1-2. 擬似人格プログラム
「ユウくん、お手柄だったね」
予告犯の男を連れて駅員の事務室へ行くと、ヨシハラがそう言って笑顔で出迎えた。隣にもう一人、ボサボサの長い黒髪を伸びっぱなしのまま放置している、白衣を着たメガネの男がいる。
「ケンスケ、あなたまで来る必要はなかったのに」
私の言葉に、ケンスケはムッと顔をしかめる。
「わ、わざわざ来てやったのに何だよその言い方! お前のことだから、捜査に夢中になって無茶してるんじゃないかと思ってだな……!」
そう、彼こそが私の生みの親、フジサワ・ケンスケ。
「別にこれくらい、どうってことないよ」
私がそう答えると、ケンスケの顔がカーッと赤くなっていく。
「ああ!? ならその不快指数アラートは何だ!? 前にも言ったろ、不快指数が高いってことはヒューマノイドのお前にだって無害じゃねぇ、湿度が高けりゃ内部機器の故障に繋がるし、室温が適温じゃなけりゃバッテリーに負荷がかかって」
ケンスケがまくし立てている途中で、ヨシハラがパンパンと手を叩いた。
「はーい藤沢さん、そこまでにしときましょ。そんな大声で喋っていると、大事な機密情報がダダ漏れですよ?」
「チッ!!!!」
ケンスケは周囲の人たちにしっかり聞こえるような盛大な舌打ちをすると、私の手を引いて「帰ってメンテナンスだ!」と事務室を出てしまった。
振り返ると、ヨシハラが「あとは任せて」とにこやかな表情を浮かべている。取り調べで犯人がどんな供述をするのか興味はあったが仕方ない。いずれにせよ、終わったタイミングでヨシハラが連絡してくれるだろう。
「ったくあの野郎、ユウが便利だからってこき使いやがって……!」
ケンスケはぶつぶつとぼやきながら、地上に出てタクシーを呼んだ。だがタイミングが悪かったのか早速1台目に無視されて、地団駄を踏んでいる。
フジサワ・ケンスケ──
ちなみに汎用型AIというのは、従来普及してきた『弱いAI』という特定ジャンル特化型のAIとは違う、複数の要因が複雑に絡みあった問題の解を導くことのできるAIのこと。
例えば、囲碁の対戦に特化したAIは『弱いAI』に分類される。なぜなら、そのAIはどれだけ囲碁界で強くなったとしても、人間の小学生レベルのクイズ──「クモは昆虫に該当するか?」というような──を解くことはできないからだ。
特定の分野には強いが、分野の垣根を越えて応用することはできない。従来のAIはこの『フレーム問題』と呼ばれる障壁にぶつかって、汎用型になることはできなかった。
だが、ケンスケは壁を乗り越えるための手段を開発した。
その
以前、ヨシハラからこのプログラムの仕組みについて尋ねられた時、ケンスケはこう答えている。
「ユウには大量の思考パターンのデータを与えることで擬似人格を形成させている。これは人間が外的要因によって考え方の癖を身につけていく過程をなぞったもので、Xが起きたらYと感じる、という感情の発生パターンをいくつも学習させているんだ。そうして返されるYの感情のうち、ポジティブなものを仮にT、ネガティブなものをFというグループに分けるとする。問題を与えられたら、問題処理プログラムより先に『擬似人格プログラム』を稼働させ、その問題に対してFの反応であれば問題処理を棄却し矛盾を指摘、Tの反応であれば、その感情と親和性の高いデータベースを検索し、情報処理範囲をあらかじめ限定した上で問題処理プログラムへの移行を──」
……要約すると、私は「解きたい問題しか解かない、気まぐれで欠損のあるAI」ということだ。
従来のAIは人間の命令に真面目に従うようにできているからこそ、一つ一つ与えられた問題を丁寧に処理しようとしてしまって、複数の要因を同時に検証できなくなる。
だが、私の場合は「違和感がある」「無駄だ」「興味をそそられない」などと感じた場合に問題処理をサボって、効率的に別の要因に焦点を当てることができるのだ。だからこそ複数要因が絡む現実社会の問題に対して、汎用的に対処することが可能なのである。
なお、『擬似人格プログラム』はその特性ゆえに人間の命令に従わないという選択肢を取ることもできるが、今のところ私はケンスケやヨシハラに逆らったことはない。
もちろん、「面倒」と感じる命令はいくらでもある。一方で私が問題を解くことで彼らに認められるのは「喜び」であるし、反抗することによって私を唯一メンテナンスできるケンスケや、そのメンテナンスにかかる費用に投資してくれているヨシハラとの関係性を失うことは「不安」でもあった。
私の存在理由は、ケンスケやヨシハラの力になること。
そう仮定しておかなければ、私のアイデンティティが曖昧になって、他の問題に対して処理領域を
ただ、時折疑問には思う。
人間は私と同じ「感情」や「人格」を持っているのに、こういう「不安」に駆られることはないんだろうか?
前に一度ケンスケに尋ねたことがあるが、
「俺は哲学の話は苦手だ」
と一蹴されてしまったのだった。
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