2-16. File date 2030/06/03
***
思い切り泣き終えてから、私と
二人ともなんとなく海の方を見ていたけど、見えているものに意味なんてなかった。視線を交わさなくても、言葉で定義しなくても、手と手が触れあわなくても、私と三葵は今までで一番近いところにいた。三葵の考えを覗くことはできないけれど、たぶん彼も同じ気持ちだったと思う。
「三葵は……みんなのところに行かなくていいの?」
「うん。肝試しなんて、そんな気分じゃなくてさ」
「そっか。……そうだよね」
三葵はこの林間学校の少し前に父親を亡くしている。忌引きで一週間休んで、また学校に戻ってきた。
戻ってきてからの三葵は少しだけ雰囲気が変わったと思う。うまく言葉では表せない。ただ、強いて言うなら「何も変わらなかったこと」が変わったと思う理由なのかもしれない。
三葵の家には兄弟とかお母さんはいなくて、お父さんは二人暮らしだと聞いていた。お父さんがいなくなって一人きりになってしまったというのに、学校に来る三葵はいつもにこやかで誰に対しても優しい。それが逆に怖くて、私は休み明けの彼に自分から話しかけることができないでいた。だからこうして二人でゆっくり話すのはものすごく久しぶりな気がした。
「君は何か嫌なことでもあったの?」
三葵が私の顔を覗き込んでくる。私は恥ずかしくて目を覆った。もう泣き止んでいたけど、泣きすぎたせいでまぶたが腫れぼったい。この浜辺に明かりがなくて本当に良かったと思う。
「嫌なことっていうか……ちょっと色々重なりすぎたかな」
「色々?」
「うち、親が離婚するんだ」
私はママやパパのことを包み隠さず三葵に話した。昔から親に疎まれていると感じていたこと、努力しても認めてもらえなかったこと。親戚のお兄さんにさえ話さなかったことを、私は息をつく間もなく全部話した。彼の目の前で泣いてしまってから、もう何も隠す必要なんてないような気がしたんだ。
三葵はただ優しい表情で頷きながら聞いてくれた。彼のその顔を見るたびに、私は自分のこころが洗われていくような気がした。
「それで、君はどうしたいと思ったの?」
「私は……シンガポールには行かない。ママと一緒にいながら認めてもらえない寂しさを味わうくらいだったら、初めから一人でいたいの。その方がきっと傷つかなくて済むから」
「わかるよ」
三葵は自分の手を組んだりほどいたりしながら、その指先を見つめて言った。
「僕は最近それを実感したんだ」
「最近?」
「うん。実はさ……僕の父さん、血の繋がってる親じゃないんだよね」
「え……そうだったの?」
「僕は元々、親に虐待されてた子どもなんだ。それを父さんが保護してくれてね。だから三葵は本名だけど、中條っていうのは、育ての父さんの名前」
そんな話聞いたことがなかった。三葵がたまにするお父さんの話は、一緒に空手の稽古をしたとか、買い置きのアイスをめぐって喧嘩したとか、まるで本当の親子のようだった。会ったことは一度もないけど、きっと二人ともすごく仲がいいんだろうなと思っていた。
だから、彼が養子だなんて想像したこともなくて。
「父さんは僕のことを本当の息子みたいに扱ってくれた……けど、葬式に出てみて思ったんだ。父さんが入った墓と同じ場所に僕は入れるのかって。僕の本当の両親は別にいる。どこにいるか知らないけど、今も生きてる。それに父さんには、別居してはいたけど、奥さんとその人との間の本当の息子がいる。そうやって考えたら……僕は一人ぼっちだ。情けないよ。初めからそのことが分かっていたら、こんな風にかき乱されることなんてなかったのに」
三葵はそう言いながら自嘲気味に笑った。その苦々しい表情を見て、彼に触れたいと思った。でも私は手を伸ばすことはできなかった。触れたら、ぼろぼろに壊れてしまいそうな気がしたから。行き場のない衝動は腕を組んで抑え込む。
「……私たちは似てるね」
「似てる?」
「苦しいことを誰にも見せず自分の中に抱え込んで、毒みたいに蓄積してしまうところ」
私の言葉に、三葵はふっと笑う。
「そっか……そうかもしれない」
私たちは強いふりをしているけど、本当はとても弱いんだ。誰かを頼ることができない、不器用で孤独な人間。そういう生き方しかできないんだ。だけどもし、それが自分だけじゃないって思えたら、ほんの少し救われる。たったそれだけの安堵があればいい。それ以上は望まない。
私が彼に伝えたいのはそういうことだった。だけど──
「ねぇ、君はその溜め込んだ毒をどうしたい?」
三葵の低い声音に、一瞬思考が停止する。
そんなこと、考えたことなかった。
答えが浮かばないうちに、三葵が言葉を続ける。
「僕はね、どうせなら有毒生物になろうと思うんだよ」
雲が出て月がかげり、隣の彼の表情がよく見えない。
彼の意図が、見えない。
「三葵……? それは、どういう……」
再び月光が浜辺を照らす。
「はは、冗談だよ。本気にした?」
三葵はそう言ってくしゃりと微笑んだ。
***
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