20話 明けた日のこと-2

 校庭、図書館棟付近。

 今回出現した魔物は三体。鳥をモチーフにしたらしいものと、地を這う釘の通った肉片。それから、崩れかけた人間。それぞれに定まった呼称はないが、曰く「常連さん」であるらしい。


 明里が現場に到着すると、ガーディアンズを構成するうちの二人が、すでに魔物の討伐を開始していた。入学式の後、明里を助けてくれた少女と、研究所にて手を貸してくれた少女である。

 二人の恩人の様子を眺めていた明里だったが、どこからどう見ても助力の必要性は感じない。七瀬春佳ななせはるか市松陽菜いちまつひなの手により、事態は緩やかに制圧へと向かっていた。


 話を聞く限り、彼女らはそれぞれ『炎を纏う能力』と『武器を生成する能力』を持っているらしい。組織の中でも重要にして貴重な攻撃要員として、特に重宝されているようだ。

 だが、たとえ明里が攻撃に適した『能力』を持っていたとしても、彼女らのように自ら前線へと歩を進め、傷付くことも顧みず、魔物の制圧に働くことはできなかっただろう。


 彼女らは笑っていた。暴力に悦びを見出していた。

 年端もいかない少女らを鬼たらしめているものは、おそらく、明里には理解し得ない欲望であろう。正義も忠義も前提になく、ただただ自分自身のために拳を、武器を、行使する。行動のもとにあるそれから、明里とは異なっていた。


 明里は手元に用意していたフルートを降ろした。言いつけを破って支援するまでもない。それほどまでに彼女達は圧倒的だった。


 パラパラと軽い音を立てて落ちる薬莢。時が経つと、それらは煙のように消えてしまう。

 けたたましい嘲笑をあげ、明るい色の髪を揺らす七瀬春佳は、崩れた人型に向けて砲火を吹き荒らす。銃弾に押されて、長い腕が、歪んだ胴が揺れる。


 無数の穴を空けた標的が倒れてもなお、彼女は手を止めなかった。軽快に砂を蹴り、わざわざ伏せた身体に近づくと、その頭部へ向けていくつもの鉛弾を撃ち込む。


 一方の陽菜は肉片を片付けていた。どうやら肉片は動きも反応も鈍いようで、殴られた後にのろのろと逃走を図っては、すぐに捕まる。そしてまた殴られ、地面に叩きつけられる。

 あまりにも一方的なそれには、同情を覚えざるを得なかった。


 同胞がそんな目に遭っていながらも、怪鳥は旋回するばかりで手出しをしなかった。

 気に掛けるに値しない。そう言わんばかりに戦士らは上空を無視し、目の前の「常連」をなぶっている。だが、鳥が手を出さずにいるからといって、今後もそうであるとは限らない。明里はそれだけが気掛かりだった。

 せめて足止めだけでもできたらいいのに。


 桜学園守護組織ガーディアンズに名を連ねるようになってからというもの、明里は『能力』の制御訓練を続けてきた。自らの『能力』を理解するべく、また、正しく扱えるように。

 しかしそれは基礎の基礎に過ぎず、道半ばである。効力がはっきりとしていない以上、無闇に使わないよう言われていた。


 指示もなく、どうするべきかと佇んでいると、突如として怪鳥が身を翻した。

 鼓膜をつんざく金切り声。力強い挙動。両翼を含めて五メートルはあろうかという胴体を、図書館棟へ向けて滑空させる。

 向かう先には曇りガラスと影――人がいる。息を飲む明里の一方で、先輩らは見向きもしない。明里は手早くフルートを構えた。


 止めなくては。その一心で『能力』の媒介へと息を吹き込もうとする。しかし明里が行動に移すより先に、怪鳥が校舎へ衝突するより先に、巨体はぐらりと傾いた。そして幾枚もの羽根を無残に散らし、落下する。


 薄黄色に濁った眼球の間には、鋭い氷柱が突き刺さっていた。淡い紫色のそれは降り注ぐ日光を反射させ、羽毛にチラチラとした明るい玉を落とす。

 何が起こったのか。呆然とする明里の耳を荒々しい声が貫いた。


「いい加減にしろ、テメェら!」


 そこにいたのは男性だった。

 図書館棟二階――見上げた先の窓枠に足をかけ、身を乗り出している。顔の半分を黒色に覆われた男性は、威圧的な視線を以ってこちらを見下ろす。


「校舎に近づけるなって何度も何度も言っただろ。何回言えば分かるんだ。鳥頭か、テメェらは!」

「あ、先生」


 男性の圧をものともせず、陽菜は肉片を振り回した。黒い液体があたりに飛び散る。

 彼女が浮かべたのは、あまりにも清涼とした満面の笑みだった。


「『あ』じゃねぇ!」

 当然のごとく男――先生は怒声を上げる。

「そんな、いかにも青春真っ只中ですって感じの眩しい笑みを浮かべたって無駄だからな。何でも許されると思うなよ! つーか、おい、七瀬。テメェの所為で校舎が穴だらけじゃねぇか。どうしてくれんだ!」


 びくりと肩を跳ねさせた春佳は引き金から指を外す。手元、足元、校舎、先生と、揺らぐ視線を這わせてから、興奮とも悲鳴ともとれる声を上げた。


「なんで私、ステアーAUGなんて持ってるの。ちょー格好良い!」


 黄色い声と共に、春佳は小銃を掲げる。そして周りのことなど、まるで気にする様子もなく、くるくると回り始めた。


「どこで調べたんだ、そんなもの」


 黒々とした造形をうっとりと見上げる春佳には、先生の声も届いていないようだった。半分隠れた先生の顔にも、どこか呆れた色が映っている。


 そういえば、あのような装いをした男が入学式にもいたなと、明里はぼんやりと思い出した。

 新入生の並ぶ列の右側。教師らの座する列でたった一人眠りこけていた男。周りには明里の担任や、授業を担当する先生もいたが、不思議とそれを咎める者はいなかった。ひょっとしたら常習犯なのかもしれない。

 周りを見渡しても、彼のように堂々と眠っている人はいなかった。時折電源でも落ちたように頷く者はあっても、足を投げ出し、身体をパイプ椅子に預け、口の端から涎を垂らす男は他になかった。


 さんざん怒鳴り散らして気が済んだのか、先生はやれやれといった様子で首を振った。そして「はしゃぎすぎるなよ」と声をかけてから、曇りガラスを閉めようとする。

 突然、視界の端に黒い銃口が現れた。春佳は恐ろしく真剣な眼差しで、窓枠に手を掛けた先生を睨みつけている。


 春佳の細い指は、一寸の迷いも見せずに引き金を引いた。

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