俺の為のキャンプが始まる!5

「ではまずストⅢからやるかね」


「いいですね! さっそくやりましょう!」


 如何に達者といえども格ゲーならばこちらに一日の長あり。女子供に暴力沙汰など似合わぬもの、然らばゲームとて不出来となるは必定。どれだけ技術があろうが、そんなものは真なる暴力の前において無意味だと知るがいい! 


 コイン投入! いざ、尋常に!











 YOU LOOSE


 YOU LOOSE


 YOU LOOSE


 YOU LOOSE






「……また私の勝ちですね」



 ……無情に積み重なる敗北の文字。その数まさかの二十。結果だけ見れば大敗である。やるではないか浅井よ! しかしそれもここまでよ。ウォーミングアップは終わりだ! 次の一戦で決めさせてもらうぞ!


「そろそろやめませんか? 私、他のゲームもやりたいです」


「何を! もう一戦だ! さぁ準備をせい!」


 負けっぱなしでいられるか! 勝つまでやるからな!


「田中さん、もっとやり込まないと私には勝てないと思いますよ?」


「なんだと!?」


 ふざけるなよ小娘! 少しばかり二十連勝したからといって思い上がりすぎだ! 


「それより他のゲームやりましょうよ? さすがにダン(最弱キャラ)でボコボコにするのも飽きてしまって……」


 飽きた!? ボコボコにするのも!? ダンで!?


 屈辱だ! 斯様な辱めは初めてだぞ小娘! 貴様は俺を小馬鹿にし愚弄するのか!? いい度胸だな! 貴様が女でなければリアルファイトに発展するレベルの暴言だ! 少しは慎め!


「あ、あと一戦だけどうだ……ほら、まだ時間もあるし……」


「だから、どれだけやっても田中さんじゃ勝てません。せめてブロッキング(相手の攻撃をノーリスクノータイムで無効にする操作)くらい狙ってできるようにならないとお話にならないですよ」


「いや、しかし諦めなければ一縷ワンチャン希望が……」


「ないですないですありえません。田中さんと私では差がありすぎます。いってみれば、メジャーリーガーとファミスタマニアが野球で勝負するようなものです。だいたい何ですかさっきから。負けたくらいで台パン(筐体を叩く事)までして。マナーがなってないですよマナーが。私はですね。ゲームは楽しむものだと思っているんですよ。無闇にストレスを溜めてまでやるものじゃなくて、プレイヤーとプレイヤーが笑顔で健闘するべきだと、そう思うんです。それを突然熱りきった面構えで再戦を申し込み、あまつさえ掌を返したように言葉弱く身を縮める……あぁみっともない! 田中さんは腕を磨く前に男を磨くべきではありませんか!?」


「……」


 わ、笑わせてくれるではないか。この俺に説教とな……だが、左様な言葉ちくりとも胸に響かんな。愚かな女に何を言われようと、こ、この俺の心根を動かす事など……


「……あ、す、す……すみません……私、ゲームの事になると、つい意地を張ってしまって……あ、このハンカチ使ってください、涙が流れっぱなしだと、プレイできませんし……」


 泣いてなどおらぬは! おのれ浅井……貴様のその面がよもや仮面であったとはな、まんまといっぱい喰わされたわ! 美麗なる皮を一枚剥がせば、何とも悍ましき化物が潜んでおったとは! まったくとんだ厄日だ! 貴様と出会わなければ、俺は今頃……




 ……分かった。なるほどなるほどそういう事か。


 委細承知。


 本日この時この瞬間は、この妖を倒すべしと天が俺に命じたのだな。それが運命! 運命なれば致し方なし! 厄災振りまく悪鬼悪霊、この田中が見事討伐果たし申そうではないか! 狡猾なる人面被りしそこな女鬼よ! 貴様は少々やり過ぎた! この俺に! 田中に楯突いのだからな! 重なる罪の償いは、敗北の二文字にて禊せてやろう! 


 その為にも! まずは態勢を立て直す!





「ほ、他のゲームをしようか。浅井の言う通り、確かに俺が大人気なかった。すまないな」


 今は堪えろ。そして冷静になれ俺。認めたくはないが、ストIII……いや、格ゲーで奴を倒すのは至難。他のゲームを何種類か試して手応えのあるものに絞ろう。奴の土俵で戦う必要はない。いやむしろ、いかなる手段を用いようと勝てばよいのだ。

 そうだ……勝てばいい、勝てばよかろうなのだ! 人外相手に搦め手奸計を使って何が悪い! そも正攻法では太刀打ちできぬ相手である、そんな相手に盤外戦術を仕掛けて何故咎められよう。魑魅魍魎と対等な条件下で勝負などしてもまったくの無意味。古今東西、化物退治に策はつきもの! 恥じる必要など微塵もない! 何故なら、正義は俺にあるのだから!


 よし決めた! 俺は如何なる手段を用いても此奴を仕留める! 御誂え向きに仕込みができる筐体が近くにあるな! よし、やるか!


「次はビーマニをやろう。スコアが高い方が勝者だ。シンプルだろう? そういえばここは五弦だったな。懐かしい。しかし何だな。貴様はゲームが得意なようだな。結構。人間、なんでも優れたものがあるのはいい事だ(貴様は人外だがな)おっと、そうこう言っている間に到着だ。よし、こいつだな。どれどれ……ほぅ。中々いい状態で稼働しているではないか。汚れもない。ちゃんと清掃も行き届いている。素晴らしいな。早速プレイしてみよう。あぁ待て待て。金は俺が出す。前の勝負で負けた方が金を出すのがこの辺りのローカルルール。それに準ぜざれば男に非ず。これは古来よりの慣わし故気にするな。さて、百円百円……よし! 投入完了。おぉ! 懐かしい画面ではないか! 心躍るな! よしよし設定は……あぁすまん間違えてしまったー手が滑って貴様のノーツ速度を上げてしまったぁ! すまんー! すまんの一言に尽きるー! だが金を出したのは俺故ーどうか遊び半分でプレイしていただきたいー! いやー申し訳ないなー! 申し訳! ないなぁ!」


 勝った! 貴様の負けだ! 如何に妖術めいた腕前を持とうとも究極に上がり切った速度では正確に対応できまい! 人面獣心なる百鬼夜行の頭目よ! 人の世に迷いし鬼め! 泡沫の夢、存分に楽しんだであろう! 潔く妖怪横丁へと帰るがいい!


「あ、私いつもこの速度でやっているので大丈夫です」


「え」


「あ、始まりましたよ。準備はいいですよね? 最初の曲は何がいいですか?」


「……Doyouloveme? でお願いします……」












「面白かったですね!」


「……そうだな」


 まさか音ゲーでダブルスコアをつけられるとは思わなかった。しかもハンデ付きである。

 だいたいおかしくないか? SKAの滝をノーミスで攻略しおったぞ。あのような人離れした技、生まれて初めて見たわ。

 

 いやいや。馬鹿か俺は。バーチャコップやストIIIで圧倒的な技前を見せる輩だぞ。如何に策を弄しようと振りは変わらぬ。単純なセンスの競い合いで勝利はまず不可能。何を同じ轍を踏んでいるのだ。しかしそうなると、いったい俺は何で勝てるのか……


 閃いた! 


 センスで劣る以上、答えは一つ。そう。フィジカルの勝負だ! となると選択肢はあれ一つ! 如何にアーケードの腕前があろうとも、覆す事のできぬ力の差というものを教えてくれる!


「浅井! あれをやろう! あれを!」


 件のゲームを指差し吠える俺! 鬼よ! まさか嫌とは言わぬだろうな!


「……えぇ……あれ、ですか……」


 乗り気ではないようだが知った事ではない! 逃がさんからな!


「なんだそのしかめっ面は! ゲーセンに来て、あれをやらずんば人に非ず! 今も昔も、あれのないゲーセンなど存在しないのだから、やはり一度は触れねばならぬだろう! さぁやろう! 金は俺が出してやるから!」


「はぁ……まぁ、いいですけど……」


 よし! 言質はとった! さしもの貴様も今回は敗色濃厚! というかむしろ、俺があのゲームで負けたとあっては男の名折れもいいところである。此度は絶対に負けられん! 勝負の舞台は純白のテーブルに吹き荒れる嵐! 武器を用いて相手の隙を突くそのゲームとは、そう、即ち……!


「さぁ浅井! エアホッケーにて、尋常に死合おうぞ!」





 笑った! 高笑った! これは笑わざるをえない! なぜならこの勝負こそ、俺の勝ち筋がはっきりと見えたのだから!

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