1-5. 404プログラム



「──ッ!」


 強制終了させられていたあらゆるプログラムが動き始め、私はようやく現実世界に戻ってきた。


 起き上がろうとするも、ボディのあらゆる場所にケーブルがつながっていてうまく身動きが取れない。視界に入る景色はケンスケのラボ。メンテナンス中だ。


 メンテナンス台の脇にいたケンスケは私が目覚めたことに気づき、少しだけ瞳をうるませながら私の肩を掴んで激しく揺さぶった。


「良かった……丸一日再起動しないから、もう壊れちまったんじゃないかと……! ああそうだ、『擬似人格プログラム』に異常はないか? それにボディの命令系統は? 自然言語処理プログラムに、各種認識系プログラム、それから──」


「何も問題ないよ。それより……『プログラムコード:404ヨンマルヨン』ってなに?」


 私の問いに、ケンスケはハッとしたような顔を浮かべた。


 404プログラム。私を支えるあらゆる機能を差し置いて、勝手に稼働し始めた謎のプログラム。そんなものが自分の中にあるなんて聞いたことがなかった。だが、作り手であるケンスケは知らないはずがない。


「どうしてお前が知っている? まさか……そいつが稼働したのか?」


「ええ。勝手に立ち上がって、他のプログラムを強制的に止めて……私は何か映像のようなものを見ていた。ただの映像じゃない。においや触感があって、まるで私がその場にいるみたいだった。それに、私が知らないできごとなのに、まるで自分ごとみたいにドキドキして、嬉しくて、それに──悲しかった」


 私の話を聞いたケンスケは、額に手を当ててぶつぶつと独り言を呟いていた。


「間違いない……404って言ったらアレしか……だけど、消えたはずじゃ……」


 こうして口に出して考えを整理するのが彼の癖だ。普段は思考の邪魔をするまいと途中で話しかけることはないのだが、私は早く答えが知りたくてもう一度尋ねる。


「私が見たものは、一体なんなの?」


 ケンスケは独り言をやめて私の顔を見た。そして気まずそうにボサボサの頭を掻き、ぼそりと呟く。


「……サンプルファイルだ」


「サンプル、ファイル?」


「そう。お前の『擬似人格プログラム』を構成するために必要だった材料のことだ。そもそも擬似人格プログラム──お前の中にある感情は、人工知能がサンプルファイルを学習して得た、『こういう時はこう感じる』という条件式関数によって成り立っている」


 ケンスケはラボの棚から分厚いファイルを取り出して私に見せる。彼が手書きでまとめた『擬似人格プログラム』の構成案のようだ。字が汚いせいで文字認識がうまく作動しない。それを伝えると、ケンスケはため息を吐いて口頭で説明した。


 サンプルファイルというのは、とある出来事が起きた時に人間がどう感じるかという一連の感情の動きをBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)によって抽出したデータのこと。


 例えば、下記のようなサンプルファイルを用意したとする。


・買っておいたアイスを弟に食べられた

・おろしたてのネクタイなのに同僚がこぼしたコーヒーで汚れた

・気に入って買ったカバンを「センスがない」と馬鹿にされた


 この時沸き起こる感情を「悔しい」というカテゴリにグルーピングし、人工知能にサンプルファイルを学習させることによって、私の中に「自分が購入したものを他人に害された時に『悔しい』と感じる」という条件式関数ができるというのだ。


「実際には数え切れないほどの大量のサンプルファイルを学ばせた。グルーピングは人工知能に任せて脳波形状の類似性で自動抽出させた。そうして感情の方程式が出来上がってきた時点でサンプルファイルは本来用済みだったが、より『擬似人格プログラム』の精度を向上させるため、データはお前の中に残しておこうと思っていたんだ」


「だけど、データが消えてしまった……?」


「そうだ。お前が『ユウ』という擬似人格で目覚めた時にはサンプルファイルはどこかに消えて、任意に再生できなくなったんだ。だから、探しても見つからないファイル──そういう意味を込めて、コード名『404』のプログラムを作った。ま、要は失われたはずのサンプルファイルを再生するためのプログラムだ」


「再生対象のファイルがなければプログラムは作動しないはず。つまり、さっき私が見たものは、消えていたはずのサンプルファイルが何かの拍子でサルベージされたってこと?」


 ケンスケは頷く。だがどこか自信なさげな表情を浮かべていた。


「正直これは、俺が唯一お前の中に残しちまったバグみたいなもんなんだ。いいか、今後サンプルファイルが再生されるようなことがあったら、できるだけ詳しく内容を俺に伝えろ。そうすれば……」


 ケンスケは途中で言葉を止めてしまった。


「いや、いい。この後もサンプルファイルを取り戻せる保証はどこにもねぇからな。それより話を変えよう」


 ケンスケはそう言って、ワイズウォッチの投影式ディスプレイに通話履歴を表示した。私が意識を失っている間にヨシハラから連絡があったらしい。ケンスケが通話データの再生アイコンを押す。投影式ディスプレイにヨシハラの顔が映った。


『ユウくん、昨日君が逮捕協力してくれた男の取り調べが終わったよ。彼はやっぱり──テロ組織〈バスティーユの象〉の構成員のようだ』



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