10話 幡田暁美と地下小夏-4

 桜学園には、成宮明里の属する高等部の他に初等部、中等部が存在し、一般的に言うところの小中高一貫校にあたる。

 先生が言うには、生徒の入学時期はそれぞれ異なり、明里のように高等部から入学する者もいれば、それ以前――初等部や中等部から籍を置く者もいる。場合によっては、明里よりも遅くに編入して来る者もあるという。


 桜学園に入学する際の条件として、「案内が届く」という事がある。

 どのようなシステムなのかは知らないが、成宮明里を例とするならば、四か月前の十二月――志望校も決まり、試験へ向けて着々と準備を進めていた頃、何の前触れもなく、白桃色に花弁のあしらわれた封筒が明里の手元に届いた。それに収まっていた物は募集要項でもパンフレットでもなかった。入学案内書が平然として封入されていたのである。

 いつの間に合格していたのだろうかと、当時の明里は不思議に思った。受験をしていないのに、願書も提出していないのに、なぜ入学の許可を得る事が出来たのだろう。

 奇妙な話ではあるが、桜学園の名は母より聞かされていたため、不審には思わなかった。それどころか、受験する予定だった高校の事などすっかり忘れて、入学の手続きを済ませたのだった。


 桜学園の案内は不意に訪れる。年齢も季節も関係なく、突如として送られて来る。だからクラス一つを取って見ても、入学・編入時期は様々である。クラスの中の誰かが前年度に引き続いてこの学園にいても不思議ではない。

 そう聞いていたはずなのに、いざそれに当たってみると、驚愕せざるを得なかった。


「ええっ、暁美ちゃんって、小学生の頃からここにいるの?」

「そうそう」

 幡田暁美は照れ臭そうに、頬に浮いたそばかすを撫でた。

「五年生の頃だったかな、案内が来たのは」

「そんなに早く? じゃあ、『能力』ってやつも使えるの?」

「さあ、どうなんだろう。開花はしているみたいなんだけどねぇ。まったく実感はないし、そもそも自分の『能力』が何なのかも分かってないし……。正直、普通の人と変わらないかなぁ。本当に開花しているのか、不思議に思うよ」


 暁美は訝しげに首を傾げる。

 『能力』が開花したからといって、特別なテロップが流れる訳でも、明確なラベルを貼り付けられる訳でもない。暁美のように『能力』に気が付かない、自覚がないという事も十分にあり得るのだ。もしも『能力』の開花を知る事ができなかったら、どうなるのだろうか。普通の人として――非能力者として生きる事になるのだろうか。

 まさかそんな事はあるまい。そう否定する一方で、不安を煽る自分がいた。


「開花って、どこで知ることができるんだろう」

 眼鏡を拭きながら、地下小夏は言う。

「私、去年ここに入ったんだけど、何も兆候がなくて。もしかして、タブレットに通知が来たりするの?」

「うーん、どうだったかなぁ。忘れちゃったや……」


 暁美は腕を組む。彼女はぼんやりと虚空を眺めていた。そうすること数十秒、ようやく暁美の唇に動きが見えた。


「えっと、開花したよーって連絡はなかった気がするけど、定期的に変なお知らせが来るんだよね。何か……制御訓練? そんなメールがタブレットに届くんだ。『能力』が開花している人に送っていますって言葉付きで」

「ああ、いつも言ってるやつ?」


 小夏の言葉に暁美は頷く。それに小夏は苦い笑みを浮かべた。


「それが開花の合図って見てもいいのかな……だとしたら、無視し続けるのもよくないんじゃない? 成績に響くかもよ」

「えっ。そうだったら、とても困る。あたし、授業寝潰すつもりなのに!」

「あーちゃん、授業はちゃんと聞こうね」


 諫める小夏。一方の少女は唇を突き出した。授業をきちんと受ける気などさらさらない。そう言わんばかりだった。


 その時、ぐうと音が鳴った。腹の虫の呻きである。目の前で、暁美が恥ずかしそうに腹を押さえていた。

 そういえば今は昼休みだったと、今更ながら思い出す。教室の前に掛けられている時計は十二時三十分を示しており、昼休みの半分が終わろうとしていた。早く行かなければ、飯を胃袋に掻き込む事になってしまう。

 食堂へ行こう。そう明里が言うより先に、地下小夏が口を開いた。


「そろそろご飯にしようか。食堂、空いてるといいね」

「あ、ちょっと待って。誘いたい人がいるんだけど、いいかな」


 と、動き始める少女らを制してから、明里は呼びかける。


「詩織。ご飯、食べに行こうよ!」


 ゆっくりと視線が持ち上がる。影の降りた教室に馴染んだ面には、見るからに嫌そうな色が映っていた。そんなに大声で呼ぶな、あるいは話し掛けるなと抗議しているかのようだった。

 顔を見合わせる友人らを横目に、明里は詩織の傍へ寄る。そしてひょいと、開かれていた本を摘まみ上げた。最近興味を持っているらしい、世界史関連の本だった。

 背表紙から垂れる紐を紙の間に挟み、明里はそっと本を閉じた。



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