27話 始動!生徒会-2

 高橋悠那たかはしゆうな九重花凜ここのえかりんには、先日死亡した一年生の『能力』について調査するよう指示を出していた。


 全生徒の『能力』に関する情報は、桜学園の麓に置かれた研究所に、一括して保存されている。


 桜学園は、その性質上、およそ平凡なる人間には成し得ない事故・事件が稀に起こることがある。その原因は言うまでもない、『能力』と一般に呼ばれる代物だ。


 未だ明瞭としない人智を超えた力。


 その探究を進める異能力研究所。


 専門家と英知の集うその施設に情報が収集されることは明白であり、データベースと化すのも自然な働きである。


 だから、先日のような事件が起こった際には、真っ先に異研究所へ赴き、『能力』のデータを入手する。そうでもしなければ、解決の終止符を打つことなど不可能に近いのだ。


 形式に沿った報告書半ばまで読み進めたその時、香澄の耳に予期せぬ声が届いた。


「それ、貸して」


 亜紀だった。こたつむりと化し、使い物にならないとばかり思い込んでいた、怠惰の少女。その白い手には五個目のみかんが残っている。


 まだ半分も食べ終わっていない。そうだというのに、仕事を始めるとは驚きだった。


 やる気になったのであれば、それを受け入れない手はない。涙さえ滲まんばかりの感動の最中、香澄は報告書を回した。それは悠那を経由し、亜紀へと届けられる。


「……『感じ取る能力』、か。かなりざっくりしているわね」


 そう呟かれたのは、冒頭に程近い位置に纏められた『能力』についてである。


 命を絶った少女に授けられた神々の欠片。個性とも言うべき残滓が、今や簡素な文字列に収められていた。


「並木さんの『能力』は、時間を掛けない限り精密性に欠けますから。面談の短時間では、精査できなかったのではないかと」


 異能力研究所の職員であり、同時に桜学園の生徒指導を担う男性。彼が持つ『能力』は『「能力」を知る能力』――研究所が研究所として、学園運営の補助施設としての真価を発揮するための大きな歯車だった。


 とはいえ、それも万能ではない。話によればその男は、どうやらひどく抽象的な絵として『能力』を知る、あるいは観察することが出来るらしい。


 たとえ漠然とした情報であっても、何のヒントもないまま調査を進めるよりは、幾分かマシである。


「分かっていたこととは言え、もう少し努力してほしいものね」


 そう呟いて、亜紀は思案顔を作る。


 このような時は声を掛けずにいるのが得策であるが、ただ一人、童子のような少女だけは、上機嫌に亜紀を構っていた。ぷにぷにと、餅のごとき頬を執拗に突いている。その傍らでは、悠那がはらはらとした様子でそれを見守っていた。


 亜紀は無抵抗だった。どれだけ肌を触られても嫌な顔一つせず、書類を熟読している。ここまで無抵抗な彼女も珍しい。余程何かを煮詰めているのだろう。


 感心し、自分もまた、仕事の片付けに戻ろうとしたその時、突然少女は香澄の感動を引っ繰り返した。


「眠い」


 紙を天板に預け、その身体を横たえる。愕然とする香澄を余所に、亜紀は自らの腕を枕に、欠伸を零した。


「も、もう、亜紀ちゃんってば!」


 すっかり昼寝の姿勢となったそれを揺すると、彼女は一層布団の中へと潜ってしまう。


 どれだけ揺らしても彼女は反発するばかりで、身体を起こす気配はない。このまま放っておくのも手ではあるが、司令塔なしに事件の追及を完走することは望み薄だった。


「亜紀ちゃん、起きてよ~。フェイントとかズルいよ~」


「情報も集まっていないのに、どう事を進めろと言うの?」


 炬燵の中から洩れ聞こえる声は不満そのものだった。香澄は負けじと布団の中へと手を突っ込む。


「次何を調べるとか、そういう指示も出来るじゃん! それに、生徒会全体の仕事も、亜紀ちゃんが溜めたやつだって残ってるんだよ。暇じゃないんだよ~!」


 やっとのことで捕らえた胴体をずるりと引く。中で抵抗をしているのだろう。香澄が引くに合わせて、炬燵の位置もずれた。こたつむり二号が文句を口にする。


「さむ~い」


「『寒い』の時期は、とっくに過ぎてるよ……」


 春も終わり、夏本番へと着々と進んでいる。初夏の時期に炬燵が現役であるというのが、まず間違いなのだ。


 香澄は頭痛を覚えつつ、亜紀の発掘に勤しんでいた。


「地下小夏の友人関係は洗ったんだっけ」


 根性比べなど最初からなかったかのように、綺麗な顔がひょっこりと出て来た。あまりにも平然としたその様子に勢いを削がれた香澄は、狭い絨毯の上に膝を折る。


「由希ちゃん達がやってる筈だよ」


「交友のある人物が持つ『能力』は?」


「まとめている途中です」


 口を挟んだのは悠那だった。


 香澄と亜紀、二つの視線を受けた彼女は、聊か居心地悪そうに肩を竦めると、


「報告書はもうちょっと先になりそうです。タイピング苦手で……。今週中には仕上げます」


「提出は遅くなってもいいわ。あと、この調査書、もっと突っ込めないかしら。首を絞め上げてでも詳細を聞き出してきて。それから、カルテのコピーも貰ってきて頂戴。前にも頼んだ筈でしょう。あまり深く関わっていない人のも忘れずにね」


 てきぱきと指示を飛ばし、そうかと思えば黒髪流れる髪を香澄の膝上に乗せてきた。毛先が肌を擽る。そのもどかしさに、香澄は小さな笑みを零した。


 槍のように飛ぶ指令に耳を傾けていた悠那も、いつの間にやら炬燵の住民と化していた。寛ぎモードへと移行したかに見える彼女だったが、その手元は忙しなく動いている。メモを取っているのだ。亜紀の指示を事細かに、白紙の上に刻んでいる。


 他の二人と比べると、悠那は天使とも言えるくらいに真面目に仕事をこなしてくれる。多忙の日々(ただし自業自得)を送る香澄にとって、これほど有り難いことはなかった。


「報告書、手書きじゃ駄目ですか?」


「許可するわ。その方が早く仕上がるなら」


 悠那と亜紀のやり取りを眺めつつ、香澄はあることに気が付く。亜紀の声色が、平生と比べると微かに明るいのである。


「亜紀ちゃん、何か」


「うん?」


「今日は機嫌、いいね」


「そうかしら」


 亜紀は思案顔を作る。


「陽菜が遅刻したからかしらね」


「陽菜ちゃんって、いつも一緒にいる子だよね。ガーディアンズの。珍しいね。何かあったのかな」


「さあね」


 それだけ言うと、彼女は手を伸ばして、紙を天板に置こうとする。動作半ばで停止したそれは軽く宙を漂うと、次なる話題を紡いだ。

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