7話 幡田暁美と地下小夏-1

 翌日、明里は苦痛にうなされていた。


 筋肉を動かすたびに鈍い痛みが足を駆け上がる。筋肉痛とは、これほどまで動きを制限するものだったろうか。

 呻く明里はルームメートに助けを求める。彼女は明里のような地獄を味わってはいないようだった。昨日と変わらない足取りで、先へ先へと進んでいる。


「詩織ぃ、痛い。足、痛いよ……」

「昨日いっぱい走ったからね」


 平然と言う詩織は、明里の手から通学鞄を取り上げると、暗い瞳に憐れむような色を映した。


「普段怠けているから、そうなるんだよ」

「それは詩織もでしょ。何で筋肉痛になってないの?」

「さあ。運の問題じゃないかな?」

「それ、絶対違う……」


 学校と寮は隣接した区域にある。とはいえ、学び舎と居住地の間には数百メートルに及ぶ歩道がのっそりと横たわっており、さらには山に建てられた学園だけあって、所々に短い階段も設置されている。普段は気にも留めない段差も、今日に限っては険しいものに思えた。

 そんな明里を友人は、時折思い出したように足を止めては、追い付くのを待っていた。

 待たせるのは申し訳ないとは思いつつも、明里の注意は「歩くこと」から外れ、ついつい歩道の両側に広がる景色に奪われる。


 桜学園の敷地には、学園の名前に恥じない程多くの桜の木が、そこら中に植わっていた。

 どれだけの月日をこの土地で過ごしたのだろうか、明里が両腕を広げても抱くことができない程太く逞しい幹が、あちらこちらに佇んでいた。その足元では力強い根が、淡いピンク色の花弁に彩られた土にがっしりと爪を食い込ませている。

 どれもこれも立派な木ばかりである。まるで衰えを知らない老木達は、本土で見てきた木々よりもずっと勇ましく逞しかった。


「私、木になりたい。動きたくないよ……」


 明里は呟く。それに返ってくる言葉はなかった。

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