15話 ガーディアンズ-1

 その日の放課後の事である。


 体育館で行われているという部活動紹介を見に行く事もなく、明里はルームメートの霧生詩織と共に教室に残っていた。

 多くの生徒が、自分の新しい居場所を求めて体育館へ向かったのだろう。それは友人も例外ではなかった。幡田暁美や地下小夏も、この場にはいない。

 二人きりの教室は、差し込む夕日と相まって、よりがらんとしていた。


 先日行くことの出来なかった店へ行こうと相談していたところ、不意に声を掛ける者があった。

 開け放たれた扉の先に立つ少女。それは右へ左へと視線を動かし、やがて明里の方に目を向ける。彼女の足が、迷いなくこちらに向けられた。

 制服の胸元に掲げられたリボンは黄色――三年生である。

 上級生の訪問にどぎまぎとしつつ応じると、その少女は下から上へ、舐めるように明里の姿を観察する。


「三時間目頃、研究所の屋上で笛を吹いてた子って、知ってる?」


 急に何を言い出すのか。明里は友人と顔を見合わせる。

 研究所と笛――それは確かに明里の記憶にあった。つい先程、自らが響かせた楽器。炎の少女と自分のみが聞いていたはずの音だった。


「私ですけど……。どうしたんですか?」

「おおっ、やった! なんと幸運な! 部活動紹介の方に行っちゃったかと思ったよ。そうそう、ちょっとお願いしたい事があるんだ。今、時間ある?」


 ないと言えばない。これから商店街の方へ向かう予定なのだ。だが、わざわざこの教室までやって来た少女を無下にするわけにもいかない。

 意見を仰ぐべく、ちらりと友人の方を窺う。すると暗い瞳は目尻を下げ、柔和に微笑む。


「行っておいでよ。店にはまた今度行こう」


 背を押す詩織の声。明里は三年生に付いて行くことになった。


  □  □


 明里を訪ねて来た少女――それは上澤友芽うえさわゆめと名乗った。長い髪を側頭部で一つにまとめた少女である。

 部活の途中なのか、それともこれから向かうところなのか、色とりどりのシールを貼り付けたギターケースを背負っていた。

 妙な不安が胸の内に湧き始める。これから何処に連れて行かれるのか、何のために連れ出されたのか。彼女が何を目的にしているのか。


「私、合奏ならしませんよ」


 先を行く少女の背に釘を刺す。すると丸まった目がこちらを向いた。


「どうして?」

「だって下手糞だし、音合わせられないし」


 明里はどうしても合奏が苦手だった。他人に合わせようとしても、どういうわけか、他よりも目立ってしまう。もっと抑えろ、もっと周りを聞け。そう何度も怒られた記憶がある。

 中学生の時に所属してた吹奏楽部――その中に明里の音は溶け込む事が出来なかったのだ。


 蘇る記憶にむくれる明里。だが先輩は笑う。大きく元気に笑い飛ばす。


「心配しなくたって平気だよ」

 そう彼女はギターケースを背負いなおす。

「これを持っているから音楽関係って思ったのかな――いや、事実だけども。でも大丈夫。確かに一緒に演奏したいなぁとは思うけど、今回の目的はそうじゃないから」

「じゃあ、どうして?」

「魔物って知ってる?」


 明里は目を丸める。知っているも何も、その脅威と危険性は身に染みて理解している。

 入学式の日に遭遇した白犬と研究所で目にした化け物。これまでに明里が見掛けた魔物は二種類だけであったが、どれもこれも、学園生活にあってはならない奇怪なモノだった。


「知ってますけど……」


 恐る恐る明里は頷く。すると友芽はにっこりと笑みを深めた。とても上級生とは思えない、無邪気で子供っぽい笑みだった。


「それなら話が早いや。達はね、その魔物を退治しているんだ。『ガーディアンズ』って呼ばれているんだけどね」

「ガーディアンズ――」

「そう」

「それで……ガーディアンズが、どうして私に?」

「協力してもらいたくって」

「協力?」


 明里が訊き返すと、友芽は嬉しげに、あるいは誇らしげに軽い足取りを披露する。跳ねる足はやがてくるりと一つ回り、結ばれた髪をうねらせた。


「面白い人がいっぱいだよ。研究所で見たでしょう、魔物をぶん殴っていた子。あの子も、ゆめ達の仲間なの」


 その姿はよく覚えている。

 魔物――翼を生やした猿顔の化け物。それを、炎を纏わせた拳の一閃により沈めた少女。そして何より、明里の演奏を「よかった」と言ってくれた、張りのある声。己に秘めた『能力』の鱗片を見たその出来事は、深く明里の内に刻まれていた。


 次いで蘇る、先日の景色。桜学園に入学してすぐに明里達を襲った白い犬と、それを退治した少女達。彼女らが行った事は、炎の少女とほぼ同じである。魔物を捉え、早急に排除する職人のごとき技前は、少なくとも、急遽きゅうきょとしてその日に雇われた狩人とは思えなかった。


「……もしかして、商店街のときのあの人も?」

「あの人?」

「明るい髪の毛の、えっと……先輩と同じリボンの色だったから、三年生です。血を浴びて笑っていた」

「ああ、はるちゃんかな?」


 そうだよ、と友芽は頷く。ならばと明里は続けた。


「じゃあ、莉乃ちゃんもガーディアンズ?」

「莉乃ちゃんって、水谷莉乃ちゃんの事? もしそうなら、そうだけど――って、“莉乃ちゃん”だって?」


 友芽は足を止める。

 ぴったりと止まった友芽に明里も合わせると、彼女はおろおろと口に手を当てた。団栗眼が忙しなく転がる。


「えっと……まさか、知り合い?」

「はとこです」


 そう口にした瞬間、友芽は嘆いた。天井を仰ぎ、額に手を当てる。

 何か都合の悪い事でもあるのだろうか。明里の心配も束の間、彼女はすぐに「まあいいか」と腕を下ろした。


「どうかしたんですか?」

「いや――平気、平気。気にしないで」


 そう笑いながら、友芽は手を振った。

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