俺が返り討ちにしてくれる!2

 ホームルームぎりぎりに到着。瞬間、本鈴。木下に睨まれながら着席。踏ん反り返りおって、なにもやらぬくせに偉そうだな無能担任。


「よし。全員出席だな。では早速ホームルームだ。来週の球技大会についてだが、このホームルーム内で誰が何をやるか決めろ。佐川。決まったら、放課後までにまとめて俺に知らせに来い。以上だ」


 木下。まさかの退出。それは職務放棄ではないか? いや、変に口出しされるよりは余程いいが、せめて進行を見守る役くらいは担うべきであろう。左様に過ぎた放任主義は、生徒たちにも不満が……


「クジでいいよクジで」


「怠い。全戦不戦敗でよかろう」


「佐川。貴様、適当に名前振っておけよ。俺はソフトボール以外だったらなんでもいい」


 ……教師が教師なら生徒も生徒だな。



「え、えぇ……では、クジで決めたいと思います……種目は……」


 壇上に上がったはいいが、蚊の鳴くような声だな佐川。誰も聞いていないではないか。クジ自体は滞りなく始まっているからよいのだが(佐川が出席番号順にクジを引いて割り当て、その結果をごにょごにょと言いながら黒板に書いている)、もっとしゃきっとせねば男として見られぬぞ?






「では、次、田中君ですね」




 お、ようやく俺の番か。はてさて。さほど興味はないが、やはり気になるのは人の性よな。運動は不得手だが、たまの息抜きは丁度いいだろう。どれ、どの種目が出るか、見学見学……



「えぇ……はい。田中君は、卓球ですね。では次、珍蔵橋君は……」



 待て! 卓球だと!?


「ちょ、ちょっと待った!」


「あ、田中君。どうかしたのかい? 時間がないから、手短に頼むよ」


「どうかしたのかい? ではない! 卓球は却下だ! やり直しを要求する!」


 卓球など誰がやるか! あぁ! 忘れもしない中学時代! 同じく球技大会で、同じく卓球の選手として選出されたあの時! 試合中、体操着の尻部分が破れ、晒し者になりながらラリーを続けたあの屈辱が蘇ってくる! おのれ佐川! ふざけたものを引きおって許さんからな! 俺は絶対にやらんぞ卓球なぞは! 


 おっとなんだ? クラスの馬鹿共が何やらうるさいぞ?




「馬鹿言うなよ田中の馬鹿よ。いちいち引き直していたららちがあかんだろ。佐川。田中の馬鹿は卓球で変更なし。続けろ」


「そうだぞ馬鹿田中。貴様、こんな時まで迷惑をかけるか。自重しろ自重」


「まぁまぁ皆の衆。しばし待ってはくれぬか。この田中、実は卓球中に尻の割れ目を晒す生き恥を味っておってな。きっとそれがトラウマとなっておるのだ。どうだ。ここは田中の引き直しを認めてやらぬか」


「そうなのか馬鹿田中」


「田中の馬鹿よ。そいつは恥だな」


「それならば仕方がないな。馬鹿の抽選をやり直してやろうではないか」




 貴様ら同じ中学だったのだから知っているではないか! 揃いも揃って茶番を演じおってふざけるなよ!


「すまん。哀れな馬鹿田中よ。左様な事情があるとは露知らなんだ。俺だったら生きてはおれん生き恥をかいていたとは、まったく貴様にかける言葉もない。どうか、引き直してくれ」


「確かに俺なら自殺ものだ。田中の馬鹿よ。これは大変に同情を引く過去だぞ。引き直せ引き直せ。それで貴様の気がすむのであれば、思う存分引けばいい」


 巻き起こる、「引け」の大コール。おのれ……おのれおのれ! とんだ見世物ではないか! 分かった! 分かったよ! 引けばよいのだろう引けば! 騒ぎおって馬鹿共めが! 見ていろよ! 卓球以外の種目、見事当ててみせようぞ! 佐川がなぁ!


「佐川君! 引けぇ! クジをぉ!」


「えぇ……うん。じゃあ、引くね」


 さぁ佐川よ! 見事卓球以外を引き当てるがいい! 俺の命運、貴様の五指にかかっているからな!?


「えっと、田中君。卓球です」


 なぁぜぁあぁ!?




「なんだまた卓球か馬鹿田中」


「せっかく引き直しを認めてやったのにこのザマはなんた田中の馬鹿よ」


「田中。これはもう卓球をやるしかないな」


「そうだ。これはもはや運命よ。馬鹿田中。卓球をやれ卓球を。そして再び貴様の薄汚い尻を白日に晒すがいい!」



 始まるクラス一丸となっての「卓球」大合唱。もはや引き直しなどできぬのと同時に、競技中、確実にクラスメイトから冷やかしを受ける事確実。おのれ! 怒りで言葉も出ぬ! くだれ天誅! 貴様らは絶対に楽には死ねんからな! 覚えておけよ!? 







 ……




「いやぁ田中君。僕もまさか二連続で卓球が出るとは思わなかったよ」


「……」


「久しぶりにルノアールへ行かないかい?」などと言うから、貴重な時間を削って付き合ってやったというのに、卓球の話題を蒸し返すか佐川よ。貴様は余程俺に不愉快な思いをさせたいようだな。


「しかしこれも運命。いや、忌まわしき過去の呪縛から解放される為の試練だと思うよ田中君。此度の球技大会、君の勇姿を見せてやろうよ!」


 こいつ、本気で言っているのか?


「……佐川君」


「なんだい田中君!」


 ……すっかり鼻息が荒くなっておる。本気きょうきだ。狂人相手に諭す言葉を俺は知らんし、何より面倒だ。話を変えよう。


「まぁいい……それより君、最近原野と会っているかい?」


「原野さん? いや、この頃はあまり……どうしたんだい? 原野さんに、何かあったのかい?」


「いや……なに、ちくと気になっただけよ」


 知らんか。知らんのであれば、迂闊に話をするのは野暮だろう。人の噂をばら撒くのは好かんからな。


「そう……ならいいんだけれど、原野さん。なんだがこのところ、様子が変な気がするんだ。学校で会っても、軽く会釈するくらいで、話もしないし……それに……」


「それに?」


 何か知っているのかこいつ。


「……これは聞いた話なんだけど、彼女が昔交際していて退学になった男が、最近学校の周りを彷徨いているらしいんだ……」


 昔交際していて退学になった男? よもや、そいつは……


「……川島か?」


 いやまさか、さすがにあの爬虫類面とて、左様な不審者にはならぬと思うが……


「名前までは……ただ、蜥蜴面とかげづらの陰気な奴だと……」


 ……確定だな。川島だ。


 彼奴め。さてはストーカー化したな? 女々しい奴。昔の女の尻を追いかけてどうしようというのか。


「ねぇ、田中君。もしこの話が本当で、原野さんが困っているなら、助けになれないものかな」


 身を乗り出し涙目で何を訴えるかと思えば……佐川よ。それは傲慢というものだぞ? 頼まれてもいない助力などいい迷惑だし、より事態を悪化させる可能性もあるのだ。こういう時は、黙って見守るのが最も限りなく正解に近い。


「佐川君。その気持ちは分かるが、彼女にとって大きなお世話なはずだよ。独りよがりに事を決めるのはよくない」


「でも、今の原野さんは……」


「でももへちまも苦瓜もない。一方的な感情というのはありがた迷惑だ。それに、助けを欲しているのであれば既に声をかけてきているだろう。それがないという事は、そういう事じゃないかね」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……納得いかないかい?」


「うん」



 佐川め。正直に答えよる。しかし……


「僕は、原野さんの為に何かしたいんだ!」


 中々に男の目をするようになったではないか佐川! なまくらだが、光るようになったな!




「本気かい?」


「本気さ」


 うむ!その心意気は天晴! あまりお節介を焼くのも間抜けだし、何より惚れているなら逆効果な気もするが、この気概を無下にするのも憚られる。


 仕方がない。


 気は進まんが、ここは、奴の男を立ててやるとするか。説得するのも難儀だし、何より恋の心がもたらす愚考は、言って治るようなものではないからな。




「……分かった。俺の負けだよ佐川君」


「ほ、本当かい!?」


「あぁ。ただし、原野に話してみて、迷惑だと言われたらすっぱり諦めるように。この条件が呑めなければ、俺は協力しない」


「分かった! かしこまりだよ田中君! いやぁやっぱり君は男だ! そして親友だ! 君と出会え、そして話せる今生の絆が、とても尊く思えるよ!」



 煩わしい! 距離! 声量! 精神! すべてがおかしいぞ貴様!


「落ち着きなよ佐川君。ともかく今は、目の前の珈琲とコーラを楽しもうじゃないか」


 




 佐川め。作用にコーラを吸い込みと炭酸で咽るぞ? ほうらやっぱり。ゲホゲホと見苦しい。まったくなってないなぁ貴様は……


 勉学、ノート。

 どうにも知的欲求が旺盛だな最近は。いい。今は忘れよう。それより、明日原野になんと言おうか……

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