28話 始動!生徒会-3
「調査チームからの報告書はある?」
「うん。ちょっと待ってね」
香澄は立ち上がり、自分の机に手を伸ばす。
書類の山の一つ、生徒会執行部宛てに提出された書類の中から、目的の紙を引き摺り出した。事件の調査チームより提出された物である。
調査チームは、学内における重大な事件や事故――当事者だけでは解決し難い問題や、本土では民事・刑事問題に発展し得るであろう出来事を、文字通り調査するチームである。
臨時に設置されるそれは、生徒会執行部と共に学園都市の治安維持に貢献する風紀委員会や、調査に役立つ『能力』を持ち合わせた一般生徒から構成される。
場合によっては教師や研究所から介入の手が伸びてくることもあるが、多くは生徒の中で成立し、完結する。
提出された報告書は二枚だった。
一枚目は『能力』による調査の報告。
二枚目には生徒会執行部ではカバーしきれなかった、桜学園全生徒への聞き込み調査の結果が記されている。
その中でも、生徒会長が特に興味深げに眺めていたのは、一枚目の『能力』による調査の報告書だった。
「地下小夏の視界には、やはり誰もいなかったと」
「やっぱり自殺なのかな」
「……屋上の鍵は開いていた」
「屋上の解放は九時からだよね」
「おっちょこちょいな事務員が施錠し忘れていなければね」
亜紀は目を細め、くるりと報告書を返す。そして戻した。続きはあるか、確認したらしい。
『死にゆく視界を覗き見る能力』――通称、ストーキングデッド。まるで
彼女の役目は「死にゆく視界」、つまり今回の事件で言うならば、地下小夏の絶命から数分間の視界を遡り、手掛かりを探し出す。そうすることで、自死までの足取りを辿ろうという魂胆だった。
彼女が提出する書類の多くは用紙の両面を使い、視界を覗き見た結果を、吐き気を催す程の事細かさを以って報告してくる。しかし今回は、その文量を僅か半分に
憔悴。白色の紙面からは、それが匂い立っていた。
亜紀もそれを察知したらしい。一つ息を吐くと、
「彼女にはしばらく報告書を挙げないよう伝えておいて」
「あと『能力』も使わないように、だね」
亜紀は頷く。ぐいと身体を起こして、机に積んであるみかんに手を伸ばした。
「これから先、もう彼女を頼ることはできない。早急に原因を捕まえないと」
「原因を捕まえる?」
「ええ。この事件、地下小夏の自殺だけでは終わらないわ。今後も誰かが死ぬ可能性がある。そして犯人はおそらく、すぐ近くにいる」
亜紀の口は当たり前の事を紡いでいた。桜学園は、商店街を賑わせる民家等の住民、管理人以外の一般人は、原則として立ち入りを制限している。
仮に亜紀の言う通り、今回の事件に「犯人」がいるならば、元より学園敷地内に存在していた者である可能性が高い。
「亜紀ちゃんは、地下小夏さんが誰かに殺されたと思ってるの?」
「直接的な死因、いや、死亡に至るまでの行動とするべきかしらね。それは自殺で間違いないわ。ただ、導いた者がいる。その可能性を度外視することは出来ない。そう考えただけよ」
「導いた?」
「ええ、そうよ」
白い親指が、オレンジ色の皮に突き立てられる。
追い詰めた訳でも偽装しようとした訳でもなく、導いた。その発想が成立し得るのは、学園に集まる少女の特性ゆえであろう。
人智を超えた神力も同然の器量。それを収集する閉鎖空間。そのような中で「殺したい」と思う程の憎しみが募れば、実行も想像に易い。大いなる力は、時に自制すらかなぐり捨てるのである。
「これさえ終われば、魔物の件もひと段落するかもね」
異形の怪物「魔物」は、香澄が高等部へ組み込まれるよりも前から話題に挙がっている。最近になって、その存在はより顕著になっていた。もはや生徒と呼んでも成り立つくらいである。
しかし、香澄にはどうにも見えなかった。今回の事件と、半ば慢性化しかけている魔物の出現。それがどう関連付けられているのか。
問おうと口を開くと、突然膝に重みが掛かった。転がるようにして膝に乗ってきた九重花凜は、くるくるとした団栗眼でこちらを見上げる。
「かすみん、今日のお昼、何食べた?」
「今日?」
まるで脈絡のない話題である。香澄は目を瞬かせた後、ふと口角を持ち上げた。
「今日は何も食べてないんだよ」
「えー、食べないと力出ないよ? ねー、ゆーにゃん」
花凜の矛先はまるで定まることなく、次から次へと転換する。その被害に遭った悠那は目を丸め、「そうだね」と頷いた。
「何か買ってきましょうか、片桐さん」
「ありがとう、でも大丈夫。実は亜紀ちゃん用に買っておいた、みかん味の食パンが残ってるの」
「みかん味の食パンとは」
「結構美味しいんだよ。でも、少ししかないから、亜紀ちゃんには内緒ね」
唇に指を当て、首を縮める。すると悠那は呆れたように眉を動かした。
「会長、すぐそこにいらっしゃるのですが」
そこには確かに冷たい目があった。早乙女亜紀、じっとりした彼女の目がこちらを見据える。
「え、えっと――亜紀ちゃんも食べる?」
「いらない」
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