にはどうしたって人がいる。例えば倉木さんを庇って、他の従業員全員が辞めるとしたら、俺はそれを是として取れない」


 立場を盾にするか。だそれもまた正論だが、だからといって暴虐が許される筋はないぞ?


「……多の為に小を切り捨てるというやり方は納得できません」


「あぁ。俺もそう思うよ。だが、どうすることもできん。つくづく自分の無能さと日和見気質が嫌になる」


 自嘲しおって。その全てを諦めたような目はなんだ。気に入らん。


「あの野菜ジュースの棚な。周りがぶつくさ言っていたのを聞いて、倉木さん自身が元に戻したんだ。自分のせいで仕事変えるわけにはいかないと言ってな。俺はその時、倉木さんに何も言ってやれなかった。情けない話だ」


 ……一応、自責の念はあるのか。猿以上人間未満の生き物かと思っていたが、意外としっかりとした教育を受けているようだな。ならば、貴様がこの先どうするかを聞いてやろう。


「どうしようもないんですか? 新しい人を雇うとか」


「仕事ってのは、入れるのも辞めさせるのも続けさせるのも、それを管理するのもそれなりに大変なんだ。俺の一存じゃあ決められん」


 真っ当な意見だ。なるほど、このヤンキーも色々としがらみを抱えて生きているようだ。少しばかり同情の余地は出てきた。しかし、納得はいかん。斯様な状態が続く事が是であると、俺は到底思えぬ。全員解雇といったような強行手段は無理だとしても、何かしら対策はできるであろう。例えば……例えばだなぁ……うむぅ……


「……難しい問題ですね」


 いざ考えてみると思い付かなぬものだな! 



「そう。難しい問題だ。だが、いずれ解決はさせる。だからお前は気にせず働け。どうせ三日間だし、何より学校のくだらない行事だ。気楽にやってくれればいい」


 それもそうだな。俺は所詮部外者だ。蚊帳の外がお似合いだ。


「……分かりました」


「……よし。店に戻ったら陳列の続きを頼む。バックに焼肉やらしゃぶしゃぶのタレがあるから、それを並べといてくれ」


「分かりました。やっておきます」


「あぁ。頼んだぞ」



 話は終わった。

 煙草を携帯灰皿に入れるヤンキー。倉庫の扉を開けて足早に歩いていくその背中に、俺は十字架を見た。そう、社会という名の十字架を……









「あらぁ田中君。長いお話しだったわねぇ。何かあったのぉ?」


「いえ、店長に激励を少々……」


 婆! 能天気だな! 先まで貴様の事でいらぬ心労を負っていたのだぞ! 少しは申し訳なさそうにしたらどうだ!


「あら本当。店長。いい人だからね。何か困ったら相談したらいいよぉ」


「あぁ、はい。分かりました」


 いい人。か……


 確かに、初対面での粗暴で野蛮なイメージとは乖離していたな。ただの知能が不足したヤンキーだと思っていたが、話も通じるし、存外色々と考えてはいるようだ。だが、同時に併せ持つビジネスライクな目線が、どうにも冷たさを感じさせる。あいつはいざとなったら倉木の婆の首を斬るのも辞さぬ構えに違いない。それを果たして、いい人というのだろうか……


「それじゃあ、私は仕事戻るねぇ。また怒られたら大変だからねぇ。鮮魚のコーナーにいるから、何かあったら呼んでねぇ」


「あ、はい。分かりました」


 去ったか……

 鮮魚コーナーで三枚におろされぬといいがな。

 それにしても、あの婆。やはり酷い姿だ。腰が九十度ではないか。よくもまぁあのような人間を痛めつけようと思うものだな。下衆という言葉以外見つからん。


 ……考えても仕方がない。仕事をしよう。

 どれ、焼肉やらしゃぶしゃぶのタレやらは何処に……お、あったあった。どれどれ。ひぃふぅみぃ……


 ……ふざけるなよ?


 この山のようにあるダンボール全てがタレだというのか!? おまけに中身は隙間一つない! この生産業社の倉庫のように積まれたタレを陳列しろというのか!? だいたいなぜタレばかりが大量にあるのだ! この量に見合う数の肉はなかったぞ! それともここいら一帯に住む人間ははタレをオカズに飯を食う貧乏人ばかりなのか!? そんなわけあるか! 大概にしておけよ!




 おや、何か紙が。なになに……


 タレ類。発注ミス。なるべく多く棚へ。余ったら明日考える。


 在庫管理が杜撰すぎるだろ! 誰だ発注担当は! 本当に潰れるぞこんな店! というよりこの量はもはや個人の問題ではない! 店舗の責任だろう! あのヤンキーめ! 少しばかり見直した俺が阿呆だったわ!


 とはいえ……あぁ! やらねばなるまい!



 焼肉。しゃぶしゃぶ。焼肉。しゃぶしゃぶ。

 込み上げる溜飲を必死に抑え陳列。このような日が後二日もあるの。初日である今日でさえ、まだ半日も経っていないというのに……

 あ、急に脱離感を覚えたぞ? やってられないというのはこういう事か。あぁ、いつの間にか昼休みだ……昼食を食べよう……弁当の味がどこか色褪せて感じる……これが労働か……

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