44話 黒の少女-4

「私もよく分からないんだけど……放送施設、らしいよ。上の方に大きなスピーカーがあるんだって」


「スピーカー?」


 花凜は首を傾げる。明里もつられて頭を傾ける。


「私も友達に聞いただけなんだけど」


 おかっぱ頭の少女はぼんやりと言う。


「何十年も昔は今ほど連絡手段が確立されていなくて。特に年配の方は携帯なんて持っていなかったから、こうやって全島民に、正確に情報を伝える手段が必要だったみたい。もしかしたら、その点検があるから、人の出入りがあるんじゃないかなぁと私は思うんだけど……」


「でもそうだとしたら、入口が見当たらないのはおかしいよね?」


 口を挟む春佳に香澄は頷く。


「そうなの。入口も梯子も見当たらないから、どうやって上まで登っているか、とても不思議なの」


「入口は他の場所にあるのかもしれないね」


 しかし、そうだとしたら、どうしてわざわざ入口を別の場所に作る必要があったのだろうか。


 春佳もそれに引っ掛かっていたらしい。小さく唇を動かしながら、自問と自答を繰り返している。彼女のいつもの癖だった。


「あっ!」


 明里の頭に妙案が浮かぶ。ぽんと自分の手の平を叩き、


「『能力』ですよ! 『能力』で、きっと上まで行ったんです」


「あかりん、頭いい~!」


 くるくると踊るように近づいてきた花凜は明里の頭を撫でる。柔らかく、温かい手だった。こうして頭を撫でられるなどいつ振りだろう。母や父とも異なる感覚に明里の表情は緩んでいった。


「なるほど、『能力』か。それじゃあ、どうにでもなるね」


 くすくすと笑う春佳。


 『能力』は多岐に及ぶ。世界中を探せば、きっと空を飛ぶことのできる『能力』も誰かに授けられているのだろう。


 思い返せば生徒会所属の少女、二階堂由希は自在に空を舞っていた。明里史上最大のピンチとも言える、大木の魔物の襲来。その際に助っ人として現れた際の出来事である。


 ふと近くで小さな電子音が聞こえた。学校から支給されたタブレットとは別に持ち歩いているらしい、春佳の携帯端末からだった。


 ポケットから取り出し、こっそりと液晶を覗く春佳は「おっ」と声をあげた。


「向こうで動きがあったみたい」


「見つけたんですか? 女の子」


「そんな感じっぽい――けど……」


 これじゃあよく分からないよと、春佳は呆れたように笑って見せる。


 彼女の手にある端末を覗いてみると、そこには随分と乱れた文章が並んでいた。だが、別行動をする彼女らに動きがあったことは確かであるらしい。明里も春佳も、とりあえずは少女らと合流することにした。


 穏やかに手を振る香澄と大きく手を振る香澄に見送られ、塔の根元を後にする。名残惜しくもあったが、再び獣道へと分け入った。



   □   □



 別行動をしていた少女らは図書館にいた。正確には、その建物の傍で一人の男性を囲んでいた。


 桜学園高等部の司書、並木栄二である。


 見るからに面倒臭そうな表情でガーディアンズ構成員からの尋問を受けていた彼は、こちらに気づくなり、渋い顔をさらに歪めた。


「ゴキブリかよ、お前らは」


その視線を追い、上澤友芽がこちらに向けて大きく手を振った。


「おーい、はるちゃーん!」


「ゆめちゃん。女の子、見つかった?」


「それについて尋問中」


 愉快気に笑って見せる友芽だったが、その被害者である人からしてみれば、迷惑もよい所だろう。並木先生は確かに情報の供給源である。


 活動を欠席する少女を介して、ガーディアンズが女の子を追うきっかけを作った張本人。改めてそれに当たることは、決して悪いことではない。だが、先生はそれをよしとは思っていないようで、参ったと言わんばかりに、金属の手を後頭部にまわした。


「あのなぁ、俺だって暇じゃねぇんだ。というか、お前ら、こんなことしてていいのかよ。勉強しろ、勉強」


「まだ夏休み前だからいいんですー、テストだって時間があるからいいんですー!」


 そう友芽はきっぱりと言う。頭の片側でまとめた髪が大きく揺れた。それを穏やかに眺めていた秋月麗華は、ふと先生の方を向くと、


「先生こそ、他人の心配をしていてもよいのですか? このままだと、件の女の子は先生の隠し子説が定着してしまいますわよ」


 柔らかくも活き活きとしたその表情は、さながら不倫疑惑を世に報じない代わりに金銭を要求する悪徳ジャーナリストのようだ。だが、流石は大人というべきか、男は怯むことも慌てた様子もなく、「どうしてそうなるんだ」と呆れた表情を見せた。


「何がどうして、こうなっているの?」


 状況を飲み込めずにいるらしい春佳は、一歩離れた場所で成り行きを見守っていた水谷莉乃に問いかけた。


「それがですね……。目撃者である並木先生に話を聞こうと思ったら、主に友芽先輩がうるさいからと図書館を追い出されて」


「想像できる」


「それで、何やかんやと話すうちに、こんなことに。ちなみに今まで、『集団ヒステリー説』と『女の子は魔物説』が出ました」


「いろいろ話してたんだね」


 春佳は苦い笑みを浮かべる。しかしその会話の内容は、井戸端会議のようだった。実りがあるものとは、お世辞にも言えない。


「そっちはどうだったんですか?」


 そう尋ねてくる莉乃は、少女らと先生とのやり取りなど、すでに眼中にないようだ。春佳は手短に、これまでにあったことを語って聞かせる。とはいえ、校舎裏手の塔を見に行ったことや生徒役員に会ったこと、件の小さい女の子のような姿を見かけたことくらいしか、話すことはなかったが。


 それを静かに聞いていた莉乃は首を捻る。


「その小さい女の子は、塔に向かって行ったんですかね?」


「見間違いじゃなければ、方向的には」


「不思議ですね。あんなところ、何もないのに」


 確かに塔の付近には何もなかった。塔の麓で出会った生徒会役員、片桐香澄によれば塔の内部には設置物があるようだったが、そこへ入ることができない以上、何もないと言わざるを得ない。


 ますます見えなくなる、女の子の目的。だがその女の子がただの女児であるとは、明里には思えなかった。背筋を撫でる悪寒に明里は小さく身を震わせた。


 そんな時、キイと音を立てて扉が開く。油でも注したのだろうか、金属の軋む音が軽くなっていた。開かれた戸から心地よい冷気が流れ出てくる。それとともに、ルームメートと見知らぬ少女が顔を出した。


 思わず声を上げる明里に彼女はこちらを振り向いた。霧生詩織――明里のルームメイトだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る