きっと眩く輝いて!
面倒な家事も幾分慣れてきた。
炊事洗濯お手の物。そも男一人が生活する上で面倒な手間などそうはかからん。やるもやめるも一幕の寸劇である。
が、本日は休日。たまには怠惰に塗れ、アンニュイな一日を過ごすのも……
「おはよう。元気でしたか?」
いきなり邪魔が入ったか。やれやれだ。
「母よどうした。愛しの君との生活は、一ヶ月で破局を迎えたのか?」
有村のマイホームはさぞかし住み心地が悪かろうな。元妻の残り香が漂う住居に寝泊まりするなど、俺が女ならば気が触れてしまいそうだ。
「まさかですよ。貴方が心配で、顔を見に来ただけです」
なんだ。ただの子煩悩か。おるよな、ガミガミとうるさいくせに、世話を焼きたがる母親というのは。
「心配などいらんさ。掃除洗濯炊事に支払い。ご近所付き合いも完璧だ」
俺の一人暮らしに穴はない。完璧な主婦力を発揮しておるわ。最近始めたバイトのおかげで資金も潤沢。有村から振り込まれる金の幾らかは貯蓄に回しておる。これで老後も安泰……とは言いすぎだが、何かの足しにはなるであろう。それだけやって、いったいどのような心配があるというのか……あるのであれば聞かせてみよ。その憂いをな!
「この前、酒井田さんから電話がありありましたよ? 宅のお子さん、燃えるゴミを燃えないゴミの日に出して困ってます。と」
「あ、あれは日にちを間違えただけだ! それにたった一度だぞ!」
「まだあります。町内清掃の時、冬眠していた蛙に触れられず逃げ回っていたとか、買った魚を捌けないから返品して欲しいと大町の魚屋さんに懇願していたとか、夜になると不思議な高笑いが聞こえてきて不気味だとか、全部、酒井田さんから聞いていますからね」
あの婆! なんでもかんでも密告しおって! さては、俺が山姥と言ったことを根に持っておるな?
「あまり迷惑をかけては駄目ですよ? 人というのは、支え合って生きていかなければならないのですから」
……月並みな言葉だな。
だが、俺に非があるのは事実。仕方がない。受け入れるしかないようだな。
「……分かった。次からは気をつけよう」
「素直でよろしい!」
随分と声を張りよる。母め。有村と付き合うようになって、少々変わりおったな。いい事だろうが、母が女になったようで気色が良くない。どうだろう。指摘してやろうか?
……
やめよう。野暮だ。
「……まぁいい。ところで、顔は見たんだ。もう用はないのではないか?
「またそんなつれない事を言って……」
「いい歳をして母親にべったりなのは、それはそれで問題だ」
「そうですけれど……」
あ、いかん。顔が曇った。これは……
「いいです。私は今、幸せですから」
……例のネガティヴシンキングも、すっかりなりを潜めたようだな。こればかりは有村に感謝だ。
「そんな事よりです。貴方、今日は一緒に食事へ行きましょう。本日は、有村く……先生も、いらっしゃいますから」
ふざけっ! 誰がっ! 絶対に嫌だ! あ、いや、しかし、ここで断るのも……おのれ……どうすれば……おや着信……なるほど。普段は休みの日に絶対出たくない相手だが、今日に限っていえばナイスタイミングだ!
「はいもしもし田中でございます! はい! はい! えぇ勿論暇でございます! かしこまりました店長! すぐに向かいます!」
着信終了!
それにしても、人使いが荒いな……が、よし。この窮地を脱するに、まったく丁度良い渡りに舟よ!
「すまぬな母よ! 急にバイトが入った! 人手不足故、俺が行かねばならぬ!」
「あ、ちょっと……貴方、待って!」
「飯はまたいずれな! ではさらばだ! また会おう!」
準備をしながら母をあしらい旋風のように家を出て駆ける。
寒さ厳しく、身は凍てつくが、高く上る陽の暖かさは確かにあって、その閃光をいっぱいに受ければ、腹の底から活力が湧いてくる。
気持ちがいい。今日は、いや、今日も、まったく良い日である。
眼前は広く。長く。大きく。形づくられ、そしてなにより、美しかった。曇天が晴れたように、清々しかった。俺は知らずの内に、高笑いを上げていた。
何がおかしいのか、或いは愉快なのかちっとも分からぬが、一つだけ言えることがあって、また、それが、何故だか俺を笑いに誘っているというのも、確かな事であった。
それは俺の胸の内にいつしか湧いた、ある言葉である。
その言葉を俺は叫びたい。
いや、叫ぼう。叫ばなくてはならぬ。そう、叫ぶのだ! 俺は! 今ここで!
息を吸い込め! 世界に届け! 俺の声よ! みんな聞け!
「俺の歩むべき道は! きっと眩く輝いて!」
俺が歩むべき道はきっと眩く輝いて 白川津 中々 @taka1212384
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます