貴様が測るのではない。俺が測るのだ!3

 いかんいかん。気を取り直して補助任務続行だ。学徒もちらほら第二グラウンドに上がってきているようだし、速やか執り行おう。




 天候良好風弱し。絶好の立ち幅跳び日和ではないか! 机を設置しメジャーを携え、測定準備いざ完了! さぁ来い一年! 遠慮はいらん! 篤と立ち跳ぶといい!









「二てん四五です」



 ……


「はい、次の方」


「えい!」


「二てん、三です」


 ……




 うむ。地味だ。砂埃も然程立たぬし流血沙汰もない。退屈である。まぁ平和が一番か。問題が発生すれば何かしら対応もせねばならぬしな。一年は総勢二百人余り在校しているが、なに、一人当たり一分もかかっていないのだ。流れ作業ですぐに終わるだろう……


 おっとそうだ。原野の相手を探すのであったな。すっかり失念していた。体調不良でそれどころではないのだが、いや、だこらこそ、気を紛らわす為にも多少の遊び心は必要だ。さてさて、いかほどかな……む、奴などどうかな? まるで熊かと見間違うような体躯に宿る、隆起した筋肉。一目見て分かる逞しさである。あれだけの図体なのだから、きっと精神力も並外れているだろう。原野の毒牙も効かぬに違いない。恐らく彼奴こそが原野の男だ。そうだな……名は仮に、オフレッサーとでも名付けようか。

 おや。そのオフレッサーが跳ぶようだ。お手並み拝見といこうじゃないか。どれどれ、と……




「三てん五十です……」


 ……スマートフォン用意よし。検索ワード【立ち幅跳び 世界記録】


 ……三てん六十




 化物め。生まれた時代を間違えたな。石器時代であれば、マンモス狩りの名手として名を馳せ、英雄と成り得たろうに。


 おや。坊主頭の一年がオフレッサーに近付いていくぞ。いったい何用だ。あまり近付くと食われてしまうぞ。


「さすが乙女氏。ものが違う」


「当然よ! この乙女薫は、世界を手にする男だぞ!」


 ……こうまで名と体が相反している生物を、俺はかつて見たことがない。

 それはいいのだが、あれは違うな。さすがに規格外過ぎて欲情せぬだろうし、品がなさ過ぎる。それに、原野の反応だ。やつめ、オフレッサーを避けておる。メジャーの先端を持って測りに行く際、極力奴に近づかぬようにしているように見えた。あれは拒絶の表れ。確かに逸材ではあるが、野生動物に恋心を抱く女は少なかろう。仕方ない。次だ。次の候補を探すとしよう。はてさて。誰が原野の番かな……


けい


「あ、幸雄さん……」


 なんだ。随分美形なもやし男が原野に近付いているではないか。ふん。しかし、あれは顔だけだな。根性が腐っている。あの爬虫類のような形をした美顔は、もれなくクズでゲスで自分勝手で、人を人とも思わない、地の底に住まう獄卒にも劣る、悪逆非道な冷血漢の、残虐極まりない大の悪党に決まっているのだ。


 ……なんだ? そのクズでゲスで自分勝手で、人を人とも思わない、地の底に住まう獄卒にも劣る、悪逆非道な冷血漢の、残虐極まりない大の悪党が、馴れ馴れしくも原野の肩を抱きながら俺を顎で指して「あれは誰だ」などと聞いているではないか。目上に向かって「あれは誰だ」はないだろう。やはり失礼な奴のようだな。


 ……原野よ。なぜ顔を赤らめている。風邪か? それとも春の陽気に火照ったか? しかし、色白故、朱が目立つな。染まった頰もまた可愛らしくもあるが、俺はやはり雪色の柔肌の方が……おや、なんだ? クズでゲスで自分勝手で、人を人とも思わない、地の底に住まう獄卒にも劣る、悪逆非道な冷血漢の、残虐極まりない大の悪党が、俺に近付いてくるぞ?


「先輩。俺、川島といいます。お話し、いいですか?」



 こいつ、話しかけてきおった! なんだ!? 何の用だ!? 



「作業中故、手短に頼む」


「分かりました。ならば単刀直入に申しますが、アレ、俺の女なので、手を付けないでいただけますか? 倉庫の方で二人が話してるの見たんですよ。俺、証拠がなくても、手が出る性格なので、お願いしますね」


 クズでゲスで自分勝手で、人を人とも思わない、地の底に住まう獄卒にも劣る、悪逆非道な冷血漢の、残虐極まりない大の悪党が「アレ」と言ってる原野。お前、それはつまり、まさか? まさかだろう? 原野よ。いや、本当に?


 ……原野よ。なぜそう不安そうな目を向けるのだ。しかも俺ではなく、クズでゲスで自分勝手で、人を人とも思わない、地の底に住まう獄卒にも劣る、悪逆非道な冷血漢の、残虐極まりない大の悪党の方に。


 ……これはつまり、認めたくはないが、どうやら、そうなのか。確定という事か。


 愚かな。見損なったぞ原野! まさか、貴様のような魔性が、このようなクズでゲスで自分勝手で、人を人とも思わない、地の底に住まう獄卒にも劣る、悪逆非道な冷血漢の、残虐極まりない大の悪党と番になっていようとはな!? 失望! 失望だ! もはや失望しかない! まったく何を考えているのだ原野よ! 恥知らずにも程があるぞ!? 



「返事をしていただかないと、分からないのですが」



 何様だ此奴は。高圧的な態度が癪に触る。やはり爬虫類顔は駄目だな。このような輩ばかりだ。信用できない。

 しかし、かといって無駄な争いを起こすのも愚策というもの。君子危うきに近寄らず。無益な争いは百害あって一利なしである。致し方なし。釈然としないが、ここは折れてやろう。


「あいや、これは失礼した。何の気なしに談笑していたつもりであったが、原野の良人とあらば、その見方も変わるだろうな。話は聞いていたのにも関わらず、一年の記録を測定するというのに相手型の男の心を配慮しない軽率な行動であった。許せ」


 吐いていて反吐が出そうな謝罪の台詞であったがまぁよい。これぞ大人の対応よ。


「分かっていただけたのなら大丈夫です。失礼致しました」


 そら見たことか! 無事解決だ! 

 憎しみは何も産まぬ。手を取り合っての対話が第一。笑顔と笑顔でラブアンドピース。さすれば世界は平和なのだ。例え、「あの二年。川島に凄まれて日和っているじゃないか」などという声が聞こえてきても、それは瑣末な問題である。はらわたは煮え繰り、今にも灼熱の吐瀉物を撒き散らしそうではあるが……まぁいい。続きだ続き……








 終わった。

 一年の測定はやり終えた。二年が来る前に俺と原野の記録を計ろう。



「原野。頼む」


「あ、はい。ただいま」



 よし。ではいくぞ……! 俺よ! 翔べ! 天に昇り伝説となれ!

 

 大地を蹴った瞬間、現世うつしよとの乖離がはじまった。


 風。


 感じずにはいられなかった。魂を縛る肉体が、塵のように吹かれ消えていく感覚……万物万象からの解放……俺は今、この地球ほしと一体となり、全てを包み込む母体へと……



 ニてん二です。




 ……水を差された気分だ。先に調べたサイトによると、平均よりやや下回るくらいである。病中とはいえ、情けない話だ。



「あの人、運動神経もないみたいだぜ」



 うるさい馬鹿! 

 とはえい相手は一年、遠くから聞こえる嘲笑には激憤しかしないが、努めて冷静を装うのが先輩の正しい姿だろう。



「こんかものよな!」



 高笑い。正直ヤケクソ気味ではある。



「田中様。見事な飛翔っぷりでございました!」


 原野よ。慰めは時にいらぬ敵を作るぞ? 空気を読め空気を! 俺は今確かに笑ってはいるが、決して愉快ではないのだからな?



「原野。次はお前だ。早う跳べ」



 苛立だたしい。それ故、隠す為に原野を急かしてしまった。だがそれも仕方のない事。俺を認めぬ世界が悪い。おのれどいつもこいつも。今に見ておれよ? 社会に出て、もし同じ志を目指す仲となったなら、ボロ雑巾のようにこき使ってやるから覚悟しておけ!?



「田中様、如何なさいましたか? なにやら、お怒りのようでございますが……」


「なんでもない。さっさと済ませよ」


 ますます八つ当たってしまった……いかん。冷静さを欠いている。さっさと測定を終わらせ、一休みするとしよう……お、跳びおったな。どれどれ結果は……


 二てん零……


 俺とほとんど差がないではないか! おのれなんたる屈辱! なんたる不甲斐なさ! だから女の社会進出など認めてはならぬのだ! 俺のような男が哀れだとは思わぬのかフェミニスト共は!?


「田中様! 京。跳びました!」


 これ見よがしにはしゃぎおって原野め。そんなに立ち幅跳びが楽しいか。飛び回る姿も愛らしいのが気に食わん。だが、その愛らしさに免じて今日のところは許してやろう。ありがたく思えよ?



「あっぱれ! 大した女傑っぷりよな!」


「はい! ありがとうございます!」



 ほとんど社交辞令の賛辞であったが、随分な喜びようだな。まぁ良い。そろそろ、本気で身体が重くなってきた……休もう……おや。ちょうど隅に木陰ができているではないか。しかも下は芝だ。これは寝るしかあるまい。一日はまだまだ長いが、とりあえずは、寝よう……

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