俺が歩むべき道はきっと眩く輝いて

白川津 中々

世界の主役は俺だった1

 目が覚めた。

 カーテンの隙間から射し込む光が俺を祝福しているように思える朝である。実に気分が良いい。この世界において、やはり俺は主人公足り得る存在なのだろうと実感できる。


「おはよう世界」


 ツイッターにそう投稿する。見る目のない人間が多く、リプもリツイートもないが、それも今の内だけ。俺はまだ卵だ。いずれ殻を破り、持っている才覚を発揮すれば、誰もが畏怖と羨望の眼差しを向けるだろう。俗に塗れた世界に浸かっている凡夫共は、未だ芽が出ていない俺の天稟に気付けないのである。煌びやかに装飾された偶像しか見れず、物事の本質に迫れないとは、哀れという他ない。


 賎民が賎民たる所以を憂いながら起床。時間は七時半前。良いタイミングだ。腹の虫も空腹に耐え兼ね餌をねだって鳴いている。飯だ。飯にしよう。部屋を出て階段を下りリビングの椅子に着席。何もせずとも出てくる朝食。これは保護者の庇護に預かる未成年時代の特権だな。ありがたい。目玉焼きに塩を振りかけ準備は完了だ。

 俺は朝食一つにしても流儀を持っている。まずは白身のみをおかずにして白米の量を調整。良い塩梅となった所で納豆を白米に敷き、残った黄身を茶碗にドン! そして醤油! 納豆玉子丼の完成である。美味い。朝はこれだ。食の主役はやはり米だな。よくぞ日本に産まれけり。完食後は勿論「ごちそうさまだ!」と、母に感謝の礼を述べた。親しき仲にも礼儀ありである。

 さて。家庭の味を堪能し、できるのであればこのまま二度寝と洒落込みたい訳だが生憎と今日は平日。学生としての責務を果たさねば親が泣く。気分は上々支度は万端。玄関までさっと駆け、「参る!」と出立を報せ家を出る。

 玄関を開け天を仰いだ。空は高く、雲はない。降り注ぐ日輪の後光が俺を祝福している。鼻歌交じりに道を歩けば、いつの間にやら学び舎だ。はっきり言って、こんなところで得るものなどないのだが、「高校くらいは卒業せねばならぬ」という日本の慣習に従い毎日無意味に通っているわけである。これも未成年の枷。甘んじて受け入れよう。

 教室に入れば馬鹿共がいつもの馬鹿面を並べて馬鹿な話に馬鹿笑いを響かせていた。愚かな奴らだ。まったく、このような場所にいたら俺にまで馬鹿が感染してしまいそうで不安になる。馬鹿だけが死ぬウィルスでも流行らないものだろうか……しかしそうなるとまずは馬鹿の定義付けから……I.Qの高低で……


 馬鹿が死滅するウィルスがパンデミックを起こす妄想は中々素敵な物語を紡いだ。とはいっても、何も本当に本気でそんな物騒な事を考えているわけではない。この妄想は、いわば自分との対話のようなもので、無為な朝の時間を過ごす為の思考実験的なお遊びであり、小説を綴るようなものなのだ。確かに周りは馬鹿ばかりなのだが、彼らが死んだら土木や建築関係。飲食店の営業などを誰が勤めるというのか。重労働や精神を擦り減らすような職は、俺のような人間には相応しくない。そういった下層階級の仕事は彼らのような賎民がやらねばならぬのだから、死んでもらっては困る。いつかは俺がこき使う事になるだろうが、その時は、慈悲深く受け入れてやろう。いやまったく! 我が将来は安泰だ!


「実に愉快だ!」


 いかん。ヒートアップしすぎた。知らずの内に高笑いをしていた。クラスメイトからの冷視線が辛い。愚民共め。今に見ていろ。


「田中君。お楽しみのところ悪いのだけど、静かにしてくれないかい? みんな、今朝実施される数学の小テストに頭を抱えているんだ」


 誰だこの俺に腹立たしく注意しくさる馬鹿は。佐川だ。なんだ佐川か。この野郎佐川。佐川の分際で。

 おのれクソ眼鏡。偉そうな口を利きおって。勉学しか取り柄のない陰気坊ちゃん刈り如きがこの俺に指図するとはいい度胸ではないか! 貴様の顔面を前衛芸術のようにしてやろうか!?



「それは失礼した。よき陽射しゆえ、つい昂ぶってしまった。許せ」



 とはいってもわざわざ問題を起こす必要はない。金持ち喧嘩せず。無意味な争いは無益だ。気に入らんが、ここは紳士として礼する事にしよう。



「いや、分かってくれればいいんだ。しかし、田中君は随分余裕だね。今回の小テスト。結果次第では補習もあるというのに」


「万事を尽くし、天命を待っているだけよ。今更足掻いて何になる」


「さすが!」



 驚嘆したか佐川め。どうやら、俺の男を見せてしまったようだ。これは愉快だはっはっは! おっとしまった。愉快過ぎて再び高笑いを響かせてしまった。これは反省するとしよう。クラスメイトの視線が俺だけではなく佐川にまで冷ややな感情を見せている。これはさすがに申し訳ない。




 して、予鈴。本鈴。静まる教室。ホームルーム。担任の教師はゴチャゴチャと抜かし退場。その時間、僅か二分。職務怠慢ではなかろうか。もっとも教師風情の話など一文の得にもなりはしないだろうが。

 しばし間を置き、数学の教師が入室。いつも通りの青チョビた不景気な顔が癪に触る。



「前回言ったように、本日は小テストを行う」



 教壇から居丈高に物申す様が気に入らない。たかだか数学教師が何様のつもりだろうか。まるでヒットラーのようではないか。そもそも俺は数学が嫌いだというのに、テストだの補習だのと。まったく馬鹿馬鹿しい事この上ない。だんだんと腹が立ってきたぞ。いいだろう! こうなったら宣戦布告だ! 


 俺は何も記さずに用紙をひっくり返し、そのまま机に突っ伏す。ストライキである。どの道一問も分からぬのだから点数が付かぬ事に変わりはないのだが、努力した痕跡さえ見せぬとあらばそれはもう挑発行為。俺は、テストという名で生徒を脅迫し踏ん反り返るかの暴君に一矢報いる覚悟を決めたのだ。味方はいない、孤独な戦いなれど、男と生まれたこの世にて、やらねばならぬ事がある! テストの時間は残り七分! 貪り損ねた二度寝の時間ださぁ寝るぞ! 馬鹿な教師め思い知れ!








 放課後。俺は担任に呼び出しを食らった


「いくら小テストとはいえ、進級したばかりのこの時期に白紙提出とは随分と余裕じゃないか。有村先生、お前の事を、救い難い馬鹿だと言っていたぞ。補習もしてやらんだとさ」


 まさかここまで大事になるとは思わなかった。たかが小テスト如きで指導室行きとは……開いた口が塞がらない。あのような小さな反骨心すら笑って許せぬ教師だったとは……まったく狭量と言わざるを得ないだろう。度し難い限りである。俺はこのようなところで足留めを食っている場合ではないというのに。仕方がない。不本意であるが、ここは平に徹しよう。


「すみません」


「すみませんじゃないんだよすみませんじゃ。お前幾つだ。十七だろ? いい加減自分の行動に責任を持たなきゃならん年代だぞ? 他の科目も下から数えた方が早い上、何の取り柄もないじゃないか。人並み以上に努力せんでどうする」


「すみません」


「お前、今のまま卒業してもどうしようもないぞ」


「すみません」


「……」





「すみません」


「すみません」


「すみません」


「……」


 壊れたステレオのように連呼される「すみません」に担任は呆れているようだったが、次第に剣呑となり青筋を立てている。いい気味だ。金で使われている人間が俺に説教など百年早い。ストレスで胃に穴を開けるがいい。


「……もういい。ただ覚えておけよ。今のままじゃ、卒業も危ういからな」


「分かりましたさようならお元気で!」


 ようやく退室の許可が出た。瞬間。背を向け疾走。やれやれ。やっと解放されたか。月並みの脅し文句を吐きおって哀れな公務員め。せいぜい怒り狂って寿命を縮めるといい。あぁまったく長い一日だった。酷く疲れてしまった。

 校舎を抜けてコンクリートの大地を踏みしめ、風を感じながら俺は帰途につく。誰も俺を止められない。独尊とは、俺の為に作られた言葉だと、高らかに宣言したい衝動に駆られながら、大路を走る。気分がいいなぁ!

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