26話 始動!生徒会-1
桜学園本校舎二階。その一角に設置された広い教室。生徒会執行部は、そこを拠点としていた。
教室と変わらないフローリングの上には、生徒会役員人数分のオフィス机と椅子が向かい合うように並んでいる。
どこぞの守護組織と比べると、あまりにも質素な内装だが、書類整理を主な仕事とした生徒会の活動には十分である。
そんな中、生徒会副会長
「もー、どうしていつもこんなに溜めるの?」
およそ拳一つ分はあろうかという高さの紙の中には、提出期限間近のものが多く紛れている。
まずは提出期限の近いもの順に並び替えるべきだろう。そう目標を定めた香澄は腕まくりをしつつ、積み上がる書類を崩し始めた。
「精が出るわね、香澄」
作業の最中、澄んだ声が聞こえてくる。生徒会室の凛然とした雰囲気とはかけ離れた空間。そこで、一人の少女が
昨年度の冬から働き詰めの炬燵に入っているだけでも絵になる。手元にみかん、肩には季節外れの半纏を乗せていても尚だ。
「亜紀ちゃんも手伝ってよぉ」
「みかん食べるので忙しい」
「またそんなこと言って……手伝ってよ。期限過ぎて怒られるの、亜紀ちゃんなんだよ?」
これらの書類を溜めたのは他でもない、亜紀である。手伝ってくれと頼むのも妙なものだが、そのことで彼女を責め立てることはできなかった。
多くの羨望と人望を一身に集め、桜学園の生徒代表とまで上り詰めた彼女は、身内の前となると、途端にだらける。それこそ、スイッチが切れたように。
平生、弱みは見せまいと気張る彼女だ。だからこそ、生徒会室の中ではついつい甘やかしてしまう。
香澄は大きく息を吐いた。
初夏のこの時期は、新入生の部活加入騒動もひと段落し、各部活から更新された部員リストが上がってくる。そこで生徒会が行う仕事は、主として部費の支給額の確定だ。
本来部費等の金銭にまつわる仕事は適当の職、会計職に任せるべきなのだが、今に限っては、それは少々気が引ける判断だった。
会計職の少女には別案件を任せている。彼女は彼女で多忙なのである。
そこで、そこそこ手が空いており、かつ会計職の経験がある香澄が代役を請け負っている現状だ。
自業自得とはいえ、仕事を抱え過ぎたかもしれない。香澄は早くも後悔を始めていた。
「かいちょー、
突然、溌剌とした声が飛んで来る。
ようやく軌道に乗り始めた手は止まり、組み立てていた文章が脳の中から掻き消えた。
元凶である少女は、フィギュアスケーターのようにくるくると回りながら教室へと足を踏み入れる。軽快な足取りで妖怪こたつむりに近付くと、そのまま取り込まれてしまった。
もう初夏だというのに、飽きないものだ。
半ば呆れつつ、香澄は手元に目を戻そうとした。
「ただ今戻りました! すみません、花凜がお邪魔して――」
息を荒らげ、再び少女が戸口に現れる。ここまで走って来たのだろうか、腰に届くほど長い髪はすっかり乱れている。
彼女はまるで子犬のような瞳を部屋中に漂わせると、あっと声をあげた。
「花凜! またそんなことやって……。すみません、先輩方。すぐに連れて帰りますので」
「あ、ゆーにゃんだぁ」
遅いよぉ、と小言を零し、少女は炬燵から顔を出す。
彼女等の名前は
こたつむり第二号となっている少女が花凜で、生徒会室入口に佇む少女が悠那である。
両者とも生徒会執行部役員であり、それぞれ副会長と書記の役職を与えている。
香澄や亜紀の、愛すべき後輩だ。
「片桐さん。報告書、まとめてきました」
軽い叱責もそこそこに、悠那は無地のクリアファイルから書類を取り出す。
悠那と花凜には、仕事を頼んであったのである。今日はその報告に来たらしい。差し出された紙束は、画用紙にも似た色紙と愛らしい絵に飾られていた。
「ありがとう、悠那ちゃん」
と香澄の手は、書類を受け取るべく動く。しかし寸での所で止まると、
「あ、でも、これは亜紀ちゃんの方がいいかも」
いずれは会長にまで巡る品である。効率を考え、亜紀へ直接渡した方がよいと判断したが、当の本人はまるで顔を上げようとはしなかった。
墨汁を垂らしたような瞳には、ただただ、本日五個目となるみかんばかりが映っている。
こうなってしまっては、彼女はテコでも動こうとはしない。独占欲は無に等しいが、執着心は人一倍あるのだ。
仕方ない、と香澄は書類に目を落とした。
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