試験などに俺は屈しない!1
実に困った。
まだ間に合うだろう。なんとかなるだろう。一夜漬けでも支障はあるまい。そう思っていたのが運の尽き。目の前に広がるは問題集に記された謎の文字列。さっぱり解読不能である。解答欄は天使の羽根が如き純白で彩られ、俺の顔面は恐らくデスマスクのように蒼白となっているだろう。はっきりといえば、解法が分からず白紙。能無しで打つ手なしという状態である。
此度の前期実力試験このままいけば、またいつぞやの小テストのように有村の怒りを買う事になってしまう……それはまずい。実にまずい。あの時は、たまたま後日に救済処置が設けられたからよかったものの、(えらい目にあったが)さすがに実力テストを白紙で提出したとあってはそんなものは望めぬ。あの間抜けな地方公務員に恐れをなしているわけではないが、わざわざ争いの火種を撒くのは君子とは言い難き愚行。やはり、分からぬなら分からぬなりに解答欄を埋めるべきだろう。ともかく、ダメで元々の精神で設問を再確認してみよう……どれどれ……
√何がし×√何がし×√何がし=
x何がし÷x何がし(y何がし−x何がし)
関数x=yの何がし乗で、yの変化が何がしから何がしの時の〜……
……
駄目だ分からん。
√とはなんだ。xやらyやらなら、チラと過去の記憶にかするのだが、√。これが分からない。
それにxやらyについても今一つ確信が持てず、本当に正しい計算なのかどうか自信が持てない。もしかしたら、錯乱状態により記憶の改竄が行われ、都合のいいように脳が捏造をしているといった可能性も否定はできん。幼少の頃にいもしない人間と遊んだ思い出が生成される現象があるようだが、似たような事象が今の俺に発生していないとも言い切れぬ。この戦い、己を信じられるか否かが分水嶺となるだろう。果たして俺は、曇らぬ眼で我が道を省みる事ができるのか……
馬鹿か俺は! 何を弱気になっている! 田中よ! 貴様は昨晩何をしてきた! 失われた授業時間を取り戻そうと眠気に耐え、日付が変わるまで必死にノートを睨んでいたではないか! 俺よ。俺を信じよ。今日までの努力は、決して俺を裏切らない! できるできる頑張れ頑張れ
試験当日。
終了時間を告げる。鐘が鳴る。それは非常なる宣告。解答欄は埋めた。埋めたが、その大半が意味不明な数字の羅列。宇宙からの電波を受信し書き写すチャネリングのようであったが、その実、思い付いた番号を適当に並べていっただけに過ぎない。白紙よりは遥かにましであろうが、潔さは皆無であり見苦しい事この上ない。しまった。こんなことならば、しっかりと試験対策をしておけばよかった。後悔というのは、失敗をして初めて味わう辛酸であると嫌という程知っていたはずなのに……何度も同じ過ちを繰り返すあたり、俺は相当の楽天家なのだと改めて実感してしまう。おっと、思わず笑いが漏れてしまったこれはいかんな。周囲の目が気になって仕方がない。
「田中君。どうしたというんだい? 公衆の面前で涙を晒すなど君らしくもない」
貴様は何を言っているのだ佐川よ。一体全体誰が泣いてなど……なんだ。頰が生暖かいと思ったら、俺は泣いていたのか。テストができなかったから雫を落とすなど、まるで
「佐川君。悪いが一人にしてくれないか? 此度の試験。中々どうして難解でな。柄にもなく、落ち込んでいるのだ」
このような情けない話を佐川になど喋りたくはないのだが、どこかに吐露しなくては自我を保っておれん。かくも悲しき孤高の宿命だろうか。我が生は頂き由縁の艱難辛苦に苛まれている。王道を征く者の背負いし業は、世界を見ても、数える程の人間にしか理解できぬであろう。しかしそれこそが、王者の矜持たる命のありようでもあろうか。あぁまったく。ままならぬものよな……
「田中君。そう落ち込む事はないよ。なにせ此度の試験は再試あり。以前のように白紙提出さえしなければ、挽回の機会が設けられている故、次に向かって精進しようよ」
再試か……確かにそのような事を聞いた気もするが、あまり気乗りせぬな。好き好んでしたくもない事に時間など使いたくはない。
しかし、そうはいっても受けねば進級が危うい。やらねばならぬか……試験が落ちたと仮定して、今日から勉学に励み……
馬鹿か俺は。いったい何を考えているんだ。何故に結果が出る前から既に敗北している体でものを考えているのだ。笑止! そのような負け犬根性を持って生まれた覚えはない! せっかく腹の立つ試験が終わったのだぞ!? であれば! 故に! よって!
「佐川君! 遊ぶぞ! ついて参れ!」
「え……田中君。君、再試の対策は……」
「佐川君! あぁ佐川君よ! 合否も未だ分からぬというのに、いったい何を備える必要があるというのか!? 今我々に必要なのは、試験とその準備によって失われた鋭気を取り戻す時間ではないのか!? 俺達現代に煌めく若者が、陰気腐って文机に向かうなどおかしいとは思わぬか!? 俺はおかしいと断言しよう! 佐川君! 君は過ぎ行く青春の残光を目で追うだけでいいのか!? 限りある若さの炎を燃やさなくて良いのか! 俺達が持つ、時間という財を今ここで使わねばどうする! 佐川君! 決断の時は今! 日陰で蹲るのか、無限に広がる草原を駆けるのか! さぁ選べ!」
熱弁が大気を震わし教室に響く。巻き起こる拍手喝采。クラスメイト達は皆口々に遊興万歳青春万歳と絶叫。半狂乱。
なるほど。皆、溜め込んでいたフラストレーションを発散させたくて仕方がないらしい。ならば是非もなし! この田中。煽動者と言われようとも、民衆の為に一肌脱ごうではないか!
「解放の時はきた! 我らにはめられた枷は既に解かれている! 自由は既に我らが手中! ならばやる事は一つ! 遊びだ! 学生らしく若者らしく! なりふり構わず遊ぶ時がきたのだ!」
方々から聞こえる雄叫びが一つとなった! これは勝鬨だ! 試験という難敵に、クラス一丸となって打ち勝ち上げた勝鬨なのだ! 遊ばねばならぬ! 楽しまねばならぬ! 皆の心がそう言っている!
「田中君! 僕は今、君って奴に猛烈に感動している! 君の言う通りだ! 僕達若者は、この青臭い芳香を町中に巻き散らさなくちゃならないんだ! 日本に新しい風を起こさねばならないんだ! さぁ田中君! 連れて行ってくれ! 僕を新たな時代へ!」
「よかろう佐川君! 今宵は宴だ! 現実というしがらみから脱却し! 猛る血肉を共に発散させよう!」
その日。俺は佐川と河原へ行き球投げや球蹴りに興じた。ガリ勉でまともな運動能力を有さぬ佐川であったが、汗を流し、熱をぶつけ合えば気にはならなかった。
テストの結果は翌週返ってきた。結果はなんと不合格であった。俺は致し方なしと腹を決め、粛々と再試験に向けた学習を始めるのであった。
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