俺が返り討ちにしてくれる!9
聴取は三十分程度で終わった。
「警備を強化する」
とは言っていたが、最近、若手教師が相次いで辞職しているあたり望みは薄い。あまり人員は割けんだろう。時代錯誤な年功序列や上意下達の弊害が預かる生徒の身の危険に繋がるとは……それでよく組織としての体面が保てるものだ。呆れ果てるばかりだ。
「け、警察には相談しないのかな!?」
で、佐川に一部始終を話したはいいがなんとも気弱な言葉である。
伝えるかどうか少々迷ったが、元はといえば此奴が言い出したこと。報告せぬのはそれこそ無責任となろう。
「考えておく。などと茶を濁していたよ。相手は元生徒。実害が出てない以上、事を大きくしたくはないのだろうね」
「そんな! おかしいじゃないか!? 何も起こさない為に策を練るんだろう!」
おぅおぅ。熱いな佐川。だが、そんなもの俺に言われてもどうしようもないのだ。貴様とて、それは承知していよう。
「どうしようもないさ。校内の規律は教員の敷いたもの。口出しはできまい」
「で、でも……これは納得できない!」
「では、俺達が警察に言うかね?」
「……」
佐川よ。この行いが如何に無意味か、貴様の
「……無駄だろうね……学校へ連絡が回り、先生方が、仔細なし。と判を打ったような返答をするのがオチだ」
うむ。その通りだ。要するに、打つ手なしなあのである。平素の貴様であれば左様な計算は容易に描けるだろう。故に頭を冷やすのだ佐川よ。貴様は頭脳しか頼りにならぬ。それを忘れてしまっては、文字通りの能無しとなってしまうのだぞ?
「……ごめん田中君。僕は冷静さを欠いていた」
「かまわないさ。それより、俺達だけでもできる事をしよう。肉体の不利もそうだが
あの異様。思い返すだけで怖気がする。人はあそこまで他人に執着できるものであろうか……俺には理解できぬ、深い業だ。
「うん。田中君の言う通りにするのが最善だと思う。それと、この事、原野さんには……」
「控えておこう。無駄な心労は返ってよくない。校側の情報管理能力に脆弱性がある可能性は多分にあるが、その時はその時。原野も馬鹿ではない故、分かってくれるだろうさ」
「そうだね……それにしても、その川島という人間は、何が目的なんだろう……」
「さてね。だが、狙いが原野である事は確かなのだから、送り迎えは勿論の事、学校においてもあのお姫様に危害が及ばぬか注視しよう……」
注視といっても腕力では敵わぬし、いつ何をしてくるかも不明なのである。できる事といえば、原野から目を切らず、ポケットに忍ばせたスマートフォンですぐさま警察に通話できるよう準備するくらいなものだ(それを見た原野の奴、「頼もしい事」と皮肉を交えて笑いおった!)。なんとも心許なく、不安は尽きなかった。
だが結局のところ難はなく騎士ごっこと揶揄されるような毎日が続き、俺達が抱いていた警戒心は少しずつ薄れていった。
そうして時は過ぎていき、待ちに待っていない球技大会の日を迎えたのである。
「あ、田中君。僕ちょっと、用事があるから……」
教室を目前にして佐川めどうした。目を泳がせているが何事だ。
「なんだい?
「ま、まぁ、そんなところかな……」
いやに歯切れが悪いな……腹痛でももよおしたか?
「なんだか知らないけれど、じき球技大会が始まる。急ぎなよ」
「う、うん……じゃ、じゃあね!」
……あの急いた様子、下っているのだろうか。緊張しいの佐川らしいともいえるが、妙な感じだな。登校中は涼しい顔をしていたのに……
……
「よう馬鹿田中。本日は丈夫な
「また尻部分が裂けたら事だぞ?」
……人が考え事をしているというのに、嫌な奴らがきた。
「男子のご開帳など、一度見れば十分だからな」
「せいぜい恥の上塗りをせぬようにな田中の馬鹿よ。今でさえ醜態を晒しているのだ。それが更に悪化すると思うと、さすがに偲びない」
「……」
馬鹿どもが勝手を言いくさる。苛立たしい。だが、こんなものは無視だ。構っている余裕はない。
「……」
「おっと。田中の馬鹿が鼻持ちならぬ態度に出たぜ」
「誠に不遜。狭量にも程があろう」
「待て皆の衆。所詮奴は小物よ。それを相手どって大器を求めるのは酷ではないかね?」
「それもそうだ。申し訳ない。田中の馬鹿よ」
「馬鹿田中。正直すまんかった」
「深くお詫び申し上げよう。foolish。貴様のpotato head具合、失念しておった」
一同一様に頭を下げるが謝意ではない事は明白。ぶつけられているのは侮りの感情。
……堪忍袋。四散!
「貴様ら! そこへ直れ! そのひん曲がった根性、修正してくれる!」
「おっと! 尻破れがご乱心めされたぞ!」
「捕まれば我らの尻も破られてしまう!」
「これは逃げねばなぁ!」
まだほざくか無礼者共! こうなれば徹底抗戦だ! 決して許しはせんからな!
「逃すか狼藉者めが! 天誅を下してくれる!」
あ! 散りおった! おのれどいつから成敗してくれようか! 今宵(まだ朝だが)は俺の魔剣が血を欲しておるぞ! っと、うん? うん!? うん!! 窓の外の人影! あれは爬虫類と、は、原野ではないか! あそこは佐々の手伝いをしていた日に奴と邂逅した視聴覚へと続く廊下……!
「……いかん!」
阿呆と阿呆な事をしている場合ではない! 何故原野があの爬虫類の後に続いているのか知らぬが、止めねば!
「? どうした平成の牟田口中将こと現代の愚劣代表田中よ。ジンギスカンでも拾い喰いして当たったか?」
「食い意地まで張っておるのか田中の弥太郎よ。しかし、さすがに地に落ちた肉は慎んだ方がいいぞ?」
「まったく。頭と顔のみならず育ちまで悪いとは……貴様、親に申し訳ないとは思わぬのか」
親は関係ないだろ親は!
と、それどころではないのだ! 急がねば!
「貴様らと遊んでいる時間はない! そこで勝手に騒いでおれ!」
駆ける! 疾走!
他人の揉め事になぜ此れ程必死となれるのか俺自身納得のいく解が出せずにいるが行かねばならぬ! ともかくダッシュだ! 間に合えよ!
「おい田中! 廊下を走るな!」
「危ないぞ田中! ちゃんと前を見ろ!」
「申し訳ございません!」
くそ! 走りながらも癖で謝ってしまった! 何故俺が謝罪などしなくてはならんのだ忌々しい! これも全部原野のせいだ! あとでジュースでも奢ってもらうぞ!
そんな合間に到着! さぁ! 視聴覚室へ行かねば! 教員は当てにならん。突貫し、暴れに暴れ事を公にし握り潰しが不可能なレベルでこの不祥事が世間に広がるよう仕組んでくれる! 事後など知るか! 成るように成る。だ!
視聴覚室前。窓一つない死角。心臓が軋み、喉が渇く。
……
「……」
「……」
……うん? 何やら、妙な音が……
「……して……を……!」
……微かに聞こえる声……これは……原野の声だ!
どうやら会話をしているらしいな。なれば安心。そして好都合。言い逃れはさせんぞ爬虫類め。このスマートフォンの動画録画機能を使い、自らが犯した罪への正当な罰が下されるよう万事を尽くしてくれる! 調子に乗って、軽率な発言を吐き出すがいい!
カメラを起動! 慎重に視聴覚室へと接近! 開校当時からあるといわれるこの教室、古いだけに防音性は低いようだ。さて、何を話しているのかしらんが覚悟しろよ爬虫類。貴様には二度と、日の目を拝ませるつもりはないからな!
しかし、静寂が満たす校舎の一角。獣と美女の声が漏れ出しても、それに気がつく人間は俺以外にはいない。つまり、俺が叫んでも……
えぇい! なにを弱気な! 気合いを入れろ気合いを!
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