45話 黒の少女-5
「あれ、明里」
図書館から顔を出したのは霧生詩織だった。まさか、こんなところで出会うとは思ってもみなかったのだろう。驚いた様子の彼女を見るのは、随分と新鮮であるようにも感じた。
「どうしたの、こんなところで」
「ガーディアンズの活動だよ!」
そう応じると、詩織は「へえ」と辺りを見回す。
日頃から互いに話題にすることはああったが、こうして顔を合わせるのは初めてであろう。
詩織が『能力』に目覚めたら、ガーディアンズの中に彼女がいるこの光景が日常になるのかもしれない。期待に胸を膨らませていると、傍らの少女が明里の肩を叩いた。
「この子は?」
「詩織です。同級生でルームメート!」
「いつも話してくれる子かぁ」
合点した様子の春佳は嬉しそうに詩織を眺める。対して友人は外行き用の微笑を顔面に張り付けると、
「明里がいつもお世話になっています」
と頭を下げた。まるで母親である。苦笑をする明里の隣で、春佳もまた丁寧に腰を折った。
「こちらこそ、いつもお世話になってます。詩織ちゃんのことはよく聞いているよ」
「そうですか。それはお恥ずかしい限りで……」
詩織は困ったように笑いながら、肩をすくめる。しかし、そんな笑顔もどこか冷たい。これは後が怖そうだ。明里はそっと、未来の自分に向けて合掌した。
ふと詩織の背後にいた少女が、詩織に向けて何かを呟く。こちらには聞こえない、蚊の羽ばたきよりも小さな声。詩織はそれに「そうでしたね」と頷いた。すると少女は綺麗な髪をなびかせて、歩を進める。
「またお願いしますね~」
その背に呼び掛ける詩織に応じることなく、少女は足早に去って行った。彼女の腕には腕章が収まっていた。
「あの人と何やってたの?」
明里は問う。珍しく穏やかな表情を浮かべたまま、詩織は応じる。
「勉強を教えてもらってただけだよ」
「着々とテスト勉強を進めていらっしゃる……!」
「中間テストまで一カ月ないんだよ? 早めに準備しておかないと」
頭が痛くなる話である。思わず明里が耳を塞ぐと、傍らの先輩も同じようにしている姿が視界に映った。どの学年になっても、テストに対する恐怖心は変わらないらしい。
無慈悲にも現実を叩きつけた詩織は、
「では、私はこれで。活動、頑張ってくださいね」
そう頭を下げ、明里に向けて手を振ると、いつもよりゆったりとした歩調で立ち去った。
まさかルームメートが日々努力をしているとは思ってもみなかった。思い返してみれば、詩織は自主学習をする様子を見せなかった。部屋へ戻ればすぐに本を開き、それが深夜まで続く。
ひょっとしたら明里に、期末テストに対する焦りを抱かせないためだったのだろうか。全くもって小癪な策略である。
「で、何の話だっけ?」
去りゆく少女の背を見送った春佳は首を傾げる。それに三つの声が反応した。
「女の子」
「先生の不倫疑惑」
「おやつ」
先生、麗華、友芽からそれぞれ発せられた言葉に、春佳はわざとらしく
「お前ら、いい加減にしろよ。ちょっと見かけただけなんだよ。それ以上のことは知らねぇ」
「それは分かったので、先生。もう一度、見かけた女の子について教えていただけますか?」
このままでは話が進まないとでも思ったのだろう、莉乃の問いかけに先生は安堵した様子を見せる。いつもの怖い顔が、微かに和らいだ。
彼が言うには、彼が見かけたというそれは、女児と称しても違和のないものだった。小さな女の子で、ふと窓の外に目を向けると、ふらふらと歩いていたのである。そしてそれは、一度きりではなく何度も現れた。
先生はそれに何度も声を掛けようとしたが、その都度逃げられ、女の子の正体は未だに掴めていない。しかしそんなことがあってもなお、懲りずに姿を現すのだという。
ラブロマンスの予感ですわ、と興奮気味に
「髪の毛の色とかは見ましたか?」
「ああ。黒……だったと思う。でも、白も見えた気がするな。毛先の方に」
「染めてあったんですか?」
「いや、そんな感じではなかったな。ああ、でも、ゴスロリって言うのか? そんなヒラヒラした服を着ていたな」
ヒラヒラとした服。明里は自身の記憶を探る。
塔の麓で見かけた件の少女。それはどのような格好をしていただろうか。とにかく、黒であったことは確かである。加えて、スカートかドレスのようなものを身に纏っていた――ような気がする。
「春佳先輩、覚えてますか? あの子がどんな服を着ていたか」
明里は春佳に尋ねる。彼女は明里と同じ場所で、同じ少女を見ていたのである。何かしらの情報があるかと思いきや、春佳は首を捻った。
「うーん、黒かったとしか。でも、言われてみれば、確かにヒラヒラしていたような気が……」
見失ってしまわないよう、先を行く小さな背を凝視して追っていたのである。いくら日を木の葉に遮られた空間とはいえ、少しくらいの記憶はあってもよいはずだ。
明里がさらに首を傾げていると、あっと友芽が声をあげる。まさか件の少女が現れたのか。場に緊張が走る。だが、友芽の声はそれを知らせるものではなかったらしい。小さく謝罪をする彼女は、春佳の方へと目を向けると、
「はるちゃん、ゴスロリ系の服、持ってたよね?」
「な、なぜそれを……」
「三年も一緒にいたら分かるよ。それ、今度着て来てくれない?」
まさかそんなことを提案されるとは予想もしていなかったのだろう。春佳は渋い顔で腕を組んだ。
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