俺が返り討ちにしてくれる!7


 三人で共に学び舎へ。到着すれば学年違いの原野と離別。佐川と二人で教室だ。うぅむたまには群れて登校するのも悪くないな。話をしていると眠気が覚める。丁度いい気つけになるな……と、なんだ? 随分活気があるではないか。何事だ?


「おい。なんだこの賑やかさは。何事だ」


 メイトとは名ばかりの学友を捕まえた。俺が直に話を聞いてやるのだ。ありがたく思え。



「なんだ田中か。朝から見たくない人間の面を見た」


 ……どうして貴様らはそう不遜なのだ。人を舐めくさりおって、ふざけるなよ?


「俺とて貴様などとは話したくもないわ。だがこの騒ぎ、興味が出ぬといえば嘘になる。さっさと教えれば退いてやるから言え。お互い不愉快な思いを長くしたくはないだろう?」


「それもそうだな。よし仕方がない。特別に教えてやろう。というよりだ、黒板を見るがいい馬鹿田中よ。それが答えだ」



 黒板? なんだいったい。おや、何か書いてあるな。どれどれ……





 一、二、三時間目は球技大会の練習時間とする。各々精進すべし。





 ……


 初等学生か貴様ら。


 如何に脳が足りぬとはいえ、仮にも二十一世紀を生きる最新の若者であろう。それがなんだ授業が体育学習に変更になったくらいで。暴れ楽しむ歳でもなかろうに。幼稚も幼稚。幼稚が過ぎる。失笑ものだ。



「それで狂乱しているというのか。なんと程度の低い……」


「せっかくの変則授業だ。これを楽しめぬ奴は退屈な人間だよ馬鹿田中」



 何が退屈か。くだらん事で騒ぎ立てる人間の方がよほどつまらぬわ。佐川。貴様も突っ立ってないで何か言ってやれ。


「そうだよ田中君! せっかくなら楽しまなくっちゃあ!」


 ……うん?



「……佐川君?」


 なんだどうした佐川。気でも触れたか?


「せっかく学校側が配慮してくれたこの機会! しっかり精進鍛錬しようじゃないか!」



「……どうしんだい佐川君。君、確か運動はからきしだったじゃないか」


「佐川は貴様と違って物分かりがいいのさ。馬鹿とは違うのだ。愚かなる田中よ」


 揃いも揃って何を訳の分からん言い草をほざきおるのだこいつら。いや、そうか。やはり頭がおかしくなったに違いない。前途ある若者が可哀想に。哀れな事だ。


「おい! B組の本陣が出てきたぞ! 貴様らもグズグズするな! 早う……早う!」


「来たか! よろしい! ならば先陣はこの珍蔵橋が切らせてもらう! 皆の者! 我に続け!」


「よし! 一番槍の栄誉は貴様に譲る! ついて行くぞ珍蔵橋!」


「参るか!」


「滾る!」


「ここで果つるは本望よ!」



 

 何だ何だ。男どもがぞろぞろと雄叫び上げながら出て行ったぞ。B組がどうしたというのだ。訳が分から……





 不意に見た窓の外。ひしめくは女子生徒。白い体操服に、黄色い声……


 なるほど。そういう事か。とどのつまりこいつは、合同練習というやつか。佐川め。そういえば教室に入ってから、しばし窓を凝視しておったな。ちらほらと出ていた女どもと教師の様子を見て合点したか。さすが妄想男むっつり。察しがいい。





 ……いやいや、うちは男子クラスでB組は女子クラス。共に行っては練習試合もままならぬではないか。合同で行う意味がまるでないばかりか、女子どもが視姦の対象となるばかりである。何を考えているのだ教師連中は……おや? なんだ? 何やら様子が変だぞ? 先行していた珍蔵橋他数名が体育教師に捕まっておる。





「そりゃないよ先生!」


「人権侵害だ!」


「俺達の希望を返してください!」




「黙らっしゃい! 貴様ら野獣が女子と肩を並べられると思ったか! さぁ! グランド組は整備作業だ! さっさと毟れ! 草を! 拾え! 石を!」






 ははぁんなるほど。連中、俺達に雑用を押し付けるのが目的か。それでサボタージュを決めぬよう、女子を餌にしたと。なんと愚かな……画策した方も画策した方だが、捕まる連中もまた浅はかが過ぎる……





 だが俺は違うぞ? 元より球技大会など芥が如き催しと軽視していたが、何よりハニートラップのような姑息な手段を用いて人を使役しようとするその俗悪さには反吐が出る。誰が素直に従うものか! 俺は三時間目まで独自学習をさせてもらう! 愚劣なる教員。並びに、色欲に釣られた男共よ! 此度は俺の勝利だざまぁみさらせ! 地の這いつくばって、王者の勝鬨を聞くがいい! 鋭鋭応! 鋭鋭応! 鋭鋭応!






「うるさいぞ! どこの馬鹿だ!」


「げえっ木下!」


「田中! 貴様、黒板の文字が読めぬ程知能が後退したか!?」


「い、いえ! 左様な事は……」


「ならばとっとと行ってこい! 卓球は体育館だからな! サボるなよ!」


「か、かしこまりました!」





 何事も調子に乗りすぎてはいかん。また一つ、賢くなった。

 とはいえ、木下め。覚えておれよ。俺が高額納税者となった暁には、貴様の横っ面を札束で引っ叩いてやるからな。公務員如きが偉そうにしていられるのは校内だけだと存分に思い知らせてくれる! あぁまったく! 奴の目付きが金の色に眩むと思うと愉快愉快……



「何をニヤついている! さっさと行け!」


「は、はぃ!」







 追い出されてしまった……これはサボタージュは無理かな……

 いや、諦めぬぞ? ここまできたら徹底抗戦だ! 見事雲隠れを決め込み、教師連中を慌てふためかせてくれる! よし! 俄然やる気が出てきたぞ! 覚悟が決まれば笑いが漏れる! 存分に高笑ってやろう!





「おや? 田中じゃないか。どうした、高笑いなど上げて」


 斯様な所で呼び止められるとは、いったい誰だ……あぁなんだ。佐々先生か。珍しいな。いつもは一日中保健室にひきこもっているというのに。


「佐々先生。保健室は休業ですか?」


「馬鹿を言いなさんな。ちょいと荷物を持ちにな。まったく、この学校はいかんよ。保健室まで届けてくれればいいのに、わざわざ玄関まで足を運ばせるんだから……そうだ田中。君、荷運びを手伝いなよ。どうせ暇だろう」


 暇だろうはないだろう暇だろうは。今は授業が始まる五分前だぞ。教室移動の最中に決まっていようが。


「生憎ですか先生。俺はこれから卓球の練習をしに体育館へと向かわねばならぬのです」


「そうか。そういえばA組とB組は球技大会の練習だったな……よろしい! なんとかしよう!」


「なんとか? なんとかとは、なんとするおつもりで?」


「まぁ、黙って見ておれ……ほれ」


 ほれと言われても……スマートフォンがどうかしたのか?


「ここに教員連絡用のグループがあるじゃろ」


 うむ。確認できるが、それがなんだ。



「これを……こうして……こうだ!」



 何だ。何か文字を打ったようだな。どれどれ……『業務連絡。木下先生。利根先生宛て。本日、三時間目まで二年A組の田中を預かる。問題はないか?』



 ……連なる既読の数。そして『承知』の二文字。



 ……この学校、如何に異常者が多いといっても、一応学習内容に沿った授業をしているはずなのだが……いいのかこれで? 文部科学省の提唱するカリキュラムから逸脱してはいないだろうか。というか普通に職権乱用……



「ほら。許可は出た。用事はすぐ済む。終わった後は自由にして構わない。君は公にサボタージュと洒落込む権利を得たのだ。役得だぞ。役得」


 ……言うだけ無駄なようだな。


 だが、これは思わぬ僥倖。馬鹿丸出しの雑用作業を免除され、かつ勉学に時間を充てられるとは。いやはや、棚ならぼた餅ではないか。断る理由が見つからぬな。


「承知しました。生徒田中、これより佐々先生よりの命を遂行致します」


「うむ。頼んだぞ」







 ……






 ……謀られた!



「ほら! あと三往復だ! 気合いを入れたまえ気合いを! 私も頑張っているんだから!」






 共に玄関に行ってみれば、山のように積まれた薬品の数々……「先週注文し忘れてしまってなぁ」と気楽に言って笑っておったが確実に一週間二週間の発注ミスのレベルではないぞ!佐々め! 俺がおらなんだらこの数どうしていたのだ!? というか、さっきから軽いものと持ち運びやすいものだけ選んで持っていっておるなこいつ!? 何が頑張っているだ! なんたる卑劣か! 貴様それでも聖職者か!? 恥を知らんか恥を!



「いやぁ若さとは、得難きものかな。私も若い頃はそれくらいの荷物ちょいだったのだがなぁ」


 糞めが。妄言を吐きおって……あぁ! もう三時間目が始まるぞ! 時間がもったいない! 荷運び以外に整理整頓まで手伝わせって、普段どれだけものぐさを拗らせていたのだ! 人として恥ぬか!



「よし。じゃあ、残り少ないし、後は任せてもいいかな!?」


「いいわけあるか!」


「冗談だ冗談だ。まったく。最近の若者は沸点が低いなぁ。煮干しを食べなさい。煮干しを」


「……」



 馬鹿の話は右から左。どうな時でも馬耳東風。まともに付き合っていたらきりがない。


「あ、お腹が痛くなってきた……持病のクリプトスポリジウム症だな……これは荷物など持っている場合ではないなぁ」


「医者の不養生ですか?」


「お、難しい言葉を知ってるなぁ田中は」


「……詐病でしょう?」


「如何にも。察しもいいとは恐れ入ったぞ田中」


「……」




 こんな調子で、何とか俺は三時間目の頭までに佐々から受けた任を完了する事ができたのだが、一つ失態をしてしまった事に気が付いた。それは……





「ノートを置いてきてしまったではないか!」



 苛々が募り、つい声を荒げてしまった。

 くそ、せっかく誰もいない図書室で勉学に励もうと思っていたのに、ノートがなければ何もできん。



「何だ田中。勉強してるのか? 珍しいな」



 貴様の無礼は無視をしてやる佐々! あぁまったく! 面倒だが仕方がない。取りに行くか……




 ガラガラドンと保健室の扉を開け閉め、外から聞こえる楽しげな声に舌打ちを響かせつつ教室へ。時間の残りはあと僅か……






 ……いかん。

 このところ勉学の時間が取れぬからか、どうにも気が早っていかんな。落ち着け。何事も余裕が大切だ。急いては事を仕損じる。深呼吸だ。深呼吸。深呼吸……









 ……おや? なんだ?





 妙な奴がいるぞ? 廊下。学生服未着用……教師にしては若すぎる……これは……不審者か!?



 ……チャンス! 彼奴をひっ捕らえれば英雄となる事間違いなし! よし! 不審者よ! 貴様を踏み台にして、我が人生の糧としてくれる! いざ! 突貫!




「貴様! 何者だ! 神妙に名を……!」


 




 振り向いた顔を見る……!




「……あんたか。久しぶりだな」


「か、川嶋……!」





 爬虫類面! 貴様かぁ!

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