4-7. Q.E.D.
翌日。
取調室で私たちを待っていたのは、エンドウが言っていた通り整形してしまったことが惜しく思えるほど顔のバランスが崩れた女だった。
クラタ・アサミ、37歳。
逮捕前の写真の美人の面影は一切残っておらず、一言で形容するならば「みすぼらしい老婆」のような外見であった。
昨日立川方面で身柄を確保された彼女は、疲れ切った表情で肩をすぼめて俯いて座り、私たちが部屋に入っても見向きもしない。何かに怯えているように小刻みに震えている。
ヨシハラはパイプ椅子に腰掛けると、彼女に向かってしっかりと言い聞かせるようにゆっくりとした口調で言った。
「サイバー犯罪対策課の吉原です。彼女はアシスタントの藤沢。占い師──いえ、本名・倉田麻美さん。あなたが一体どのように〈バスティーユの象〉に関与していたのか教えていただけますか」
クラタはそのぼさぼさの頭を激しく横に振った後、蚊の鳴くような声で「知りません」とだけ言った。
ヨシハラは大ぶりな動作で机に肘をつくと深いため息を吐く。
「……あのですね、この期に及んで隠しだてするつもりですか? あなた前科者ですよ。これ以上罪を重ねるようなことはオススメしませんが」
それでもクラタは首を横に振るだけだった。黙秘するつもりだろうか。
普通の取り調べならば犯人が黙秘してもP-SIMレベル2を探れば犯行の手口や動機がすぐにわかるのだが、彼女のP-SIMはナポレオンによる編集がかなり入っているのか、バグだらけなので捜査のアテにはならない。だからこうして本人の口から聞き出すしかない。
ヨシハラは小さくため息を吐く。そしてちらりと私の方を見た。それが事前に打ち合わせていた合図だった。
私は頷き、視点カメラのモードを切り替える。サーモグラフィモード。見ている対象の温度変化が色で見える。
「では、こちらから一方的に質問していく形式にしましょう。あなたは『はい』か『いいえ』で答えるだけでいい」
ヨシハラはそう言って、ある資料をクラタに見せた。家宅捜索したビルの写真が貼られた資料だ。
「倉田さん。あなたの〈バスティーユの象〉での役割はナポレオンと実行犯との仲介役だった。実行犯となる人物をこの場所に呼び出し、眠らせ、その間にナポレオンがP-SIMレベル2にバグを発生させた。当たってますか?」
クラタは相変わらず首を横に振ったが、すぐにそれは嘘だとわかった。手のひらや指先を中心に明らかに体温が上がっている。
「嘘、ですね」
私がそう言うとクラタはばっと顔を上げた。聴力モードを最大に、彼女の心拍音を検知する。心音が加速。焦っているのがわかる。
「ありがとう、ユウくん。それでは次の質問に移りましょう。倉田さん、ここからは少し推測も交えての話になりますが……あなたは〈バスティーユの象〉の構成員の中で唯一ナポレオンと面識がある人だ。そうですね?」
クラタは再び首を横に振ったが、それもまた嘘だった。
私がそれを伝えると、ヨシハラは満足そうに頷く。
「〈バスティーユの象〉に関する質問を続けたいところですが……なぜあなたがナポレオンと接点を持つことを許されているのか、今までそれがよく分かりませんでした。だからここからは〈隣人同盟ゾウの会〉でのことを聞かせてもらおうと思います」
クラタの心拍音がさらに加速していく。
「あなたは〈ゾウの会〉で教団の資金稼ぎのために自分の子どもを売春させていた罪を問われて捕まっていますよね。ちなみにその子は今どうしているんですか? 意外と側にいるんじゃないんですか?」
「……いいえ……いいえ! 私はあの子の行方なんて知りません!」
クラタは声を荒げて否定する。しかしもうサーモグラフィモードで見る必要などないほどに、彼女の額にはじっとりと脂汗がにじんでいた。
先ほどまで彼女の心理を逆なでするためにあえて笑顔を作っていたヨシハラも、いつの間にか真剣な表情になっている。
ここからが本題だ。
「倉田さん、あなたどうして整形なんてしたんですか? しかもそんな……まるで顔を崩すかのように。もしかして、あなたと顔がそっくりの息子さんに脅されたんじゃないんですか?」
彼女はもうごまかしても無駄だと観念したようだった。首を振ることはせずただ俯いたまま小さな声で呟いた。
「もう……もうやめてください……! これ以上話してしまったら私は殺される…… !」
「殺されるって誰に?」
「わかるでしょう! ナポレオンですよ!」
クラタの叫び声が狭い部屋にこだまする。
私は確信する。彼女は元〈ゾウの会〉のメンバーではあるが、決して積極的に〈バスティーユの象〉に関わっていたわけではない。脅されて従っていたのだ。
おそらく……罪悪感があるがゆえに。
ヨシハラはまた一つ、新しい資料をクラタに見せる。そこには彼女の整形前の写真が写っている。
そして、その横に並べられた写真は。
「倉田さん。あなたの息子さんというのは……彼ですよね?」
それを見るなり彼女は血走った目を丸く見開く。
「そして、彼こそがナポレオンなんですよね?」
ヨシハラが質問を重ねると、彼女は小さな声で呻きながら肩を縮めてうずくまる。唇は青ざめ、震えが強くなっていく。
ヨシハラが私の方を見る。次が最後の質問だ。これで全てが明らかになる。
私はヨシハラに代わってクラタに尋ねる。
「クラタさん。彼、ナカジョウ・ミツキ……本名クラタ・ミツキは自分のP-SIMを持たない人間、つまり──無戸籍者なんですか?」
彼女は私の問いに答えなかった。
糸が切れたように、呆然とした表情で、ぴたりと動きを止めてしまった。だが、サーモグラフィに映る色だけは激しく動き、彼女の全身が青系の色に染まっていく。
クラタはがちがちと歯を鳴らし出すと、急に頭を抱えて、ガンガンと額を机に打ち付けた。額が赤く腫れ、血がにじんでも彼女はそれを止めなかった。ひたすらうわごとのようにぶつぶつと呟きながら、自分を戒めるかのように頭を打ちつけ続ける。
「ああああ……殺される……絶対殺されるうう……! 三葵は私のことを恨んでいるんだ……都合よく利用されて……もう、捨てられる……! ああ……あの子なら絶対に殺しにくる……怖いいい……怖いようううう……! ああああああ…………」
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