この俺が働いてやろう!3

「まず、お前には店の勝手を知ってもらう」


 開店十分前に何を言っているんだ。だったら朝の会議などやらず、その時間を使って案内すれば済んだではないか。画一的な仕事しかできぬのは無能の無能たる所以だぞ店長。


「まず入り口から正面すぐが野菜売り場。直進して突き当たり、左から順に魚。肉。加工品。そこから左に曲がって冷凍食品。ジュース。アイス。パン売り場。酒。外列は以上だ。次に内列。入り口から見て右から日用品文房具。菓子類。食用品。その他。陳列の説明は終わり。何か質問はあるか?」


「はい。覚えきれないので店内地図をいただいてよろしいでしょうか」


 いきなりワッと言われても理解できるわけがなかろう。頭が悪いと教え方も下手なのだな!


「そんなものはない。記憶できなかったらやりながら覚えろ」


 無茶な。そんな事でまともに業務をこなせるものか。

 ……ははーん。分かったぞ。さてはこのスーパー。ブラック企業というやつだな。ならば納得。この金髪ヤンキーが店長なのは、まともな人間が皆逃げ出してしまって他にいないからに違いない。そうでなければ合点がいかぬ。本来店舗責任者とは、もっと思慮深く、威厳に満ちていなければ勤まらぬだろうからな。つまりは、この金髪は消去法で選ばれた、出涸らしの底に沈んだ屑なのだ。まともなわけがない。そのような人間と正面切って接しても骨折りにしかならん。狂人との対話など自らの精神を磨耗するだけだ。話半分に聞き流す事にしよう。


「……分かりました! 一所懸命頑張ります!」


 話が通じぬ相手には「はいはい」と言っておくに限るのだ。触らぬ神に祟りなし。


「なんだ。ちゃんと返事できるじゃないか」


 なんだとはなんだ。平時であれば造作もないわ。貴様と違って一般常識くらい身につけておるからな。それをこの小生意気な金髪に思い知らせてやりたいが、今抱いているこの心情。この気持ちを隠すのもまた一般常識。本音と建前を分けるのはビジネスマンの基本マナーである。この田中。その程度の分別は幼子の頃から弁えておるよ。


「よし。それでは朝の品出しの続きをやってもらう。もうお客様がご来店されるから、手早くな。後は倉木さんの指示に従え。以上だ」


「かしこまりました! それでは行ってまいります!」


 直立敬礼駆け足移動。一分の隙もないスムーズな流れ。我ながら素晴らしい動きだ。感動に値する。しかし、よりによってあの婆の下につけとはな……

 倉木。朝一で会ったあの婆。あやつめ、今朝方俺が到着するなりまずい菓子と茶を寄越してくだらぬ身の上話しなど始めおった。こっちは愛想笑いでいっぱいいっぱい。その上、豆腐の陳列が二回に分かれる事も聞かされなかったおかげであのヤンキーに絡まれる羽目となったのだ。いい加減にも程がある。まったくこれだから最近の老人はいかんな。何でもかんでも適当でマイペースなものだから、仕事がまるでできな……


 待て。


 行進止め前方注意。倉木の婆を発見、しかしあの婆! 曲がった腰で何をやっている! 


「ちょっと倉木さん!」


 駆け足再開! 目標倉木の婆! 疾走疾走! ……到着!


「あらぁ田中君。どうしたのぉ」


「あ、危ないですよ……何をやっているんですか……」


「野菜ジュースの陳列をねぇ。やっていたのよぉ。これが中々重労働でねぇ。いつもは店長にやってもらってるんだけどねぇ。今日はいないからねぇ」


「ぼ、僕がやりますから、他の仕事をお願いします……第一、上の棚に届かないでしょう……」


「まぁ本当ぉ。田中君がやってくれるのぉ? 助かるわぁ。男の子は頼りになるわいねぇ」


 うるさい婆! どう考えても貴様には上背が足りてないであろう! だいたいペットボトルを持つ手が震えていたではないか! 危険極まりない! ここは三途の川への停留所ではないぞ!? ヤンキーがいないなら他の人間を呼べ!


「それじゃあ、お願いねぇ。私は野菜の手伝い行ってくるからねぇ。今日は小松菜が沢山来るらしいから、板倉さんが忙しい忙しいって言ってましたからねぇ。本当にありがとうねぇ。田君」



 …………


 行ったか。


 まったく、歩くのにも難儀していそうな腰曲がりではないか。あんななりでなぜ斯様な作業を行おうと思ったのか甚だ疑問だ。というか、そもそも野菜ジュースの棚を一段下げれば済む話ではないか。なぜそうしない。劣悪な労働環境では優良なサービスは産まれぬぞ? まったくあのヤンキーめ。本当に無能ではないか。まずはヒューマンリソースの観点から労働を捉え、仕事というのは生活していく上において手段の一つでしかないという認識を……


「田中」


「はいぃ!」


 聞き覚えのある決して慣れない恐ろしい重低音! 件のヤンキーだ! なんだ貴様はいちいち背後から! 人の後ろに立たねば喋れぬのか!? 嘆かわしい! マリオのテレサが如く小心よな! それでも男か!? 


「悪いな。倉木さんに聞いたとは思うが、その野菜ジュース、いつもなら俺が棚入れしているんだよ。」


「悪いな」だと? その通り。極悪の化身だよ貴様は。なぜ俺が野菜ジュースなどを陳列せねばならぬのだ。貴様がやれ貴様が。


「いえ! 仕事には向き不向きがありますし、なによりお年寄りを労わるは若者の務め! 配慮を欠かず、できる者ができる事を行えば職務も職場も円滑円満に捗る事間違いなしだと考えます!」


 が、ここはやはり建前優先。争いは無益だ。


「……一言一言がいちいち嘘くさいが、まぁいいだろう。ちゃんと働くなら文句は言わん」


 気に入らない言い方だな。素直に讃えればよいではないか。俺は褒められて伸びる質だぞ? 上に立つ者、それも店長クラスであるならば部下の性格を高い次元で把握しておけ。まったく。そんなだから他の従業員が働かんのだ。職務怠慢ではないかねヤンキー君。もっとも、貴様の人間力と人心掌握能力には然程期待してはいないから、そこは諦めてやろう。朴念仁に啓発な話をしたところで、馬の耳に念仏を唱えるようなものだからな。だが、とりあえずは、倉木の婆でも単独で仕事ができるよう提言してみるか。こればかりはさっさと変えた方がいい。労災にでもなったら大変な事態だ。誰も得をしない。


「言動に関しては以後気をつけます! それより店長。一つ提案があるのですが……」


「なんだ。言ってみろ」


「言ってみろ」ではなく、「聞かせてほしい」の方が角が立たぬぞ? まぁ、育ちが悪く粗野粗暴な貴様に言葉遣いなど求める方が酷というものだがな。


「この野菜ジュース。倉木さんが棚入れするには位置が高いと言わざるを得ません。一段下の、このカロリーを気軽に補充できる補助食品と入れ替えてはどうでしょうか」


 どうだ。非の打ち所がない相談。俺は高校二学年にして、既にホウレンソウを使いこなしているのだ。貴様とはココが違うのよココが。


「……それについては検討しているし、実際に一度変えた事がある」


「え? そうなんですか?」


 おいおい。嘘を吐くなよボンクラ。ならば何故わざわざ元に戻す必要があるのだ。無能は言い訳までが無能だな。愚かな奴だ。


「お前今、俺が嘘をついていると思っただろう」


「め、滅相もない!?」


 見破られたか。頭が足りない分、直感は鋭いらしいな!


「……いいがな。どの道、やり方を変えられなかったんだ。どう思われようが、仕方がない」


 お、なんだ? ヤンキーにしてはえらく殊勝ではないか。どうやらこやつの話、信用してもよさそうだが、そうなると何が起こったかが気になるところであるな。どれ、聞いてみるか。


「いったい何があったんですか?」


「暇になって気が向いたら教えてやる。それより、そろそろ開店だ。朝一と昼一は接客と陳列の並行作業だ。それなりに忙しいから、気を引きしめろよ。俺は他の部署を手伝ってくるから、ここが終わったら報告するように。じゃあな」






 …………




 勿体ぶりおって。つくづく気にいらん。どうせ大した内容でもなかろうに、何を言い淀む必要があるというのか。

 だがまぁいいだろう。考えてもみれば、こんな店の事情など俺の知るところではないしな。


 それにしても、気を引きしめろ。か……笑わせてくれる。賎民を相手に安かろう悪かろうな商品を売りつける仕事など、さして留意すべき事もなかろう。白痴のようにヘラと笑い、甲高い声で受け答えをすれば良いのだから楽なものよ。本来であれば道化の役回りだが、これも定め。此度は俺が請け負ってやる。覇王が戯ける様を目にできるのだから、今日の客は幸運であるな! よし。時計の針が九時を指した! 開店の時間だ! ヤンキーよ! 俺の見頃な仕事ぶり、篤と観さらすがいい!

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