3-2. アラート
ヨシハラの車で家まで送ってもらっている途中、ケンスケがふと思い出したように言った。
「そういやお前、最近二回も404プログラムが稼働していただろう。報告をサボろうったって無駄だぜ。遠隔コントロールパネルでお前のステータスは全てチェックしてあるんだからな。で、サンプルファイルはどんな内容だったんだ?」
私にとってそれは、あまり触れてほしくない話だった。
「……まだちゃんと内容を整理できていないの。データ量が膨大だったから、処理に時間がかかって」
偽りではない。処理に戸惑っているのは本当だ。
サンプルファイルの中で、チャコにいじめられていたこと、ミツキに救われていたこと、ミツキの発言の真意、そして……サンプルファイルの主の正体。
現実の私が知っている情報と、近しいようでわずかにずれているサンプルファイルの中での認識。
私はどちらの情報を信用すればいいのだろうか。
そしてその「信用」という感情は、サンプルファイルの主のものになるのか、私自身のものになるのか……区別することはできない。
「ケンスケ」
「なんだ?」
「私は、これ以上404プログラムを稼働させるのは危険だと思う」
「どうして」
薄暗い車内で、ケンスケの眉間にしわが寄るのが見えた。だが、それでも私は続けた。
「ケンスケだって本当は分かっているんでしょう? 404プログラムは私の制御を超えて勝手に稼働するプログラムだから、いつ何が起こるかわからないんだよ。大事な時に急に動作を停止してしまう時だってあるかもしれない」
「だが、サンプルファイルはお前の『擬似人格プログラム』の精度向上を──」
「本当に? 本当にそうなの? むしろ私は混乱しているんだよ。サンプルファイルは色々なことを教えてくれるけど、私が直接周囲の人に触れて得ている感覚情報とは少し違っている。だってこれは私の記録じゃなくて、誰か別の人の記録なんだから。『擬似人格プログラム』の精度向上が目的なら、サンプルファイルを再生するよりも、宝星学園に通い続けて学生たちの情動を学習した方がよほど効率的じゃないの?」
「ああもう、ごちゃごちゃとうるせぇな! とにかく、お前の『擬似人格プログラム』は404プログラムによってアップデートされるように組んであるんだ。効率的かどうかじゃねぇ、そうしなきゃダメなんだよ」
「ケンスケ、それは論理的に破綻している。技術者らしくない発言だよ。ねぇ、どうしてそこまで404プログラムにこだわるの? これはバグみたいなものなんでしょう? アンインストールすることに何か問題でもあるの?」
するとケンスケは口をつぐみ、ぷいと私から顔を背けて呟いた。
「……理屈なんかじゃねぇんだよ、これは」
家の前に着いて、私たちが車を降りようとするとヨシハラに呼び止められた。ケンスケには先に降りてもらい、私は車内に残る。
「君と藤沢さんが言い争いだなんて珍しいよね。404プログラムってのは一体なんなんだい」
「あなたには関係ないことです。それよりあまり長引くとケンスケが不審に思うので手短かにお願いします」
車の外からじとっとした視線を向けられていることに気づき、ヨシハラは「確かに」と苦笑いを浮かべた。
「じゃあ結論をまず伝えよう。君が先日僕に依頼した例の件だけど……専門家の見解によると答えは『ノー』のようだ」
「……!」
ヨシハラの言う「例の件」とは、私がケンスケには秘密で依頼した調査のことだった。
以前ケンスケは、私の擬似人格を作り上げるのにBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)によって抽出したサンプルファイルを多数取り込ませたと言った。
だけど本当に多数なのだろうか?
それに、高価なBMIデータをフリーのエンジニアであるケンスケが使用できるものなのだろうか?
サンプルファイルを再生していく中で浮かび上がった疑問を、密かにヨシハラに調べてもらっていたのだ。
「BMIで抽出したデータを使って感情を持つ人工知能を作ろうという試み自体は存在する。ただ、理論上は可能に見えても、現実的には難しい問題なんだ」
ヨシハラはそう言って、彼が脳科学の専門家から聞いてきたことを説明してくれた。
そもそも人間の感情というのは、一つの事象に対して同時に複数沸き起こることが多い。
例えば夕飯を食べながら昼間の仕事の失敗が頭に浮かび、一方で読み途中の本の内容が浮かんだりする。この場合、「おいしい」「悔しい」「興味がある」の三種の感情が同時に発生していることになる。
そして、同じ事象でも人によって感じ方がそれぞれだ。ゆえに、多人数のBMIデータを混ぜ合わせてグルーピングしようとしたところで上手くまとまらず、整合性のとれた擬似人格を作り出すことは難しいらしい。
「もし、使うデータが複数人の短期間のデータではなく、たった一人の、3年以上絶えず計測し続けた脳波データなら、決して不可能じゃないらしい。ただそれはコストの面でも、被験体になる人に対する人道的な面でも、現実的な話ではないんだよね」
つまり、私の『擬似人格プログラム』は、ケンスケが説明した方法では作れないということだ。
ならば、一体どうやって──
その時、ケンスケが車の扉を叩いて催促してきた。私の腕が損傷したままなので早く修理したいらしい。
私が車を降りようとすると、運転席に座るヨシハラが手招きをした。顔を寄せると、私の耳元でヨシハラが囁く。
「ただ、一つ興味深い話を聞いた。僕たちにとって身近なあるデータなら、計測やコストの負荷を一切かけずに擬似人格を作ることが可能らしい……もちろん、それを使うことは違法なんだけどね」
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