俺が返り討ちにしてくれる!3
翌日放課後。
佐川を引き連れ一年の階層へ。だが、奴から大事を聞き出す案はない。色々と思案は巡らせたが、結局どう話を切り出すか考えあぐね、ノープランで突貫する事と相成ったからである。昨晩は佐川が妙案を思いつくだろうとたかをくくり八時間睡眠を決め込んだのだが、いざ登校して話してみるとこの馬鹿「まったく考えが及ばず申し訳ない」と、二ヘラと笑いながら謝意を示してきおった。まったく何の役にも立たん。
「原野さん、話してくれるかな……」
佐川め。今更なんと弱気な。貴様、左様な心意気で本当に原野の助けになりたいと思っているのか? 半端な覚悟で人の事情に首を突っ込むなど無礼でしかないのだぞ?
「止めるかね」
だが、それを指摘しても仕方がない。要は本人の心持ち次第。俺は佐川の男を見込んで助太刀してやるのだから、此奴が日和るのであればそれまで。それで此奴を軽蔑する事もないし、ましてや攻めるなど御門違いもいいところである。全ては佐川の思う所次第。故に俺は此奴の判断を否定しない。さぁ、決めろ佐川。どうするね。
「……いや。やろう田中君。申し訳ない。言い出しっぺの僕が、とんだ臆病風に吹かれてしまっていたよ」
……うむ! 男はそうでなければな!
平素はただの軟弱なもやし坊ちゃん眼鏡でまるで見込みのない貴様だが、惚れた女の為に奮闘せんとするその覇気は見事であるぞ?
「佐川君。君って奴は、男だね! おっと、いたぞ原野が! さぁ、頑張りたまえよ! いざ行け佐川! 三国一の伊達男!」
ここは大手を振って送り出してやろう。佐川よ。根性見せろよ!
「ちょ、ちょっと田中君! こ、声が大きい! それと高笑い!」
なんだ声が大きいくらいで騒ぎおって。こそ泥のように口をすぼめてごにょごにょと掠らせるのは性に合わん。悪いが、俺は俺の俄を張らせてもらうぞ!
「左様に瑣末な事をいちいち気にするなよ佐川君! 肝の小さな男は嫌われるぞ! どれ、共に元気に笑い合おうではないか!」
「いや、田中君。田中君!
目立つからなんだというのだ。いったい何が困るというのだ。ここは電車内か? 上映中の映画館か? 違うだろ? 違うだろう! ここは学校! そして廊下! 騒いだところで誰に迷惑がかかるだろうか!? 誰に咎められるというのか!? いないいないそんな奴は! いないのだ! であれば、何を構うことがあるだろう!? それに何をするにも抑圧されるこの時代、外せる羽目は投げ捨てねばストレスで死んでしまうぞ!? さぁ笑え佐川! 特に何がおかしいわけでもないが、ディオニソス信仰が如く笑い狂うがいい! なにせ、この乱痴気は……
「ちょっと、田中様。教室の前で何をトチ狂っていらっしゃるんですか? クラスの方々が怯え立っているではありませんか。やめて下さいませ」
かかった! いい塩梅に原野がこちらにやって来たぞ!
「おや。これは原野嬢。ご機嫌麗しく存じます」
「田中さま。
「それはよくない。で、あれば、本日はこの田中と隣に立つ佐川とで、
「……申し訳ないのですが、本日は気が乗りません故、またの機会にしていただけませんか?」
やはり断るだろうな。だが、そう簡単には逃さんぞ? 一度針に食いついた以上、確実に釣り上げるのが俺の信条。さぁ、ここからが勝負どころだ!
「は、原野さん。そんな事言わずに……」
おっと佐川。そのアシストはナンセンスだ。気弱な態度は付け入る隙を見せているようなものだぞ?
「生憎ですが佐川様。お帰りください」
そら見ろ。けんもほろろに拒絶されてしまったではないか。いいか佐川よ。男はな。優しいだけでは駄目なのだ。時には強引に、時には激しく攻めねば女の琴線に触れられぬのだ。どれ、俺が手本を見せてやる。
「左様な無体を言わずにどうか付き合ってくぬか原野よ! 此度はこの佐川君がどうしても貴様と話をしたいと、
さぁ、大の男が声を上げての大見得だ!
「ちょ、ちょっと田中君! 君、本当に
「離してくれ佐川君! 俺は君の為に、男を示したいのだ!」
「し、しかし田中君! それでは君ばかりが辱めを受ける事になってしまう! それでは、それでは僕の立つ瀬がない!」
「それでいいのだ! だから止めてくれるな佐川君……これぞ、これぞ男田中の心意気よ!」
佐川め。慌てよる慌てよる。
……馬鹿め!
俺が本気で
「……」
「……」
「……」
沈黙。
何だ。なんなんだこの間は!? 原野よ! なぜ動かん! 貴様、男一人が地に頭をつけようとしているのだぞ!? それを黙って見過ごすというのか!?
「はぁ……」
嫌味なほどに露骨な溜息……まさか、こ、こいつ!?
「は、原野?」
「……どうかしましたか? 田中様。早く
やはりだ……やはりこいつ、俺の目的に気付いて……!
「もういいです。分かりました。気は乗りませんが、田中様がそこまでなさるのであれば
「……」
……寒気がする。凍え死にそうだ。蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事。冷徹なる魔女の目が、俺の血液を氷結させている。
奴は本気だ。本気で
な、なんという女だ……なんと不吉な目をしているのだ! 俺は、俺は恐ろしい! 此れ程の恐怖は、児童の頃に観た番町皿屋敷以来だ! さ、逆らったら呪われる……確実に! しかし、お、お、俺が頭を、額を地に落とさねばならんとは……く、屈辱だ……!
「……呪いの方が、良いですか?」
ぐ……こ、怖い!
おのれ! そもそも何故俺がこの様な目に遭わねばならぬのだ! くそ! しくじった!
「……分かりました。本日より京は、毎夜の呪言を日課とし、憎悪を込めて、貴方を想う事に致します。それでは、おつかれさまでした」
あ、ちょ、待て! こ、腰が抜けて動けんのだ! おまけに喉も開かず息さえできぬ! さ、佐川! 貴様、原野を止め……
「……」
失神している場合か佐川ぁ!
くそめ! こ、声……声を出さなければ……し、死ぬ……
「は、はらのぉ!」
よし! 出た!
「……」
「お、おねがいします! ほ、放課後付き合ってください!」
俺は喉から出血する程に必死であった。なぜなら、そのままだと死ぬからである。
「分かりました」
瞬間、脱力。
くそ! 腹の目! にっこりと笑いおって! そして俺よ! 安堵しおって! まったく困ったものだな! 本当に! 本当に!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます