6話 目覚めと魔物-3

 少女ら曰く、魔物は数年前――少なくとも、現在の三年生が桜学園高等部に上がるよりも前から姿を現すようになった。

 目的は能力者、あるいは『能力』の開花を控える少女と言われているが、それは経験から導き出したものに過ぎず、真意は今なお不鮮明であるという。

 なぜ能力者を狙うのか、どこから発生するのかも、解明されていない。


「魔物について、他に分かっていることはないんですか?」


 黙って上級生の話を聞いていた詩織だったが、やがて我慢できなくなったのだろう。問いかける彼女の瞳には、微かな光が灯っていた。

 しかし詩織が抱いているであろう期待も空しく、少女は明るい色の髪を振る。


「それが……他には何も分からなくて。あっ、いや、勘違いしないで欲しいんだけど、隠し事をしているわけじゃなくて、本当に何も分からないの」

「それなのに、闇雲に退治しているんですか?」

「生徒に被害があったら大変だからね。調査は研究所や専門機関がやってくれるらしいし、とりあえず今は出て来たモノをぶん殴っているだけ」


 そう言う少女は、微かな笑みを浮かべる。その微笑に、商店街で見たそれが重なった。


 ふと彼女は壁に掛けてある時計を仰ぐ。時計は六時を示そうとしていた。

 商店街へ向かったのは十二時頃である。それから探索の時間を入れて計算をしても、随分と長い時間を夢の中で過ごしてしまったらしい。

 時間を有効的に使うために出掛けたというのに、この様な事になろうとは、誰が予想できただろうか。


「もうこんな時間――そろそろ部屋に戻ろうか。今日は巻き込んじゃってごめんね」

「い、いえいえ。助けてくれてありがとうございました!」

「それじゃあ、しっかり休んで明日に備えてね。莉乃ちゃんも、いろいろと気を付けて」


 莉乃は頷く。それを見届けると、少女は保健室を出て行った。


 それにしても、あの少女は何者なのだろう。明里は首をかしげた。水谷莉乃と仲のよい風に見えた。同じ委員会か部活にでも属しているのだろうか。

 関係を問うてみたが、莉乃は先輩だと言うばかりで詳細を語ろうとはしない。昔から頑固であった彼女のことである。こうなってしまっては、もう口を割ることはないだろう。


 保健室を出て以降は解散となった。だが、桜学園は基本として全寮制である。夕日を浴びる校舎を出、莉乃も明里らと同じ方向へと歩いて行く。

 どうやら自室のある階が異なるようだった。莉乃の部屋は、明里と詩織の部屋が置かれている三階より下、二階であるという。


 積もる話もあったが、漂う沈黙を割いてまで、明里が声を発することはなかった。莉乃もまた、話し掛けては来なかった。話題に困っていたのかもしれない。唯一交わした言葉と言えば、別れ際の挨拶くらいだった。


 自室の戸を開け、嗅ぎ慣れた石鹸とも花の香りとも言えるそれを鼻にした瞬間、どっと疲れが噴き出る。明里はそのまま、ベッドへと倒れこんだ。


「明里、お風呂は?」


 タオルを手にした詩織が尋ねてくる。

 ベッドに付いた手の下で、きしりと音が鳴った。


「動きたくないー」

「そっか」


 湯船に浸かってじっくりと身体を解したい。そう思う自分もいたが、それよりも遥かに睡魔が勝っていた。


 優しい香りに包まれながら、明里の意識は次第にまどろみの中へと引き摺られていく。

 ルームメートが何やら話している。その声も小さくなり、心地よい浮遊感がやってくる。

 明里の身体は大きく息を吐いた。

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