俺の為のキャンプが始まる!4

 ゲーセンか……久しく来ていないが、女子供などUFOキャッチャーで遊ばせておけば満足するだろう。取るに足らん。

 しかしゲーセンなら一応安心はできそうだ。勝手がわからず珍紛漢紛となるような場所よりは余程都合がいい。何せ男であれば、少なからずゲーセンの流儀を心得ているもの。いわば男子の嗜みといっても過言ではない。逆に、ゲーセンすらまともに使えぬような奴は男失格の刻印を押されても文句は言えぬ。


「よかろう。だが、本当にあそこでいいのか? 他の洒落た店ではなく、煩雑極まるゲーセンで」


 一応念を押しておこう。後で退屈と思われても、自身の意思で決定したとあれば、俺への評価も下落はしまい。


「はい! 私、ゲームセンター好きなんですよ!」


「ほぉ……」


 これは意外。浅井のような女がいったい何をするのか気はなるところだ……と、そうか。プリクラか。浅井はきっと、プリクラを使用する為にゲームセンターに足を運び、そのついでに、何かしらの筐体に触れたに違いない。

 若者のゲームセンター離れが叫ばれる昨今だが、プリクラとメダルゲームは一定の需要があるという。つまりは、ゲームセンターは男の戦場から女子供と爺婆御用達の健全なレジャースポットと化してしまったのである。嘆かわしいやら無常やら、何とも言葉に表す事のできぬ感情が胸の奥からフツと湧き出てくるが、そのおかげで肩肘張らず簡易なデートに漕ぎ着けるのだ。今回限りは現世の流れに感謝せねばなるまいて。






「あい分かった。それでは行こうか」


 ……こういう時、本来ならば姫君の細指でも握るのがベターなのだろうが、あまり急いては痴漢扱いされかねない。何せ相手は十代半ばの生娘である。事は慎重に運ばねば。


「やった! 行きましょう行きましょう!」


 うむ。はしゃぐ姿も可憐であるな。愛い奴よ。よろしい。では参ろうか。懐の中身は六千幾らか。これだけあれば、キャッチャー景品の人形一つくらいは取れるだろう。喜べ浅井よ。今日は俺直々に狩り得た獲物をくれてやろう。下賜品を頂戴したとして咽び泣いて喜び、後生大事に抱え続けるといい。


「あぁ楽しみだなゲーセンは!」


 込み上げる笑いを高く響かせながら入店。ぐるりと辺りを見回せば……


 ……何だここは。想像していた流行りの店とはまるで違う。犇く色褪せた筐体と、そこから好き勝手に流れるBGM。混沌として乱雑な造りが、昔懐かしい男の世界を形成しているではないか。


 これはいったいどうしたことか。俺はタイムスリップでも果たしたのか? クレイジータクシー、五弦ビーマニ、ストⅢ、テトリス、怒首領蜂……何もかもが一線を退いた名機ばかりではないか!


「ここ、よく来るんですけど、穴場なんですよね。昔のゲームばかりあって、楽しいんです」


 浅井。貴様、常連なのか……


「そ、そうか……」


 確かに楽しそうではあるが、それを女が言うのか。ここにあるゲームは俺の生まれた年より前のものばかりではないか。それを持ってして「楽しい」とは、余程の数寄者。となると、こいつ、さては……


「じゃ、遊びましょう! なにからやりますか!? あ、バーチャコップがありますね! 協力をプレイしましょう!」


 ……目を輝かせおって。まるで幼子のようなテンションの張りようではないか。ま、わからなくもないがな! バーチャコップ! 実に懐かしい! チープな拳銃型の専用コントローラーも縦長の筐体も、昔懐かしい幼少の頃の情景ではないか! 

 よかろう興が乗った! 久方ぶりにプレイしてやろうではないか! そして貴様の実力、この目で確かめさせてもらう故、心して掛かられい!






 ……





「やった! 無被弾完遂ノーダメクリアですよ田中さん!」


 ディスプレイに流れるスタッフロールを背に、飛び跳ねる浅井は可憐である。可憐であるのだが、同時に恐ろしさも感じる。

 確かにバーチャコップの難易度は低めであり、スコアをカンストするのもそう難しくはない。だが、それはあくまでゲームに慣れ親しんだ遊戯人ホモ ルーデンスの話である。素人がおいそれと叩き出せる記録ではない。となると、こいつは、やはり……



「ブルズアイを二回取り逃がしちゃったからカンストちょっと遅れちゃいました。失敗したなぁ」




 ……そうか。やはり貴様は、紛う事なき遊戯人なのだな。


 斯様なゲームセンターに通い詰めているとなると、かなりの手練れか余程の酔狂だろうと思っていたが、なるほど前者か。こいつはとんだ食わせ物だな。天使のような顔をして男の分野に上がりこむとは、油断ならぬ奴。


 ……これは気を引き締めねばならぬ。ゲームにおいて、男が女に舐められるなどあってはならぬ事。出だしのバーチャコップには少々油断してしまい途中で早々とゲームオーバーになってしまったが、この次はそうはいかぬ。俺が得意で、なるべく浅井が不得手そうなジャンルを、できれば対戦ゲームを選択して勝利し、面目を立たせなくては世の男どもに顔向けできん!

 浅井よ。心に決めた相手を討つは忍びないが、これも男の宿命さだめなれば是非もなし。泣くもよし。恨むもよし。だが、覚えていてほしい。この田中は、最後の最後まで、貴様を愛していたと……!



「……田中さんって、あまり笑わないんですね」


 ……しまった。使命感に駆られ、この場を盛り上げる事を忘れていた! 男田中、一生の不覚!


「な、そ、そんな事はないぞ?」


 ともかくここは一旦取り繕おう。仏頂面は受けが悪い。スマイル、スマイル……


「そんなあからさまな愛想笑いされても……」


 見抜かれたか! しかし後には退けん! しらを切り通すまでよ!


「あ、愛想笑いではないさ! もう心の底から愉快だと思っているぞ! 抱腹絶倒せん勢いだ!」


「本当かなぁ……」


 そうか、まだ疑うか。そうかそうか。なるほどなるほど……


「田中さん、本当に面白いです? 私、不安だなぁ」



 おのれ存外疑り深い奴! くどいぞいい加減! だいたい笑ったとか笑ってないとか、そんな事詮索して何になる! 無益であろう! 斯様な事はサラッと水に流してしまえばよいのにどうしてそう無駄に食い下がる! まったくこれだから女は! 要らぬ事に拘るばかりで、ろくに話をする事もできないのだから嫌になる! 実に愚かではないかね!






「……」


「あれ? 何か怒ってます?」


 「怒ってます?」だと? 当たり前だ! 貴様のその態度はさすがに看過できぬぞ! 少々顔がいいからといって図に乗りおって、控えろ女! 頭が高い!


「……」


 いかん。口を開けば暴言がまろび出そうである。我慢だ田中。俺は耐え忍ぶ事ができる男だ。不用意な口を開いてくれるなよ……!



「あ、そっか。田中さんは早々に死んじゃったから、あんまり面白くなかったですよね。すみません、お上手でないの、気が付かなくて……」










 ……浅井。貴様今、なんと言った?


 「お上手でないの気が付かなくて」だと? 舐めた口を聞いてくれるな! 既に勝った気でいるのか!? 笑止! 片腹痛いわ!

 確かに俺は楽しむ間も無く敵に撃たれ死んだ! だが! それはブランクと様子見があったからの事! まともにプレイさえすれば、ノーダメは無理でもクリアくらいは容易に可能なのだ! だがそれを知らず貴様は、この俺が、最初のステージでゲームオーバーになった虫ケラにも劣る雑魚中の雑魚と言ったのだぞ! その罪は、決して軽いものではないからな浅井!





「た、確かに、このゲームは苦手だったんだ。だから、次はおれが得意なヤツをやらないかい? できれば、対戦できるゲームにしよう」


 ……倒す。貴様はこの俺が確実に屠る。完膚なきまでに叩き潰し、その美貌に不快皺を刻ませてくれる……悔しみの皺をな!



「いいですよ! 私、ゲームは何でも大好きですから!」



 随分と余裕ではないか。負ける気は更々ない。と、そう言いたげだな。



 確かに貴様は上手い。射撃の精度は勿論、反射神経は抜群。アイテム、リロードのタイミング完璧だった。

 だがな浅井よ。貴様は未だ知らぬのだ。どのような世界にも、上には上がいるという事を。いや、知っていたとして、その相手がまさか隣にいるとは思うまい。


 浅井。貴様には、この俺が手ずから世界の広さを教えてやる。

 これは慈愛だ。身の程を知らせてやる愛の心だ。故に、存分に悟るがいい。己が慢心と増長をな!


 







 俺と浅井の第一次アケゲー会戦の火蓋が切って落とされた。それはどちらかが勝者となり、どちらかが敗者となる以外に、両者とも何も得ることのない不毛な争いではあるが、男の意地が戦闘以外の人間的行為を許さないのだ。その結果如何なるものとなろうとも、俺は甘んじて受ける覚悟がある。


 ただ一つ確実なのは、この会戦が後世に残る可能性は、万に一つもないという事である。


 名もなき歴史が、また一頁……

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