17話 悪夢-1
学園守護組織ガーディアンズに入ってからというもの、退屈な時間はほぼ消え失せ、恐ろしい程に充実した日々が続いた。
ガーディアンズにおける活動は、魔物退治に留まらなかった。
『能力』の制御訓練や個々が持ち合わせる『能力』の話、あるいは他愛のない駄弁を交わし、学年間の情報を共有する。これまで同学年としか関わることのなかった明里にとって、それは新鮮な時間だった。
だがその一方で、友人と過ごす時間が減っていることも事実だった。霧生詩織と交わした約束も、幡田暁美の研究所への連行も、今なお果たせずにいる。
そして友人の身に起っている事にも、気付けずにいた。
ガーディアンズの活動から戻ると、ちょうど三時間目に備えた教室の移動に当たったらしい。皆一様に教科書を抱え、気の合う友人と、あるいは一人で特別教室に向かっている。
次の授業には間に合いそうだ。ほっと胸を撫で下ろす明里は、人々の中に見慣れた姿を見つけた。
髪を後頭部で束ねた少女――それはゆらゆらとふらふらと、まるで漂うように歩みを進めている。明里は声を掛けた。
「おーい、暁美ちゃん!」
「あ、あかりん。お帰り〜」
ひらひらと片手を振る彼女は、胸に教科書とノートを抱いていた。しかしどこを見ても筆箱と思しき入れ物はない。また忘れたのだろうか。
「待って、待って。私も行く!」
そう声を掛けて、明里は慌てて教室へと飛び込んだ。
ガーディアンズの活動は、例え授業中であっても行われる。もちろん、学業こそが本業である学生に強制される事ではない。だが、魔物の出現情報さえあれば、リスクなく授業を抜け出せるとの事で、狩人達によい様に利用されているようだ。
「あかりん、まだー?」
授業、遅れちゃうよ。そう暁美は戸を叩く。明里は急いで教科書やノート、犬を模した筆箱を掻き集める。
ようやく拾い集めたそれらを胸に抱き、無人の机にぶつかりつつ、転がるようにして友人の元へと走った。
「お待たせ――って、あれ。そういえば小夏ちゃんは? 今朝はいたよね」
「シカちゃんなら早退するって」
「体調不良?」
「うん……そうなる、かな」
頬を搔く少女は、ムズムズと唇を動かす。しばらくそうしていたが、階段を下り始めると、ようやく口を開いた。
「シカちゃん、しばらく寝れてないんだって」
「そんなに忙しいの?」
「ううん、そういうわけじゃなくて――何か、寝たくないんだって」
明里は目を丸めた。
初耳だった。思い返してみれば、ここのところ、小夏の目元には隈が浮いていた。その原因を少女は単なる寝不足と笑っていた。それを明里は、夜更かしから来るものとばかり思い込んでいた。
だから余計に、不安が煽られる。
「寝たくないって、どうして。大丈夫なの? 小夏ちゃん」
「大丈夫じゃないよ。どうしたらいいのかな……何とかして寝かせてあげたいんだけど、でも、シカちゃんが嫌がっているなら、そっとしておくべきなのかな」
肩を落とす暁美。明里の胸がチクリと痛んだ。
何とかして力になりたい――そうは思っても、出来る事は限られている。明里は下唇を噛んだ。
「先生に相談しないとなのかな」
少女は呻く。それに明里は頷いた。
「そうだね、そうした方がいいかも」
先生に助けを求めれば、何かしらの対策を立ててくれるだろう。だが暁美は、気乗りがしない様子だった。
悩ましげに眉を顰め、頭を掴む少女。綺麗に纏まっていた髪は乱れ、至る所で癖のある糸が跳ねていた。
こんなにも苦悶する事だろうか。何を危惧して、先生に話そうとしないのか。明里は不思議で仕方なかった。
「……そうだ。あのね、今日先輩に訊いたんだけど、昔の魔物ってね、今と違ってふわふわしてたんだって。ぬいぐるみみたいに」
「へえ……」
暁美はそう応じるばかりで、まるで興味を示さない。せめて一時の気分転換でもできたらと思ったが、選択を間違えたらしい。
明里は大人しく、暁美の不安に話を寄せた。
「ね、暁美ちゃん。今日、そっちの部屋に行ってもいいかな?」
垂れ下がった髪の隙間に、疑るような瞳が覗く。疲れの滲む目元。彼女はしばらく経った後、ようやく唸るように口を開いた。
「いいけど……何か案があるの?」
「効果があるかは分からないけど、何か役に立つかもしれない」
胸元でチリリと音が鳴る。それは賛同か、あるいは反対か――今の明里には察することができなかった。
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