2. Simulate a Student

2-1. 宝星学園



 そういうわけで、私は今、宝星学園高等部3年1組の生徒として潜入捜査をしている。


 私が昼休みに屋上に出ているのは、教室に入ると昼食をとらないことを不審がられるというのも一つの理由であるが、ここからは校内の様子を一望できるからという理由もある。


 編入してから一週間が経ち、ここがどんな学校かはある程度把握できてきた。


 宝星学園は端的に言うならば「セレブ校」。警視庁の権限で裏から在校生データにアクセスしたところ、彼らの親はみな政治家や経営者、弁護士・公認会計士のような士族、それに反社会勢力の頭目といった、高所得者ばかり。


 敷地面積は約120,000㎡、東京ドーム約2.5個分の広さ。都心のオフィスビルを彷彿とさせるような、洗練されたデザインの校舎。校舎以外の設備としては二階建ての冷暖房完備の体育館に武道場、屋内50mプール、スタンウェイのグランドピアノが入った音楽室、最新型のPCが100台以上入っているパソコンルーム。それに校門には常に守衛が立っていて、セキュリティ体制も万全だ。


 校則で私服が許可されているがゆえに、生徒たちの格好は様々であったが、ファストファッションブランドの服を着ている生徒は見たことがない。試しに画像認識にかけてアパレルECのデータベースと照合してみると、彼らが着ているトップスの平均価格は約12,000円、ボトムスの平均価格は約26,000円といったところか。一般的な高校生のおこづかいで買える金額ではない。


 中には素行の悪い生徒もいるようだが、例外なく高所得者の子どもたちばかりなので、どことなく振る舞いや会話から育ちの良さがうかがえる。


 宝星学園とは、そういう場所なのであった。


 昼休みに入って15分後、いつも通りの時間にワイズウォッチの着信音が鳴り、私は投影式ディスプレイを立ち上げた。ディスプレイにはケンスケとヨシハラの顔が映し出される。毎日昼休みの時間に状況を報告することになっているのだ。


『ユウ! 調子はどうだ? ガキどもにボディを傷つけられたりはしてないか? バッテリーの残量がやばくなったらいつでも言えよ。俺が駆けつけ──』


『藤沢さん、あなたちょっと過保護すぎです。毎日同じこと言ってますよね? 昼休みの時間は短いんだ、端的に行きましょう』


 ヨシハラは笑顔のまま、はやるケンスケを牽制した。確かに、潜入捜査が始まってからというもの、ケンスケは以前よりもさらに私のことを気にかけるようになった。それは離れている時間が長くなったからというのもあるだろうが、もしかしたらかつてこの学園の中等部に通っていたアイリと私を重ね合わせているのかもしれない。


 一週間前、デコイ作戦で宝星学園が怪しいということが分かったのはいいが、ウイルスをばらまいているのが何者なのかまでを特定するには至らなかった。


 そこで見た目は学生そっくりの私が潜入捜査し、構成員の正体を探るという案が出たのだが、ケンスケだけは反対した。


 三年前、アイリが事故で亡くなったのは学校帰りだったのだという。他殺や自殺の線を疑っていたケンスケは、学校側に何か変わった様子がなかったか聞き込みをしたが、学校側は「生徒個人についての情報はプライバシーに関わるのでお話しできません」の一点張りだったのだという。


「俺はあの学校はうさんくせぇと思ってる。亜衣莉の意見を無視して、姉貴が無理やり入れさせた学校なんだ。俺に相談することはなかったけどよ、たぶんいじめられてた時期もあったと思うんだよな」


 それがケンスケの言い分だった。


 だからこそ私が潜入して、〈バスティーユの象〉の情報の他にも、アイリに何があったのかを調べてみる、そう説得してようやく許可が下りた。


『ユウくん。今日の成果はどうだい? 何か〈バスティーユの象〉についての手がかりは得られたかな』


「いえ、分かったことといえば高校生たちの間で流行っているVR番組は何かとか、クラスの中で誰と誰が交際関係にあるのかとか、そういうことばかりです」


『あはは、ユウくんもすっかり女子高生みたいなことを言うようになってしまったな』


「笑いごとじゃありませんよ……〈バスティーユの象〉の関係者が本当にこの学園の中にいるのか、正直自分の解を疑いたくなってきました」


『その気持ちは僕たちも同じだよ。だけど、君が何度検証し直しても、ウイルスの配布元は宝星学園ということになるんだろう?』


「ええ、ですが……別の視点から考え直してみると違和感があるんです」


『と、いうと?』


「〈バスティーユの象〉は社会的弱者のためと称した事件ばかり起こしているのに、その構成員がこんな学校の中にいるものなのでしょうか。ここの学校の人たちは、弱者というよりも強者ばかり。どちらかというと、〈バスティーユの象〉の標的になる側です」


 ディスプレイに映るヨシハラは、腕を組んで考え込むような仕草をした。


『確かに……それは僕も少し考えていた。もし本当に宝星学園の中にいるとしたら、金持ちの道楽か……はたまた、セレブのふりをした道化がいるか』


「セレブのふりをした道化?」


『金持ちの私立というのは一見ハードルが高いようだが、裏を返すと金さえあれば入れるとも言える。君の編入が認められたのだって、相応の入学金を用意したからだ。君の他にも金持ちの仮面をかぶって忍び込んでいる奴がいるかもしれないってことだよ』


 ヨシハラの話は理にかなっている。だが、在校生や在籍教師の経歴を一通り見ても、今のところ「道化」に該当するような不自然な経歴を持った人物はこの学校にはいない。皆この学園に通うべくして通っているという肩書きばかりであった。


『そもそも〈バスティーユの象〉はP-SIMレベル2を偽装できるくらいだ。レベル1の詐称なんて朝飯前なんじゃないか?』


 ケンスケが間に入って尋ねる。ヨシハラは縦に頷いた。


『ええ、おっしゃる通り。だからこそ潜入捜査が必要なんです。データ上は隠せていても、行動に本性が現れることもある。引き続き周囲で怪しい動きがないか、よく見張っておいてくれ。頼りにしているよ、ユウくん』


 その時、私に内蔵された生体反応センサーが何者かの存在を認識した。場所は屋上の入口である金属扉。誰かいる。


 私はヨシハラたちとの会話を切って、扉が開くのを待った。やがてドアノブが回り、生体反応の主が姿を表す。


「あれ、藤沢さんここにいたんだ」


「……ナカジョウくん」


 人がいたのが予想外だったのか、驚いた顔をしたクラスメートがそこに立っていた。



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